街中で見過ごしそうな物

Fenster CAFE(窓のカフェ)の常連になった

ウィーンのカフェは文化の一面で、100年以上も営業しているカフェハウスがたくさんあります。

カフェ発祥とも言われているウィーンの街ですから、伝統カフェハウスに座ってカフェハウスの空気に触れることもウィーンの観光では外せません。

ウィーンのカフェハウス文化は無形文化遺産にもなっていて、完全に生活に密着しています。

 

さて、カフェハウスと言えば5月23日付でウィーンで唯一の"Fenster CAFE" (窓のカフェ)を紹介しましたが、その後ここを初めて見た時に直感で思った通り、私は常連となっていました。

 


 

そもそもこの場所自体がGriechenviertel(グリーヒェンフィアテル)と呼ばれるウィーン旧市街一角の歴史ある地域で、ここは17世紀中頃からオリエント貿易を営むギリシャ人の商人が多く住み始めたことから由来しています。

ここにはウィーン最古の "グリーヒェンバイスル"という話題性あるレストランがあり、日本からの団体ツアーでもよくここで食事があること、また個人的にもこの界隈は仕事が終わった後、頻繁に通る地域だったのです。

そのレストランの向かいにまったく空気が異なる小さなこの窓のカフェが5月半ばにオープンしたわけで、それからというもの仕事の後にしょっちゅう訪れることになり、私は完全に常連となりました。

ひとつはここのコーヒーがとてもおいしいことです。

ここのオーナーはコーヒーの質にこだわりがあって、本当にいい豆を仕入れていて、ウィーンのカフェハウスやレストランに見られるよりもはるかに高価なカフェマシンを使用しています。

オーナー自慢の豆もここで買うことができます。

私が個人的に好きなのはここで提供されている全てのカフェがアイスコーヒーでも提供されるということです。

ウィーンのカフェハウスでアイスコーヒーと言うと、Wiener Eiskaffeeを真っ先に思い浮かべます。

これはこれでおいしくてウィーンを感じる飲み物だと思いますが、日本的なアイスコーヒーとはかなり違います。

でもこの窓のカフェでは日本的なアイスコーヒーからカプチーノやラッテまで希望すれば全てアイスコーヒースタイルで出してくれます。

もちろん、ホットなコーヒーも売りですが、アイスコーヒーにもオーナーはこだわりを持っています。

特にCOLD BREWはアイスコーヒーを本当に飲みたい方にお勧めです。

 

右上の写真は私がよく飲んでいるLATTEですが、仕事の後の喉の渇きを潤すのによく飲んでいます。

 

ここは壁にひとつの窓があるだけで、椅子があって座れるカフェではなく、持ち帰りスタイルとなっていますが、私はここに来るたびにオーナーと世間話をしています。

隣のグリーヒェンバイスルで働いている多くのボーイさんとも顔見知りなので、ここでカフェを飲んでいると、「今度はうちのカフェを飲んでくれよ」とか「今日はうちで食事じゃないの?」とか笑いながらよく冷やかされています。

 

"窓のカフェ"というアイデアもおもしろですが、コーヒーの味と質にこだわる所が気に入っています。

今日も仕事の帰りにきっとここで喉を潤すことになるでしょう。

 

 

 

 

 

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ÖBB ヴァッハウ渓谷へのコンビチケット

オーストリアは国は小さいですが、観光での魅力を全て持っている美しい国です。

9つの州、それぞれ個性があって色々な一面を見ることができます。

ウィーンはかつての帝国の都ですから荘厳な建造物が達ならんぶ上品で優雅な街ですが、ちょっと郊外に行けばのどかな美しい風景に出会えます。

 

郊外にあるオーストリアの名所のひとつであるヴァッハウ渓谷は全長2.800km以上もあるドナウ河の最も美しい所で船下りの名所となっていて、世界遺産にも登録されています。

私もここは大好きで、仕事でもプライベートでもよく行きます。

ここは個人的に行く人も多いでしょうし、現地ツアーで行く人も多いでしょう。

今日はオーストリア国鉄が提供しているヴァッハウ渓谷のコンビチケットを紹介します。

 

ÖBB(オーストリア連邦鉄道)が提供しているヴァッハウ渓谷コンビチケットはウィーン~メルクとクレムス~ウィーンの電車代、メルク修道院入場、船下りがセットになっていて、個別でそれぞれ支払うよりもお安くなっています。

期間は4月15日~10月29日までです。

 

料金はÖBB VORTEILSCARDを持っている人は49ユーロ、一般は55ユーロ、6歳~15歳までは32ユーロとなっています。

このコンビチケットが実際どのくらいお得なのかと言うと・・・

 

●ウィーン~メルク 15.40ユーロ

●メルク修道院入場 11ユーロ

(ガイドツアーなしの個人で見る料金)

●船下り 25ユーロ

●クレムス~ウィーン 17.60ユーロ

 

上記は2017年度の個別の一般料金です。別々に購入した場合は合計69ユーロかかることになりますね。

コンビチケットは一般55ユーロですから14ユーロもお得となります。

 

一般的にはウィーンからメルクに行って、修道院を見学した後、昼食後船下り、デュルンシュタインで下船してウィーンに戻るパターンが多いですが、このコンビチケットはこの逆ルートも有効です。

つまりウィーン~クレムス、クレムスから船上りでメルクまで、修道院見学、メルク~ウィーンです。

この場合は船上りですからドナウ河の流れが強いためクルーズが約3時間かかります。(下る場合は1時間40分)

船に長く乗っていたい人はこの回り方もありでしょうか。

 

ちなみにこのコンビチケットでは船下りの始まりや終点がクレムスとなっていますので、ヴァッハウ渓谷の一番有名な街であるデュルンシュタインは通り過ぎるだけということになります。

しかし、船下りの料金は一緒なので別にデュルンシュタインで下船しても、逆にデュルンシュタインから乗船してもOKです。この場合はクレムス~デュルンシュタインを個人的にバス、タクシー、ヴァッハウ鉄道などで移動することになります。

 

 

実際にどういう時間的行程になるかは以下を御覧下さい。

 

 

これはÖBBサイトからの行程表です。

 

ウィーン中央駅から8:55に出発して、帰りは18:00にフランツ・ヨーゼフ駅に到着です。

または、フランツ・ヨーゼフ駅8:04出発、ウィーン中央駅18:05到着ということですね。

始まりと終わりの駅が違うのはヴァッハウ渓谷の地理的状況からです。

この時間の電車ではウィーン~メルク間で、途中駅St.Pöltenでの乗り換えがありますが、乗り換え時間は全く問題ありません。

 

このコンビチケットはÖBB窓口、ÖBB自販機、ÖBBチケット購入サイト(ドイツ語/英語)で購入できます。

 

 

 

 

 

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カナッペで有名な店 "TRZEŚNIEWSKI"

ウィーンの街には星の数ほどレストランやカフェがあります。

現地の食文化に触れることも旅の楽しみのひとつですね。

レストランやカフェのようにしっかり座って食べるだけでなく、ソーセージスタンドやスーパーなどでパンを買って公園で食べるなんてこともありでしょう。

しっかり食べたい、ちょっと軽く食べたい・・・などお腹の空き具合などにもよりますが旧市街を歩けば様々な選択ができ、食べ物に困ることはありません。

 

今日は地元でよく知られている気軽に寄れるカナッペの店を話題にしたいと思います。

 


 

その店とは"TRZEŚNIEWSKI"です。

この店の読み方が難しいですが、地元ドイツ語発音をカタカナに直せば"トレシュ二エフスキ"とウィーンでは発音されています。

この店は実は100年以上の歴史があります。

1902年にFranciszek Trześniewskiがウィーン旧市街のTiefer Grabenに手軽に食べられる店(ドイツ語ではImbiss)をオープンさせました。彼はポーランドのクラクフ出身です。

Tiefer Grabenはユーゲントシュティール様式の橋ベートーヴェン住居があった所で、歴史的におもしろい所です。

彼はその後店を有名なカフェ ハヴェルカの斜め前に移します。

第一次世界大戦後の困難な時期を乗り切り、1939年には彼の娘のマリアが店を引き継ぎました。

第二次世界大戦後、この店は大変人気のある場所となっていきました。

現在でもここはハヴェルカがあるDrotheergasseにあります。

 


 

店内は決して広くありませんが、時間によってはかなり混雑します。

地元で人気あることがよくわかります。

入るとすぐに大きなショーケースにたくさんのカナッペが並んでいます。

ここの味を知っている人は迷うことなくすぐに注文しますが、最初はかなり迷ってしまいますよ。

何が載せられているかわからない方は右側に写真に見られるようにメニューのようにちゃんと説明書きされています。

しかも日本語表記までもありますから言葉に自信がなくても大丈夫です。

以前はあり得ませんでしたが、最近この店が日本でも知られて来ていることを表していますね。

 

こちらではパンの上に塗られて食べられるこのようなものをAufstrich(アウフシュトリッヒ)と呼んでいますが、ここは独特なコンビネーションです。

例えばいわし&オニオン、ニシン&オニオン、にんじん&クリームチーズ、サーモンマリネ、鳥レバーなど色々あります。

 

TRZEŚNIEWSKIは現在ウィーンの街中に11ヵ所店が出ていますが、多くはSCS,SCN,Donauzentrum、CItyGate、西駅といったショッピングセンター的な所にありますから、観光で立ち寄るのであればここでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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一部にしか知られていない市場 "Markterei"

ウィーンは東京と同じ23区で成り立っていて、415km²とかなり広い街です。

中心部だけにいるとその辺はわかりませんが、車などで走ると結構広い街だな・・・ということを実感します。

それぞれの区にはそれぞれのカラーがあって、ウィーンの街だけでも地域の違いを感じます。

ハプスブルグ帝国のおかげで昔からの混合民族の色合いが今でも濃く感じます。

観光レベルで見ただけではそこまではわかりませんが、生活をしているとその辺が非常にはっきり見えておもしろいです。

それぞれの地域の生活に個性があります。

生活というと買い物・・・スーパーや市場がつきものです。

市場と言えばNaschmarkt(ナッシュマルクト)が観光ではず抜きに出て有名ですが、市場は街の色々な所にあります。

今日は同じ市場でも限られた人しかまだ知られていない市場に少し触れてみます。

 


 

そのあまり知られていない市場とはウィーン旧市街一角のDominikanerbasteiとPostgasseの間にある歴史的な建物にあります。

この建物はHauptmautgebäudeとして1684年と記録されています。

19世紀終わりに近い頃、ここは郵便局として使用されていましたので、現在でも"Alte Post"と呼ばれています。

左上の写真はDominikanerbastei側にある建物で、ちょっと立派です。

ここの入口には"Markterei" (マルクテライ)という看板が掲げられています。

ここから中に入ると、この大きな建物の中庭空間に入り、そのまま反対側のPostgasseに通り抜けができます。

この中庭空間に入口があって、そこから入ったさらに奥にMarkthalleという空間があり、そこがこの市場のメイン会場です。

 


 

左上の写真は中庭からこのMarkthalleへの入口を見ています。

ここにはデッキチェアやベンチなどが置かれていてくつろげる空間になっています。

中の市場で買ってきたものをここで食べてもいいわけです。

 

右上の写真はMarkthalleです。

真ん中にスペースは長椅子とテーブルが並べられて、壁沿いに多くの市が出ています。

 


 

市場ではパン、ハム、サラミ、チーズなどの市場で定番な食品、Trześniewskiという地元で有名なカナッペの店、健康的な飲み物やバーなどもあります。

この市場は常設というわけではありませんので、実際の雰囲気は一般的な"市場"のとはかなり違っています。

 

この市場があまり知られていないのは常に開かれているわけではありません。

2015年11月~2016年4月までが初回で、場所はこのAlte Post、2回目は7区の一角で、3回目が今回で2016年11月~2017年6月17日までです。

しかも金曜日と土曜日だけ開かれていますので限らているわけですね。

今週が最後です。

 

営業時間は金曜日12:00~22:00、土曜日は10:00~24:00です。

もちろん入場無料ですから、時間が合えば覗いてみて下さい。

 

 

 

 

 

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新しくオープンした"Fenster CAFE" (窓のカフェ)"

先日団体ツアーの皆様をアテンドしている時にちょっとおもしろいカフェに出会いました。

この日は全日でアテンドしていて、昼食がウィーン最古のレストラン "グリエーヒェンバイスル"に予約が入っていました。このレストランは話題性があるので、ある程度の予算があるツアーではよく利用します。

この日はシェーンブルン宮殿のグランドツアーが終わって、庭園見学の時間を取った後、バスで国立オペラ座からリンク道路をSchwedenplatzまで走ってそこから歩いて行きました。

ここにはGriechengasseという歴史を感じる小路があり、その小路の片側の壁の中にちょっと見慣れない光景を目にしました。

一瞬、壁に穴が開いているように思えましたが、すぐに何であるかわかりました。

 


 

上の写真を御覧下さい。

この通りがGriechengasseで、とても細い石畳の通りです。

向かって右側の壁がレストラン グリエーヒェンバイスルですが、その反対側の壁は窓になっていて、

小さなカウンターがあるカフェになっていたのです。

個人的にはおもしろい発想だと思いました。

皆さんにこのレストランについての話をしながら歩いて来たのですが、この見慣れない光景のため、こっちが話題になりました。

窓の中からすぐにオーナーが声をかけてきました。

右上の写真がオーナーで、とても明るくて親切な方です。

この日は5月17日だったのですが、3日前にオープンしたとのことで、私達に宣伝のために無料でここのコーヒーを勧めてくれましたが昼食前だったので残念ですが・・・ということでお断りをしました。

 

その後、この日の仕事が終わってから個人的にここにまた来て、オーナーと話をしました。

旧市街全体が世界遺産ということもあって、当局からの営業許可が非常に複雑で大変だったと・・・

でもこの発想には自信を持っていて、ウィーンで唯一の"窓のカフェ"ということです。

オーナーがカフェを御馳走してくれて、仕事の後だったこともあり、こくのある美味しさでした。

その後まだ数日しか経っていませんが、ここを通る度に話をするようになりました。

 

ちなみに小さなカウンターがありますが、基本は持ち帰りスタイルのカフェです。

結構種類があります。

この歴史ある場所の壁にある窓からカフェが提供されるというのはおもしろいですね。

 

ちなみに中世の住居塔美しいライトアップ 4ではこのGriechengasseも話題にしています。

 

 

 

 

 

 

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ちょっとおもしろい階段 5

ウィーンには7つの美術館がありますが、頻繁に御案内するのは美術史博物館とベルヴェデーレ宮殿のオーストリアギャラリーです。美術史博物館はヨーロッパ3大美術館のひとつにもよく数えられ、15世紀~18世紀の絵画史上重要な作品が目白押しです。ベルヴェデーレ宮殿の上下宮はオーストリアギャラリーで、特に上宮はクリムトが多くあることで知られ、19世紀、20世紀の絵画が多く見られます。

それとは別に国立オペラ座のすぐ後ろにあるアルベルティーナ美術館も意外とおもしろい美術館で、常設展の他に様々な特別展示会が定期的にあります。

このアルベルティーナ美術館の階段がアートになっていて、特別展示会の内容によってよく変わります。

今日はそのアートの第5弾です。

 

第1回目は「マティスとフォービズム」2回目はアルブレヒト・デューラーの野うさぎ3回目はMONET BIS PICASSO第4回目は"SEURAT,SEGNAC,WAYS OF POINTILLISUM,VAN GOGH" (スーラ、シニャック、ゴッホ、点描画)でした。

 

第5弾はこんな感じです。

この場所は国立オペラ座の裏側にあり、アルベルティーナ美術館へはエスカレーター、エレベーター、もしくは後ろの階段やこの階段を使って2階の入口に行きます。

これはもう見た瞬間にエゴン・シーレの絵であることがわかります。かなり目立ちますね。エゴン・シーレ展は2017年2月22日~2017年6月18日まで開かれています。

アルベルティーナ美術館は約5万点の素描・水彩画と約90万点の版画のコレクションを所有して、これは世界最大規模です。

 

 

 

アルベルティーナは、王宮の一角のAugustinerbastei(アウグスティーナーバスタイ)の上に、もともと17世紀後半に宮廷役所として建てられました。

18世紀の1742~1745年マリア・テレジア時代に、マリア・テレジアの助言者で、宮廷建築監督のEmanuel Silva-Tarouca によって宮殿に改築されます。

その後18世紀終わり1795年、ザクセンのアルベルト公が所有し、彼の好みに改築させました。

このアルベルト公は、マリア・テレジアの成人した子では次女にあたるマリア・クリスティーナと結婚します。

 

このアルベルト公はグラフィックコレクションを所有しており、彼が亡くなった1822年にはそのコレクションの重要な作品が一般公開されています。

そこからここはアルベルティーナという名称がついています。

 

エゴン・シーレ展は結構おもしろいですよ。

 

 

 

 

 

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これは何のモノグラム?

ウィーンの街は歴史があるので普通に歩いているだけでも十分楽しませてくれます。

ヨーロッパで一番長く続いたハプスブルグ王朝の居城があり、そのハプスブルグ家から神聖ローマ皇帝やローマ王が多く輩出されたこともありウィーンの街は他のヨーロッパの街とは歴史的立場が全く違っています。

街中の歴史的建造物や教会など、一般的な建物でさえも様々な時代様式から成り立っていて、それだけ見ていても飽きることがありません。

ウィーンの街が華やかに見えるひとつの理由でもあるわけです。

 

歴史的建造物や教会などにはよくラテン語の文字があったり、ローマ数字があったりしますし、またハプスブルグ家が関わっている建物や修道院などでは様々な紋章を見ることができます。

だいぶ前にキリスト教でよく見るモノグラムについて書いたことがありましたが、そのようなものも一例として興味深いものがあります。

 

さて、今日はこんなものを取り上げてみます。

 

右の写真に見られるものは何でしょうか?

何も気にしなければただの装飾模様に見えるのではないかと思います。

木の丸い縁どりにはさらにたくさんの球体装飾が施されていて、真ん中には金属で作られた模様がはめ込まれていますね。

この模様をよく観察して下さい。

一見すると左右対称のバロック的装飾で、縦に3本の棒が見られ、真ん中の棒だけがちょっと長めになっています。

棒の先にも渦巻き的な装飾が見られます。

しばらく見ているとローマ字の"H"の形のように見えないこともありません。

でも完全な"H"ではないですね。

何でしょう?

 

 

それではこちらはどうでしょうか?

これは木で作られたバロック的ワッペンです。

左の写真は上の写真と同じものを表現していますがちょっと簡略化されて分かり易くなっていますね。

そうです・・・

よく見ると3つの文字が表現されています。

左から"F・・J・・1"の3文字です。

もう一度上の写真を見て下さい。

左からF,J,1であることがわかりますが、Jは下のカーブが表現されていませんが。

これはハプスブルグ家事実上最後の皇帝で、バイエルンの王女エリザベート(愛称シシィ)の夫であるFranz Josef I.(フランツ・ヨーゼフ1世)のモノグラムです。

フランツ・ヨーゼフ1世は1830年8月18日にシェーンブルン宮殿で生まれ、18歳から68年間も皇帝であり続け、1916年11月21日にやはりシェーンブルン宮殿で86歳で亡くなります。

1枚目の写真は実は国立オペラ座の入口の扉に見られるもので、この国立オペラ座はリンク道路沿いの最初の大建造物としてプランされ、1868年には完成しています。

実際この国立オペラ座の上の部分にはフランツ・ヨーゼフ1世の名前が刻まれています。

 

今年2016年はフランツ・ヨーゼフ1世の没後100年祭にあたり、シェーンブルン宮殿では特別記念展示も行われています。

 

ほとんど気付かれないようなものですが、重要な意味を持っていました。

 

 

 

 

 

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シュテファン広場に見られる石畳の意味

ウィーンの旧市街の真ん中にはシュテファン大聖堂があります。

ゴシック様式のとても印象的なこの大聖堂はウィーンのシンボルのひとつでもあり、歴史的にもとても重要な教会となっています。

年間を通してこのシュテファン大聖堂も頻繁に御案内しますが、2年前(2014年)の4月の終わりまではシュテファン大聖堂のすぐ後ろまで大型バスを横付けできましたが、それ以降は残念ながらバスが入れなくなったため、ここを見学する場合はSchwedenplatzや国立オペラ座裏のアルベルティーナから歩く必要があります。

普通免許で運転できる専用車での場合は、なるべく近くまで入ってそこから歩きます。

そのシュテファン大聖堂の前は広場になっていますが、ここはあまり知られていないかもしれませんが実は2つの広場がくっついています。

StephansplatzとStock im Eisen Platzという2つの広場です。

Stock im Eisen(シュトック・イム・アイゼン)についてはこちらを参照して下さい。

 

Stephansplatzにはあまり気付かれることがない石畳があります。

 

 

右の写真はシュテファン大聖堂が定番な姿で見られる場所ですが、地面には一見なんだかわからないような石畳の模様を見ることができます。

たいていの人はその意味に気づくことなくここを通り過ぎて行きます。

いくつかの異なった石畳のブロックが見られますね。

今はシュテファン広場になっているこの場所は中世の頃この大聖堂の墓地でした。

その墓地の敷地の中に"MARIA MAGDALENA KAPELLE" (マリア・マグダレーナカペレ)という礼拝堂が建っていました。

この礼拝堂の地下にはVirgilkapelle (ヴィルギルカペレ)という聖人ヴィルギルに捧げられた礼拝堂が1220年~1230年頃に作られました。

ヴィルギル礼拝堂についてはいつか時間がある時にまたこのコーナーで取り上げます。

実はこのVirgilkapelleが先に作られて、その後、その上にこのMaria Magdalena Kapelleが作られます。

Magdalenakapelleは公証人・書記協会の会合の場所として使用されていました。

18世紀になってマリア・テレジアの時代、衛生上の問題から城壁の中の遺体の埋葬を禁止させたこと、女帝の長男のヨーゼフ2世は墓地を閉鎖させて外側に埋葬させたことや、1781年にMagdalena礼拝堂が火災で焼失したこともあり、この場所は忘れ去られていくことになります。

 

このシュテファン大聖堂前の石畳の模様はこのMagdalenakapelleが当時ここに立っていた場所を示しています。

言ってみれば見取り図のようになっています。

 

この場所をよく見ると地面の所に左の写真に見られるような記念プレートがはめ込まれています。

"MARIA MAGDALENA KAPELLEが1781年まで、

その下に博物館として見学可能なVirgilkapelle"

と記されています。

Magdalena礼拝堂の場所を示す石畳のブロックがかなり広範囲なので、ここを歩く人はこの石畳の模様にはあまり関心を持たず、そのまま通り過ぎていくようですが、歴史的におもしろい意味が隠されていました。

それを知っていると普段ここを通る時ちょっと特別な思いがあります。

少し立ち止まって観察してみて下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

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ちょっとおもしろいマンホールのふた 2

"ちょっとおもしろいマンホールのふた"というタイトルでだいぶ前に国立オペラ座やバーデンのマンホールのふたをここで話題にしました。

ウィーンの街並みの美しさに気を取られていて、無意識に通常の視線で歩いてしまいますが

地面を見てもこのようにちょっとした芸術的なものもあるわけです。

 

マンホールの蓋があるということは、当然その下には下水道(こちらではKanalnetz・・・カナールネッツと呼ばれている) が作られているわけです。

 

ウィーンは1世紀のローマ軍の駐屯地(der XIII.Legion)時代にはすでに当時としてはモダンな下水道システム がありました。

 

14世紀の終わり(1388年)には地面の下に専用のルートが作られていました。

 

1739年には街を囲む城壁の中が完全に地下化されています。

ウィーンはヨーロッパで初めて城壁の中が完全に下水道が地下化された最初の街であることが知られています。

 

その後、19,20世紀にKanalnetzはどんどん延長され、拡張されていきました。

1948年に映画「第三の男」のラストシーンで効果的にウィーンの下水道迷路が使われたことはよく知られています。

 

現在ウィーンの住居のほぼ100%の99%が地下公共下水道と接続されています。

これはヨーロッパではトップクラスです。

全長2.400kmにも及んでいます。これはウィーン~ザルツブルクを8往復する距離です!

文字通り下水道の迷路です。

 

 

こちらは双頭の鷲がマンホールのふたになっているという高貴なものです。

このマンホールのふたはクレムスのもので、この鷲はクレムスの紋章です。

1463年に皇帝フリードリヒ3世がこのクレムスの街に与えたもので、現在でもこの街の紋章として使われています。

赤い舌を出した金の双頭の鷲で、皇帝の帝冠が間にあります。

 

地面にも歴史を感じる物が刻まれています。

 

 

 

 

 

 

 

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小さなベートーヴェンショップ

ウィーンで音楽家の跡を見ようと思ったら時間がいくらあっても足りません。

"音楽の都"と言われている通りたくさんの作曲家がこの街に足跡を残しました。

当時作曲家達が住んでいた場所の多くが博物館になっていてその多くがウィーン市の管轄となっています。

博物館にはなっていなくても、住んだいたことを示す記念プレートも多くあり、また記念像なども多く立っています。

たいていの作曲家の家には絵ハガキやCDなどのちょっとした物も売られていますが、あくまでも係がいる窓口にちょっと置かれている程度です。

 

ベートーヴェンの住居のひとつであって博物館となっているパスクヴァラティハウスもこのコーナーでテーマにしていますが、その博物館がある入口に博物館とは全く関係のない小さなベートーヴェンショップがあります。

 

一般的にパスクヴァラティハウスに来る時にはリンク道路沿いのウィーン大学が反対側に見える場所から

メルカーバスタイのスロープを上って行きます。

ベートーヴェンの記念プレートが見られ、入口に扉があって中に入ると静かな中庭空間があり、そこからさらに右側に扉があって建物の中に入り、階段を上がって行きます。

ここにはショップらしきものは全くありません。

中庭からこの建物の中に入るとわかりますが、右には博物館へ行く階段がありますが、そことは反対側に別の出口があり、来た所とは反対側に出られるようになっています。

この出口の階段を下りたすぐ右側に小さな木の扉があり、ここにベートーヴェンショップがあります。

たいていこの扉は閉まっていますが、思い切って開けると中はショップです。

 


 

大人が3人も入れば窮屈に感じてしまう小さなショップです。

カウンターがあってここの係が奥にある部屋と行き来しています。

ここに誰もいなくても、すぐに係が気付いてショップに現れます。

博物館にも置かれている同じ物も一部ありますが、それ以外ちょっとした小物などが狭い店内に多くの物が並んでいます。

 

パスクヴァラティハウスを見学された方は是非覗いてみましょう。

お店の方もとても親切ですよ。

 

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ウィーンに見られるトルコ軍の砲弾 2

ウィーンの街は普通に歩いているだけで歴史の深さを感じることができます。

特に旧市街は何回歩いても飽きることがありません。

ローマ時代、荘厳な歴史的建造物、絵になる広場、帝国時代からの老舗、普通では見られない路地裏や中庭などとても奥が深い旧市街地です。

 

ウィーンの歴史では1529年と1683年にオスマントルコの包囲があったことはよく知られていて語り継がれています。

以前そのオスマントルコが放った砲弾をここで話題にしたことがありましたが、今日はその時とは違う別の砲弾です。

 

こちらはかなり有名な砲弾で、壁の中に石の砲弾が埋め込まれているのが見えます。

これがどこにあるかはウィーンをよく知っている人であればすぐわかると思います。

ウィーン最古のレストラングリーヒェンバイスルに入るちょっと手前左側の螺旋階段の入口に見られます。

一見、鉄の玉のようにも見えますね。

 

 

 

 

 

 

実は右の写真に見られるように石の砲弾3つが埋め込まれています。

昔のドイツ語で何か色々なことが記されています。

1529年のオスマントルコのウィーン包囲の時、ここは当時"Gasthaus zum gelben Adler"と呼ばれていて、ウィーンの城壁のバスタイの一部に組み込まれていました。

この場所は雹のように降り注ぐ砲弾のの中にありました。

 

1963年にここの修復作業が行われた時にこの3つの砲弾が発見されました。

このレストランの歴史的出来事の貴重な一部となっています。

 

貴重な城壁の名残り 1貴重な城壁の名残り 2 も参考にどうぞ。

 

 

 

 

 

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ちょっとおもしろい階段 4

久しぶりにちょっとおもいろい階段を取り上げたいと思います。この階段は国立オペラ座裏にあるアルベルティーナ美術館の階段で、ここの展示内容によって階段に描かれているアートが変わります。

第1回目は「マティスとフォービズム」2回目はアルブレヒト・デューラーの野うさぎ3回目はMONET BIS PICASSOでした。第4弾は何でしょうか?

 

第4弾はこんな感じです。太陽が昇っているのが奥に見えていて、手前には人物が何かしていますね。何をしているんでしょう?

この絵を知っている人は多いかもしれませんね。

これはゴッホの「種をまく人」です。

これは"SEURAT、SEGNAC, WAYS  OF POINTILLISUM ,VAN GOGH"というアルベルティーナ美術館の展示会で2016年9月16日~2017年1月8日まで開かれています。スーラ、シニャック、ゴッホの3人の名前がタイトルになっています。彼らのスタイルから想像できますがPOINTILLISUMは点描ですね。この階段をひとつひとつ見ていると点描という雰囲気はあまりしませんね。

 

 

 

それではちょっと離れた所からこの階段を見てみましょう。この方が何を描いているかよくわかります。

毎回書いていますが、アルベルティーナは、王宮の一角のAugustinerbastei(アウグスティーナーバスタイ)の上に、もともと17世紀後半に宮廷役所として建てられました。

18世紀の1742~1745年マリア・テレジア時代に、マリア・テレジアの助言者で、宮廷建築監督のEmanuel Silva-Tarouca によって宮殿に改築されました。

美術史博物館の方が遥かに多く訪れますが、ここは国立オペラ座に近いことや印象派の常設展もあることから地元では人気のある美術館となっています。

 

 

この階段には常に誰かが上り下りしていたり、座ってくつろいでいる人がいるので、誰もいないこの階段を見るためには朝早くにここに来る必要があります。(笑)

 

 

 

 

 

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気付かない城門の名残

ウィーンは現在の生活がちゃんとあっても、その中に様々な歴史が見られるとても奥深い街です。

最近の団体ツアーでもシェーンブルン宮殿以外にもウィーンの中心部を少しでも歩くことが多くなりました。

最も2014年の5月から残念なことにシュテファン大聖堂までバスで入れなくなったため、シュテファン大聖堂が観光プログラムに入っている場合は絶対に歩くことになるわけです。

通常の団体ツアーの場合は時間がかなりきついので、歩く時間も当然制限されますから、それでも私はなるべくこのウィーンの街が歴史的にとても奥が深いことを紹介しながら歩いています。

 

ウィーンの街はローマ時代から存在し、中世のバーベンベルク王朝時代、そしてヨーロッパで一番長く続したハプスブルグ王朝時代に街が発展していきました。

ウィーンの中心部が城壁で囲まれていたことは有名で、今でも何か所かでその名残を見ることができます。

 

今日はそれを思い起こさせる城壁(城門)の一部について少し書き記します。

 

このコーナーでもウィーンの街を囲んでいた城壁については何回か書いていますので参考にして下さい↓

貴重な城壁の名残り 1貴重な城壁の名残り 2貴重な城壁の名残り 3

2つ目の城壁「Linienwall」19世紀後半のウィーンの街並みウィーンの城壁とある城門なども参照して下さい。

 

こちらは王宮 3 で紹介しているLeopoldinischder Traktです。

この部分はリンク道路からでもよく見られ、17世紀半ばに建築された初期バロック様式です。

ここはマリア・テレジア広場からバスを降りて、英雄広場を通りながらお客様とよく歩く場所で、王宮全体の説明をする時には様々な建築様式を見ながら効率よくミヒャエル広場やヨーゼフ広場に通り抜けができます。

このレオポルド宮を通り抜ける時にたいていの人が気付くことがない貴重な城壁の名残があります。

 

 

上の写真に見られる場所が通り道の壁の所に見られます。

これは"Widmertor"と言われる中世の城壁に組み込まれていた城門の名残です。

ウィーンの旧市街地の基本の大きさが形成されるのはバーベンベルク王朝時代で、12世紀の終わりにローマ時代の城壁をもっと拡張する形で築かれていきました。

最終的にこの城壁はフランツ・ヨーゼフ1世の時代1858年から取り壊されて、1865年にはリンク道路が全線開通することとなります。

当時城壁が取り壊される時点では全部で11個の城門がありました。

 

これは13世紀の1230年~1240年代にバーベンベルクの居城を建築する際に、当時の城壁に組み込んだ部分です。

ここにはWidmerturmという城壁(城門)に組み込まれた塔があり、これはその名残で16世紀の初頭まで存在していました。

 

"Widmer"という名は当時のこの地域の名前です。

ウィーンの旧市街は当時Viertel (フィアテル)と言われた

Stubenviertel , Kärntner Viertel , Widmerviertel 、Schottenviertel 4つの地域に分けられていました。

そのひとつであるWidmerviertelから由来しています。

 

Widmerturmの最初の記録は1418年です。

皇帝フェルディナント1世の時代1553年~1559年に住居に改築され、その部分が隣接しているスイス宮に接続されました。

そこからレオポルド宮が建築されることになります。

 

ほとんどの人が気付かないこのようなちょっとした物でもとても深い歴史が隠れているわけです。

ウィーンは本当に奥が深い街です!

 

 

 

 

 

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路面電車のポイントを手動で切り替え

ウィーンにはたくさんの路面電車が走っていますね。

去年2015年はリンク道路開通150周年記念と同時に、路面電車も150周年記念です。

ウィーンの路面電車はリンク道路開通と同時に営業が始まりました。

最初の区間はSchottenring~Hernals間で、鉄道馬車から始まっています。

 

ウィーンの路面電車は市民の重要な足としてなくてはならない存在です。

リンク道路上から外側に向かってや、中心を全く経由しない路面電車など本当に多くの路面電車が活躍しています。

路面電車もウィーンの街の風景に溶け込んでいます。

 

さて、私も頻繁に路面電車を利用しますが、仕事でも日本のツアーの皆様と路面電車をチャーターして乗ったり、観光中に路面電車体験乗車をプログラムに入れている団体ツアーも多くあります。

 

乗るとわかりますが、たくさんの分かれ道があって、系統番号によって様々な方向に走るわけですが、分かれ道には当然ポイントがあります。

このポイントの切り替えは、通常路線の場合ポイントに設置してある無線が路面電車と反応して自動で切り替わるようになっています。

しかし時としてそれが機能しないことがあったり、プログラムされていないルートを走る時には手動で切り替える必要があるわけです。

 

右の写真は路面電車の運転手が車内から降りて、自らポイントを切り替えているシーンです。

この時に少し会話をして普段利用客には気付かないようなことも教えてくれました。

しかもこの方は快く撮影させてくれました。

ポイントが自動で切り替わらなかった場合は、運転手が車内に積んである専用の鉄の棒を持ち出し、線路の特定の部分に突っ込んでポイント切り替えを行います。

路面電車の運転手は自分が担当している系統番号のルートをしっかりと把握していますので(当たり前のことですが)ポイントが置かれている分岐点ではある程度慎重に通過することになります。

 

路面電車の運転士が外に出てポイントを切り替える光景は意外と多く日常生活の中で見られます。

 

 

 

 

 

 

 

 

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滑り止めの細かい小石

冬のこの時期は気温がマイナスになったり、+10℃を超えたりとここ何年も気温がよく変化するのが当たり前になっています。

基本的に寒くなるとそれが何日も続き、逆に暖かくなるとそれが何日も続きます。

冬に観光していると寒さの違いというのをかなり感じることができます。

日中マイナスになる日が続いた後、0℃をちょっと超えただけでも暖かく感じます。

雪も多く降りますし、路面も凍結することがありますからウィーン市はしっかりと対策をしていて生活に支障がないようにしています。

雪がある程度積もれば朝早くから除雪車がそこらじゅうで活躍している姿を見かけます。

雪が多く降ったからと言って公共交通機関に支障が出ることはまずありません。

 

さて、冬の日に雪がある程度降った時に街を歩くと歩道の上にはたくさんの小さな小石がまかれているのに気づきませんか?

 

右の写真はお馴染みシェーンブルン宮殿です。

奥の方にシェーンブルン宮殿の正門が見えています。

この場所は地下鉄から出てきてシェーンブルン宮殿へ向かっていく定番の道です。

この石畳の歩道を見ると細かいものがたくさんあることがわかります。

これは歩行者が滑らないようにという配慮からまかれている小さな小石です。

 

この近くを撮影してみました。

細かい小石がたくさん敷かれています。

これは"SPLITT"と呼ばれるもので路面が凍結する恐れがある場所にまかれるものです。

これがあることによって歩くときに摩擦が生じるので仮に歩道が凍っていても滑りにくくなるというものです。

よく凍っている歩道や雪が積もった歩道でも見られます。

 

 

"Winterdienst"と言われる冬のこのような仕事はウィーン市MA48の管轄です。

ウィーンではこのSplittの大きさや材質もしっかり定義しています。

つまり環境をしっかりと考えているわけです。

例えばこれをまくことによって空気を汚す・・・そこから人間の健康に悪影響を及ぼすので

必要最低限しか使用しません。

大きさも2mm~8mmと決められていて、角が絶対に鈍くなっていなければいけません。

そこから"abstumpfenden Streumittel"と本来呼ばれます。

クリスタル、リサイクルコンクリートといった材質や灰、燃えカスも禁止されています。

(昔は灰を滑り止めにまいていました)

耐摩耗性でよく洗われていてかどがあり、埃がなるべくたたないようにそして乾いていなければいけません。

ウィーン市では玄武岩、ドロマイト、Blähton(拡張された粘土)を推奨しています。

Splittは"雪が降った後にまく"という規定があり、降る前に使用することは固く禁止されています。

 

このような些細なことでもウィーン市は環境にも気を使っていることがわかります。

去年ウィーンは世界で一番住みやすい街に5回目選ばれています。

 

 

 

 

 

 

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オーストリアの国旗と国章 2

オーストリアの国旗と国章というタイトルで前回オーストリアの国旗の赤・白・赤の由来について書きましたが今日はその続編です。

 

通常のオーストリアの赤・白・赤の国旗の真ん中に国章が入る場合があります。

その意味について触れてみたいと思います。

 


 

上の左の写真は国会議事堂で、その上のはオーストリアの国旗が掲げられています。

よく見ると国旗の真ん中に黒っぽいものが入っています。右側はベルヴェデーレ宮殿の前に掲げられた、オーストリア国家条約締結60周年記念の時のものです。やはり国旗の真ん中に黒っぽいものが見えますね。

 

 

ちょっと拡大するとこのようなものが描かれていることがわかります。

これはBundeswappenと呼ばれ、Bindenschild (ビンデンシルト)を真ん中に掲げたオーストリアの鷲です。

歴史的に双頭の鷲を思い浮かべる方が多いかもしれませんが、そうではなく単頭です。

国旗の真ん中に、宙に浮かんだ、単頭で、赤い舌を出し、黄金の城壁冠をかぶった鷲です。

鷲の右の触手には金のかまが、左の触手には金のハンマーを持ち、それぞれ引きちぎられた鎖が描かれています。

 

鷲はオーストリアの国家主権を表し、その鷲はBindenschildを持っています。

金の城壁冠はブルジョアを表し、かまは農民、ハンマーは労働者を表します。

引きちぎられた鎖はナチスからの独裁政治解放を表します。

 

この国章は、1918年ハプスブルグ帝国が崩壊した次の日の11月12日にドイツオーストリア民主主義共和国としてスタートし、その翌年の1919年にオーストリア共和国となってから導入されたものです。

1934年~1938年には双頭の鷲が再び導入されますが、オーストリアは地図上から消されてしまい、第2次世界大戦へと巻き込まれることになります。

終戦後、ナチスから解放された1945年に引きちぎられた鎖が追加されました。

 

この国章は、Österreichische Bundeswappen とか、Österreichischer Bundesadlerとも呼ばれています。

オーストリア共和国としての政治的意味合いがかかわる時に掲げられる、とても重要な意味を持っています。

 

 

<全くの余談>

風がある時に国旗を撮影するのは大変でした(笑)

いや、撮影は簡単ですが、このÖsterreichische Bundeswappenがちゃんと見られるようなタイミングで撮影するのは何回も繰り返してやっと成功しました。

国旗が揺れまくってましたからね~・・・。

 

 

 

 

 

 

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ちょっとおもしろい階段 3

さて、今日は思いっきり久しぶりにちょっとおもしろい階段シリーズです。

ちょっとおもしろい階段の初回が2013年11月16日第2弾が2014年5月25日でした。

今回もまたアルベルティーナ美術館の階段です。

 

こんな感じです。

何が書いてあるかわかりますか?

アルベルティーナは、王宮の一角のAugustinerbastei

(アウグスティーナーバスタイ)の上に、もともと17世紀後半に宮廷役所として建てられました。

18世紀の1742~1745年マリア・テレジア時代に、マリア・テレジアの助言者で、宮廷建築監督のEmanuel Silva-Tarouca によって宮殿に改築されました。

この美術館の入口に通じる長い階段は、一種のアートになっていて、展示内容によって変わります。

 

 

今回は"MONET BIS PICASSO"という文字が表されています。

これはアルベルティーナ美術館の常設展示内容です。

普段はここにたくさんの観光客が座っていますから、全く人がいないここの階段を撮影するのは限られた時間しかありません。

奥に見られる緑の屋根は国立オペラ座で、左にはカフェ・モーツァルトがある建物が見えています。

 

このモネからピカソまでの展示は2017年3月10日までの予定ですからまだまだ見ることができます。

次はどんなデザインになるのでしょうか。

 

 

 

 

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アンデルセンが住んだ場所

ウィーンはかつての帝国の都ですから、様々な歴史上の有名人達が足跡を残しました。

街中を歩いていると色々な場所に記念の銘板が見られ、それが現在の生活の中に自然に溶け込んでいます。


今日はこんな人もウィーンに住んでいたのかという例でアンデルセンを話題にします。



アンデルセンと言えば幼い頃にたくさん聞いた童話を思い出す人が多いと思います。

はだかの王様、人魚姫、みにくいあひるの子、マッチ売りの少女、もみの木、親指姫、

空飛ぶトランク、ひなぎく・・・様々な名作があります。

そんなアンデルセンもウィーンに少し住んでたことがあるんです。


ハンス・クリスチャン・アンデルセン(Hans Christian Andersen)は1805年4月2日に

デンマークのオーデンセで、貧しい靴屋の息子として生まれました。

彼が11歳の時に父親が亡くなってしまい、学校を中退します。

小さい頃から夢想家で、創造力を発揮し、人形芝居などで遊んでいたといいます。

その後、ますます空想と芝居の世界への興味が膨らみ、1819年、14歳の時に演劇の道を

進もうとコペンハーゲンへと向かいました。

その後1820年~1822年に演劇学校で役者を目指して舞踏や歌も学び、同時に脚本も書くようになります。

俳優は挫折することになりますが、脚本の方は続け、劇作家を志すようになります。

様々な作品を劇場幹部宛てに送り続け、そこで見い出されますが、それまで満足の教育を

受けていなかった彼の文章力が浮き彫りにもなって、劇場幹部の紹介で語学学校へ入学することになります。

その時期に本来持っていた豊かな空想力を文章で伝える力が身についたようです。


その後も劇作家として執筆を続けて行きますが、「即興詩人」、「親指姫」などを発表するとデンマークだけでなく、ヨーロッパ、そして世界中に知られるようになりました。

この2作は1835年に刊行されていて、即興詩人はアンデルセンの出世作です。


これが刊行される1年前に彼はウィーンに滞在していました。





これはグラーベンに近い所にあるアンデルセンが住んでいたという銘版です。


ここには19世紀終わりまで"Bognergasse 315"という建物があり、"この家の2階の所に1834年6月9日~1834年7月9日まで、デンマークの童話作家アンデルセンが住んでいた"

・・・オーストリア・デンマーク協会存続50周年記念によせて・・・と記されています。


アンデルセンは1833年4月~1834年8月にかけてイタリア、ドイツ、イギリス、スペイン、オスマン帝国までと旅行し、その際にウィーンにも来て1ヵ月滞在しました。

彼は多くの旅行記を書いていて、旅行はかれにとってに学校だったようです。


その後彼は童話を書き続け、70歳で肝臓癌で亡くなりました。

彼が書いた童話の数は156と言われています。


ウィーンとアンデルセンとは意外な結びつきだったと思いますが、当時フランスから始まった2月革命がヨーロッパ中に火の粉を振り掛ける前までのヨーロッパはウィーン会議後からは平和な時代が続いていました。

そんな時にアンデルセンは色々な所を旅していたわけです。


せっかくアンデルセンをテーマにしたので、次回はアンデルセンの生家も話題にしたいと

思います。






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王宮庭園のトイレ

日本のお客様から観光中によくトイレの質問があります。

午前中に全員で観光し、午後フリータイムなどがある場合です。

歩いている時にトイレに行きたくなった時に・・・ということですが、添乗員さんなどは

たいてい「街中のカフェに入ってトイレを」と言われています。

それもひとつの方法ですね。

ホテルに入ることもできますが、宿泊客ではないのでちょっと心が痛いかもしれません。

個人であればカフェでもホテルでも、「すみません、トイレを使わせて頂けますか?」と言えば、カフェで何も頼まなくても、またホテルの宿泊客ではなくても快く貸してくれることがほとんどです。

 

でもそれがちょっと敷居が高く感じれば公衆トイレがいいでしょう。

多くの地下鉄の駅などには公衆トイレが設置されています。

このコーナーではすでにトイレについていくつか書いていますが、今日はまたちょっと意外な場所にある公衆トイレです。

 

こちらは国立オペラ座からも近い

王宮庭園 (Burggarten)にある公衆トイレです。

"WC"と書いてあるのでトイレということがわかりますが、それがなければ全くトイレには見えませんね。

後ろにはカフェPalmenhausが見えていて、この界隈の荘厳な建築物に合わせるかのようなトイレの入り口です。

国立オペラ座裏側のアルベルティーナの壁のすぐ下にはソーセージスタンドがあり、その後ろを行くとこの王宮庭園に入れる入口がありますので、リンク道路側からではなくてもここに入れます。

ここから入るとトイレがあるなんてことには気づきません。

そもそもここはカフェPalmennhausを見ればわかるようにトイレの入り口の水準よりも高いですから、上からはわからないわけです。

でも落ち着いて見るとトイレの上のあまり目立たない所に"WC"の案内表示があります。

 

この入口の木の扉をくぐると、中は

結構広い空間になっていて、男女に

分かれています。

写真は男性用ですが、トイレの扉の

所には50セント入れるような仕組み

になっています。

つまりここは有料トイレです。

小銭がなくてもこの空間にはトイレ担当の人がいるので小銭に両替してくれます。



この王宮庭園のトイレはちょっと灯台下暗し的なトイレで、この王宮庭園に実はトイレが

あるという雰囲気ではありません。


シェーンブルン宮殿庭園にある公衆トイレOpernpassageの新しい公衆トイレ

オペラ座そばの名物トイレ分かりづらいトイレの男女表示

フンデルトヴァッサーのトイレえっ!!・・・と思う名物トイレなど結構話題にしていましたね。(笑)







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祝福と幸運を授かるコロマニ石

ウィーンの真ん中に建つシュテファン大聖堂はウィーンのひとつのシンボルであり、

歴史的にもとても重要です。

場所的にもケルントナー通りとグラーベンという重要な歩行者天国のほぼ交差した所に位置しているため観光の皆さんの目印にもなり、旧市街を歩けば何度となく通るでしょう。

 

このシュテファン大聖堂は1147年からずっとこの場所で歴史を見つめてきましたし、

大聖堂自身にも様々な重要なものが目白押しです。

このコーナーでも知らない間にシュテファン大聖堂の色々な物について書きました。

今日ここで紹介する物もそのシュテファン大聖堂にあって、しかし知られていない

ちょっと重要な物です。

 

シュテファン大聖堂の有名な説教壇当時のステンドグラス記念プレート

涙を流す聖母マリアプンメリンローマ時代の墓石モーツァルト最後のお別れの場所なども是非御覧下さい。

 

シュテファン大聖堂に入ると、ずっと左側にこの写真に見られるDom Shopがあり、ここは司教の門と言われています。

 

ここには絵葉書やガイドブックなどが売られている大聖堂の小さなショップになっています。

このショップの入口には左右2つの扉がありますが、この右側の扉側の柱のちょっと上辺りに今日のテーマである"コロマニ石"がはめ込まれています。

 

コロマニ石はこの写真のように

柱の中に真鍮の枠と共に埋め込まれていて、人間の右手のような形に色が変色しています。

 

コロマンはアイルランド人の

いい所の出の巡礼者で(一説には王様の子とも)1012年

ウィーン近郊のStockerauで

不審な身なりや外国語を話したことからスパイの容疑をかけられ、拷問され、ニワトコの木に絞首刑となりました。

 

伝説によればコロマンの遺体は2年経っても腐らず、しかもその枯れていたニワトコの木が再び緑を吹き返したということからバーベンベルクのハインリヒ1世がコロマンの遺体を

1014年にメルクに運ばせました。

 

メルク修道院コロマンの顕示台も参照して下さい。

 

聖コロマンがこの石の上で殉教したとされ、このコロマニ石は1361年にここに埋め込まれました。この石の後ろには鉛でできた聖遺物を入れる箱があり、たくさんの聖遺物が埋め込まれているとされています。

 

この石に触れる者は、祝福と幸運を授かると言われています。

 

 

 

 

 

 

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石のサッカーボールがたくさん!

オーストリアでは外に出る人が多いと言うと滑稽ですが、つまり外で余暇を楽しむ人が非常に多いです。ちょっとした散歩からハイキング、本格的な登山、ロッククライミング、

自転車、マウンテンバイク、水遊び、様々なスポーツをする方も多いです。

 

スポーツと言えばサッカーとスキーは国民的と言ってもいいでしょう。

スキーは御存知の通り、ジャンプやアルペンはしょっちゅうメダルを取りますね。

アトミックやフィッシャーなど有名なスキー板はオーストリアの製品です。

逆にサッカーはここずっとオーストリアはヨーロッパで見れば残念ながら弱国です。

1970年代ぐらいまでは強国であったオーストリアでしたが・・・。

しかし、ここ最近はまたレベルが上がってきています。

 

Bundesliga(ブンデスリーガ)という日本で言うJ1が10チームあり、オーストリア国内ではファンが多く大変盛り上がっています。

 

さて前置きが長くなりましたが、サッカーファンであれば誰でも知っているサッカー競技場が国内にいくつもある中でウィーンのErnst Happel Satdionは有名です。

 

このサッカー競技場・・・こちらでは"Satadion"まだハプスブルグ帝国時代の1915年ぐらいからプラン

されていました。

いくつかの案が募集されれ、その中にはシェーンブルン宮殿の横に作る構想も存在していました。

帝国解体や第一次大戦などで、それどころではなく、その後オーストリア共和国10周年の1928年から工事が始まり、1931年7月11日がオープニングとなりました。

建築家はOtto Ernst Schweizerです。

その後修復は何度も行われ、1992年まは"Praterstadion"という名でしたが、現在では地元では誰でも知っている歴史的で偉大なオーストリアのサッカー選手である

Ernst Happel(1925年~1992年)の名がついています。

ここは記憶に新しい2008年サッカーヨーロッパ選手権の決勝戦が行われた場所で、ドイツとスペインが戦いました。(この内容はおもしろくありませんでしたが・・・)

もちろんそれ以外にも地元では頻繁に使用され、50.000人以上収容できます。

 

さて、話が長くなりましたがこのサッカー競技場には街中では絶対に見ることができない石のサッカーボールが見られます。

 

 


 

このErnst-Happel-Satdionの脇にある舗装された広場のような通りに、御覧のようにたくさんの石で作られたサッカーボールが並べられています。

この光景は滑稽です。でもこの場所だから許されるもので、なおかつここ雰囲気にピッタリですね。一種のガードレールであり、車の通行を制限する役割を担っています。この石のサッカーボールは直径70cmぐらいとかなり大きいです。

 

 

 

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シェーンブルン宮殿庭園にある公衆トイレ

このブログコーナーでは何をテーマにしようか・・・なんてことは考えておりません。

ウィーンの街はとても奥が深いヨーロッパ文化が凝縮した街ですから、あらゆる角度から

思い立ったことをまとめているので、とてもためになる内容から、しょうもない内容まで

様々です。(笑)


以前、えっ!!・・・と思うトイレとか、オペラ座そばの名物トイレとかを話題にしていますが、今日はおそらく地元の人しか知らないトイレについて触れてみたいと思います。



オーストリアの世界遺産のひとつになっているシェーンブルン宮殿はウィーンに初めて来た人は誰でもたいていは見学するでしょう。

マリア・テレジア時代に最終的に

完成した重要なバロック建築で、

宮殿内部は美しいロココ様式です。

見学後は庭園に行くのも定番で、

幾何学模様の美しい庭園と

丘の上に立つグロリエッテが印象的です。

庭園の一角には地元で大人気の、

営業している動物園では世界最古の動物園があります。

もちろん動物園の中にはちゃんとしたトイレがあり、庭園内にあるカフェやレストランなどにもちゃんとしたトイレがあります。

 

通常庭園に行くのは宮殿を正面から見て、右回りでフジの美しいアーチを見ながら後ろに

行きます。庭園に行ってのんびりと散策する人も多いですし、地元の人達もジョギングしたり散歩をしたりとのんびりくつろいでいます。

上の写真はずっと奥にシェーンブルン宮殿が見える並木道です。

 

そんな庭園の一角にちゃんとした公衆トイレがあります。

 

 


 

こちらがシェーンブルン宮殿庭園内にある公衆トイレで、一見トイレっぽく見えません。

庭園内の一角にある温室や、王宮庭園にあるカフェ パルメンハウスのスタイルによく似ています。

写真が2枚あるので、トイレが2つあるように見えますが、実際にトイレはひとつで、

左が女性用側で、右が男性用側から撮影しています。

 

自分もここで用を足したこともありますが、中は綺麗で清潔でした。

 

写真のこの公衆トイレは、通常の庭園へのルートでは見ることができません。

シェーンブルン宮殿のMeidlingtorから入り、すぐ左に奥まで進んでいくと見られます。


ちなみにシェーンブルン宮殿の庭園にある公衆トイレはここだけではなく、宮殿に近い所にもまだあります。




 

 

 

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郵便局内の小さな博物館

ウィーンの街でホテルではなく、また街中にあるポストでもなく、郵便局で切手を買って

そのまま絵葉書を出す人もいるでしょう。

今年8月の終わりに祝祭日も営業してる郵便局を紹介しましたが、このSchwedenplatzの

近くにある郵便局は結構使えます。

 

この郵便局がある建物の入口に入るとすぐに、ハプスブルグ帝国時代の郵便局が展示されているちょっとした博物館を見ることができます。

 

こちらが"Historische Postamtskanzlei"と呼ばれた帝国時代の歴史的郵便局の雰囲気

です。Kanzleiは事務局みたいな意味に使われます。

当時実際に使用されていた物がここに並べられています。


当時郵便局は整理整頓されていて、真面目であり、その目的によく合って配置され、

火災、不法侵入から守られ、仕事上の機密を守り、郵便物と役所のお金をしっかり管理することが決められていました。

お客さん側と郵便局側もガラスでしっかりと仕切られていました。


この写真に見られる窓口は、1892年Niederösterreich の Franzenに作られた郵便局の

窓口で、実際に1991年まで使われていました。


窓口内の物は全て1918年の帝国崩壊前に実際に使用されていたものです。

左の壁には当時のポストを見ることができます。



こちらは1878年以降から1918年

まで使われた帝国時代郵便局の

オフィシャルマークで、ブリキで

作られています。

"K.K.POST&TELEGRAFENAMT"

と書かれています。

郵便と電報を扱っていました。

帝国時代を象徴する双頭の鷲を

見ることができます。


ここはとても小さな空間ですが、

当時の帝国時代の歴史的な物を見ることができる貴重な空間です。


この郵便局の入口はFleischmarkt側にあります。




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Wand der Hoffnung (希望の壁)

ウィーンにはかつて"Linienwall"と呼ばれた2つ目の城壁があり、それが取り壊されて

Gürtel (ギュルテル)という大きな環状道路が作られました。

ベルヴェデーレ宮殿の正面側入口もそのギュルテルに面しています。


Gürtelには路面電車やオーストリア国鉄(ÖBB)の駅がいくつかあるわけですが、

そこに何気なくあったものについて少し書きたいと思います。


"WALL OF HOPE" ドイツ語では

WAND DER HOFFNUNGと書かれていて、希望の壁ということで、

壁に2面にわたって大きなパネルが掲げられ、そのパネルの中にはたくさんのセラミックのタイルが並べられています。

タイルにはカラフルな色で様々な絵が描かれています。

遠くから見ると一瞬大きなモザイクのようです。


これはウィーン20の小学校からの小学生達が、彼らの望み、夢、そして希望を表現した

プロジェクトで、そられを象徴する様々なものが描いてあります。

2001年6月20日以来からここに展示されています。


この場所はMatzleinsdorferplatzの国鉄の高架駅と地下にある路面電車の駅を結ぶ階段の

壁に見ることができます。





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鉄の防衛兵士

ウィーンの市庁舎のそばにひっそりと立っている像に気付く人は果たしてどのくらいいるでしょうか?

市庁舎はフランドル風ゴシック様式でとても立派な建物ですし、その市庁舎前広場では

年間を通して様々なイヴェントが行われています。

クリスマス市やスケートリンクなどは毎年地元でも楽しみにしているイヴェントです。

 

その市庁舎のすぐ脇のアーケードの一角にこの像があります。

 

この像は"Wehrmann in Eisen"で

鉄でできた防衛男なんて直訳を勝手に

してますが、兵士の様ですね。

 

もともとこの像は1915年3月6日に

Scwarzenberg広場に置かれ、

第一次大戦で亡くなった兵士の妻や

子供達を救済する目的でした。

 

よく見ると鉄で兵士ができているわけではなく、釘が打ち込まれていることがわかります。

この兵士自体は菩提樹の木で作られています。

 

この像は1919年まで、Schwarzenberg広場に置かれ、

その後倉庫に置かれ、1934年5月、

王宮にあるBurgtorが第一次大戦で

亡くなった兵士達の英雄記念となったことがきっかけで、再び

Schwarzenberg広場に置かれて以前同様寄付の運動があり、その年9月にはそれも終わって現在の場所に移されました。

 

 

 

上の写真は兵士の足元です。無数の釘が打ちつけられていることがわかりますね。

釘の数は50万本と言われています。

前述したように第一次大戦で亡くなった兵士の妻や子供達を救済する目的で義援金を出した

人々がこの像に釘を打ち込むことができ、名前を芳名録に書いてもらえました。

 

このような像は当時オーストリアには結構あったらしいですが、このウィーンのSchwarzenberg広場に置かれた像が最大だったということです。

 

釘を打ち込むということでは、以前もここで話題にしたケルントナー通りの終わりにある

Stock im Eisen(シュトック・イム・アイゼン)を思い出させます。

 

 

 

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公園でフィットネス!

ウィーンの街を何気なく散歩をしていると意外な物が意外な場所に見られることがよく

あります。

だいぶ前にこのコーナーでも登場したキックボード専用置き場なんかはいい例です。

 

今回もそんなような物について紹介します。

 

こちらは普通の公園に何気なく置かれていた物で、遠くからこれを見て何だろうと最初は思いました。


これはフィットネスセンターなどに置かれているトレーニングをするためのものです。


誰でも入れる公園の中に、

お金もかからず誰でも自由にトレーニングをすることができるわけです。

公園と言えば、ベンチとか子供の遊び場などが多く設置されているわけですが、

フィットネスマシーンが置かれている公園は見たことがありませんでした。


これはFree Gymという2011年に設立された会社が提供しているもので、フィットネスマシーンに不安がある方や、フィットネスセンターのような閉じ込められた場所で体を動かす気分になれない方、全くコストがかからずにトレーニングをしたい方などの気持ちを考えたコンセプトです。


ウィーンの街中だけでも現時点で12カ所の公園に設置されていますが、残念ながら中心から簡単に行ける公園にはありません。

写真はAuer Welsbach公園に置かれているものです。

"fitness im freien" (屋外でのフィットネス)を掲げたこの案内表示には一般的なな注意事項が書かれています。


健康に問題のない方14歳以上が対象となっていて、一般的にトレーニングを始める前には

医師の助言を受けることをお勧めします・・・

心臓に問題があったり、血圧が高い方は禁止・・・

トレーニング中に心地よさを感じることが大事で、以上を感じたらすぐやめること・・・

トレーニング前にはからっだを温めること・・・

などといった内容です。


観光で疲れたら、公園でトレーニングをしてリフレッシュ!?






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シューベルトの泉

オーストリアの3大クラシックの作曲家と言えば、モーツァルト、ハイドン、シューベルト

ですが、シューベルトはウィーンで生まれたウィーン人です。

すでにここでは中央墓地のシューベルトのお墓シューベルトの生家ますの泉などを

紹介していますが、そのシューベルトに因んだもので、場所柄のせいか、あまり知られて

いないものがあります。

それはSchubert-Brunnen

言われるもので、シューベルトの泉です。

 

この泉は、1928年ウィーンシューベルト連盟とウィーン9区(Alsergrund)の代表とで、

彫刻家Theodor Stundと

建築家Franz Matuschekにより

作られたものです。

 


正方形の泉の真ん中に、しゃがんでいて顔と手を上に向けている、等身大以上の

„Lauschendes Mädchen“ (耳を澄ましてじっと聞いている女性)が表現されています。

 

シューベルトは1828年11月19日に亡くなっていますので、この泉はシューベルト

没後100年という記念の年に作られたわけです。

 

ここはシューベルトの生家やシューベルトが洗礼を受けた教会も比較的近くにあり、

それらは現在ウィーンの9区に位置しています。

 

このシューベルトの泉はLiechtensteinstraße とAlserbachstraßeが交わる、

リヒテンシュタイン宮殿の庭園の外側にあります。

 




 

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ヨーゼフ・シュトラウスが生まれた場所

ウィーンのマリアヒルファー通りは美術史博物館の裏側からウィーン西駅まで、そしてさらにもっと奥まで伸びている長い通りですが、美術館の裏側から西駅までが俗にデパート街として知られ、通りの両側には様々なデパート的な店が並んでいて、ウィーンの中心部とはまた一味違った通りで多くの若者が歩いています。

 

この写真はマリアヒルファー通りを西駅側から中心方面に見たもので、地下鉄の"U"マークを見ることができる建物が手前に写っています。

 

この建物の壁の所に作曲家の記念プレートがあります。

人通りが多い場所で、たいていの人はそのプレートに気づきません。

その作曲家とはヨーゼフ・シュトラウスです。

 

ヨーゼフ・シュトラウスは

有名なワルツ王である

ヨハン・シュトラウスのすぐ

下の弟で、ワルツの父

ヨハン・シュトラウス1世

次男になります。

 

彼は音楽とは縁がなさそうな

技術学校で学びます。

その後、現場監督として働きますが、兄ヨハン・シュトラウス

が1852年の秋、大変な疲労で

演奏旅行から帰って来たことが

きっかけで、次の年にシュトラウス楽団の楽団長として兄の代わりを務めます。

その後も兄のシュトラウスが不在の時などを始め、演奏する機会が増えていきます。

 

ヨーゼフ・シュトラウスは作曲法やバイオリンを習い、1857年6月8日に

カロリーネ・プルックマイヤーと結婚し、次の年に女の子が生まれます。

 

1870年のワルシャワ演奏旅行の際、演奏中に意識不明になり、指揮台から落ちていまい、

その後まもなくウィーンで1870年7月に43歳になる前に亡くなります。

死因はハッキリとはわかっていません。

 

このプレートは、"この場所に建っていた家で1827年8月20日にヨーゼフ・シュトラウスが

生まれ、その17年後に彼は280のダンス音楽を作曲し、兄のシュトラウスと弟の

エドゥワードと共にシュトラウス楽団を指揮した"と記されています。




 

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国民庭園のエリザベート像

ウィーンのリンク道路沿いにある公園のひとつに国会議事堂の前にあるバラが多く咲いているVolksgarten (フォルクスガルテン)・・・国民庭園があります。

そこには以前ここでも紹介したテセウス神殿というミニギリシャ神殿がありますが、リンク道路からもっと奥に行ったあまり目立たない所にエリザベートの像があります。

世界中にファンがいるエリザベートはバイエルンのヴィテルスバッハ家出身で、1837年12月24日生まれです。自然の中で自由に子供らしい幼少時代を送り、ある意味では普通に育てられたエリザベートの運命が変わることになるのは、いとこに当たるフランツ・ヨーゼフ1世に一目惚れされ、結婚が決まってからでした。

元々エリザベートのお姉さんのヘレーネとフランツ・ヨーゼフ1世を結婚させることが決められていましたが、それに反して妹に一目惚れをしたわけで、16歳のエリザベート(シシィ)がウィーンに嫁ぐこととなったのです。

ウィーンの宮廷文化は全く肌に合わず、1人でいることも多く、精神的なバランスも崩れ、宮廷を逃げ出すかのように色々な所を旅します。


2人の間からは、彼女が30歳までに4人の子供が生まれますが、3番目に生まれた長男ルドルフ皇太子は

ウィーンの森マイヤーリンクでピストル心中自殺をします。(悲劇のマイヤーリンク 参照)

エリザベートの最後は、1898年9月10日 スイスのジュネーブでルイジ・ルッケーニによって心臓を刺されて帰らぬ人となるという、悲劇的なものでした。


エリザベートが亡くなった4年後には、この像を作るコンテストが行われています。

興味深いことにこのコンテストは宮廷からの依頼ではなく、一般からでした。
全部で67の応募がありましたが勝者が選ばれなかったことにより、応募した芸術家達から抗議が殺到。
そこで再び1904年にコンテストが行われ、Friedrich Ohmannの案が選ばれました。

この高さ2.5mの大理石のエリザベート像は彫刻家Hans Bitterlichによって1907年に作られ、フランツ・ヨーゼフ1世がそれが置かれる場所を定めています。

以前ウィーンの西駅にあるエリザベート像について書いていますが、こちらのVolksgartenにあるエリザベート像の方が遥かに知られています。




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ウィーン旧市街にあるローマ時代の切り石

ウィーンはとても歴史ある奥が深い街です。

バーベンベルク王朝時代、ハインリヒ2世が12世紀半ばにウィーンに居城を移し、

その後12世紀の終わりぐらいに城壁が築かれ、現在のリンク道路の内側の大きさがほぼ形成されるわけですが、その中でも一番古いウィーンの部分はもっと限られた部分です。

こちらは以前

ローマ時代のウィーン旧市街地

でも登場した、Vindobona

(ヴィンドボナ)と

呼ばれていた頃の姿です。


この写真に見られる赤い部分が

ローマ時代の駐屯地でしたが、

そこから見つかった物について

少し書きたいと思います。


それはこの一見何の変哲もない

ただの石です。

 

RÖMISCHE RIESENQUADERN

(レーミッシェ・リーゼン

      クヴァーデルン)

と記されています。

"ローマ時代の巨大な切り石"

という意味で、前述したローマ時代の領域から発見された石です。

 

この切り石は、この石が現在飾られているSterngasseの5番地の

建物を1962年に解体する際に

見つかったものです。

 

ローマ時代、この辺りには

Badeanlage

  (バーデアンラーゲ)・・・いわゆる浴場があり、その施設に使われていた切り石です。

 

全く意味がないように路傍に置かれている石でしたが、大変貴重な石だったんですね。

 

ちなみにこのSterngasseにはトルコ軍の貴重な砲弾も見られます。

 

 



 

 

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犬のためのネジ

以前このコーナーで、"何のためのねじ" というタイトルで、壁から飛び出しているネジについて書いていますが、今回も同じような壁から飛び出しているネジです。


これはウィーンのある店の入り口ですが、入り口右側のちょっと低い位置に何やら飛び出しているものが見えます。

一見何だろうと思ってしまいますが・・・


実はこのネジ、犬を繋いでおくためのものです。 こちらは犬も社会の一員であり、家族の一員です。

レストランに連れて行くこともできれば、地下鉄や路面電車にだって

一緒に乗ることができます。公園には犬専用のゾーンも多く作られています。


しかし、スーパーや特定の店など、中には連れて行けない店もあるので、そのため飼い主が中で買い物をしている間は外で待っているわけです。そのためのネジです。

以前紹介した完全に丸いネジではなく、かなり歪んだ形をしていて引っ掛け易くなって

います。

この写真のように、犬の絵がちゃんと描かれている場合もあれば、ネジだけがある場合も

あります。



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アウグスティーナの貴重な14世紀の名残り

ウィーンの街中には普通に歩いていたらまず気付かないような所に、歴史を感じさせる貴重な物がよく残されています。

 

 

6月12日付に王宮にある

アウグスティーナ教会

紹介しましたが、そこは

現在でもアウグスティヌス修道会が活動しています。

 

そのアウグスティーナ教会の裏側にこのようなゴシック様式の古い部分を見ることができます。

 

これは2011年壁を綺麗に

する作業をしている時に

発見された部分で、14世紀の1341年に奉納された、アウグスティヌス修道会の修道院回廊の最後の名残りです。

(ちなみにアウグスティーナ教会奉納は1349年です)

 

ゴシック様式の回廊であったことが想像できます。

この壁の向こうはLorettokapelleで、ハプスブルグ家の心臓が収められた銀の壺が置かれています。

 

この場所は外からは全くわからないAugustinerhofと呼ばれている中庭に入ると見ることができます。

 

 

 

 

 

 

 

 

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シェーンブルン宮殿の礼拝堂

ウィーンのシェーンブルン宮殿はオーストリアで最も観光の皆さんが訪れるスポットで、初めてウィーンに来る方は絶対と言っていいほど

ここを訪れると思います。

 

このシェーンブルン宮殿は宮殿内部見学を始め、美しい庭園、動物園など様々な見所があり、ここだけで

余裕で1日過ごせます。

 

 

さて、そのシェーンブルン宮殿に普通ではまず気付くことがないSchloßkapelle

(シュロスカペレ)という礼拝堂があります。

この礼拝堂はシェーンブルン宮殿内に

組み込まれていて、外からはまず見ることができませんし、まして礼拝堂があるとも気づきません。

宮殿正面に向かって、左右対称に前方に

せり出している部分の、左側にあります。

 

この礼拝堂は、シェーンブルン宮殿が

ほぼ現在の姿になる1700年頃、

フィッシャー・フォン・エアラッハによって作られました。マリア・テレジア女帝の祖父レオポルド1世の時代です。

 

その後マリア・テレジアがシェーンブルン宮殿を改築する際に、同時にこの礼拝堂にも手を加えさせています。

 

1743年頃この礼拝堂はかなり質素だったようですが、マリア・テレジアがによって内部が立派になりました。

 

1745年4月29日にマリア・テレジア女帝や家族立会いの下、献堂されました。

 

この写真に見られるメイン祭壇は大理石で、おそらくニコラウス・パッカシのものとされていて、祭壇上部には三位一体を見ることができます。

 

祭壇画はメルク修道院でも活躍するパウル・トローガーによるもので、マリアの結婚が

描かれています。

 

ここは残念ながら常に開いているわけではありません。

基本的に毎週日曜日の10:00にミサが行われるので、その時に見ることができます。

 

このぐらいの規模の宮殿には、習慣的に必ずと言っていいほど礼拝堂や小さな教会が作られていますので、シェーンブルン宮殿に限ったことではありません。

 


 

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最近多く見られる自動スプリンクラー

ウィーンの街は緑がとても多く、リンク道路沿いだけでも5つ公園があり、それ以外にも色々な所に公園、またちょっとした街路樹が植えられている芝生の空間がたくさんあり、

同時に様々な花、木が植えられています。

 

この緑や花はウィーン市が管理をしていますが、雨が年中降るわけではありませんから、

水撒きも当然必要になるわけです。

 

公園や街路樹の芝生がある所も、以前はホースの先にスプリンクラーを取り付けて水を撒いている光景をよく目にしました。

 

最近はホースではなく、自動スプリンクラーが多くなっています。


 

この写真のように、自動スプリンクラーが芝生の敷地の端数か所に設置されていて、

天候との兼ね合わせで定期的に水を撒いています。

 

特に天気がいい日の朝方によく見られます。

 

この写真の場所はコンツェルとハウスのすぐ前、ベートーヴェンの像がすぐ近くにある場所での自動スプリンクラーです。

 

 

 

 

 

 

 

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知られていないミニ日本庭園

シェーンブルン宮殿の庭園内に日本庭園があること、ウィーン19区の一角に

世田谷公園というちょっとした日本風の公園があることは知られていますが、

今日のテーマである「ミニ日本庭園」はあまり知られていません。

 

 

 

 

こちらがそのミニ日本庭園です。

 

このミニ日本庭園は、1999年5月にウィーン大学の"Japanologie"(日本学)という

専門学科ができた60周年記念としてここに作られたものです。


そうです、ウィーン大学では日本学を専攻することができるんですね。

私の知り合いにもここで学んで卒業し、社会で活躍している人が何人かいます。

 

よく見ると正面の石には日本語が彫られていますね。

 

枯山水スタイルの石の庭園で、源氏物語23帖の「初音」がテーマになっています。

石は水の流れを象徴しています。

奥の石は「岩の滝」で、山脈を表し、その源水が小川、川、やがては海に注がれるという

ことを表現しているそうです。

 

このミニ日本庭園がある場所は、Altes AKH 旧ウィーン総合病院の建物の中庭の

一角にあり、現在はウィーン大学が入っています。

 

時間があれば訪れて見てはいかがでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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市庁舎のインフォメーションセンター

国立オペラ座の裏のアルベルティーナ広場には、ウィーン観光案内所があることはかなり知られています。場所もいいですし、気軽に立ち寄れ、様々な情報を集めることができます。

同じようなインフォセンターで、

意外と知られていないのが市庁舎のインフォメーションセンター "Stadtinformationszentrum" です。

 

この場所はリンク道路沿いの有名な建造物のひとつである市庁舎の中に

あります。

中と言っても、この大きな建物の

どこにあるのだろう・・・という

ように行きにくい場所ではなく、

市庁舎の裏側中央部分に入口があり、入るとすぐこの写真のような美しいゴシックアーチ

空間が広がります。この空間がインフォメーションセンターです。

 

 

ここにはコンサート情報はもちろん、ウィーンの様々なイヴェント情報が集められ、そこらじゅうに自由に持って行けるパンフレットや小冊子などが置かれています。

 

ちょっとした座れる空間も用意され、自販機もあるので飲み物も買えます。

 

もちろんパンフレットが置かれているだけでなく、係りも常駐しています。

 

ここはどちらかというとウィーン市民のためのインフォセンターです。

しかし、観光の皆さんもよく訪れます。

 

素敵な空間なのでこの付近に来られたら是非立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

 

 

 

 

 

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中世の住居塔(Wohnturm)

ウィーンはとても歴史がある奥が深い街で、

歴史的に言われある様々な重要な物が残って

います。

 

以前ここでも有名なレストラン「グリーヒェンバイスル」を紹介しましたが、今日はそのレストラングリーヒェンバイスルに属する貴重な中世からのWohnturm(住居塔)に触れたいと思います。

 

このレストランの界隈は歴史的にもとても

重要な地域で、この写真に見られる石畳のGriechengasseの奥に見えるオレンジっぽいのがレストランの入口です。

 

でもこの重要な住居塔はここからは見ることができません。

 

 

 

 

 

 

この貴重な住居塔はGriechengasse7番地の中庭に入ると見ることができます。

 

この塔はグリーヒェンバイスルの正面から見て裏側に位置していて、12世紀のものということになっています。

 

急こう配の屋根を持つこのゴシックの塔は、当時の城壁の一部であるということになっていて、同時に住居としても利用されていたことです。

 

つまりこれはレストランよりもはるかに古いものであり、

"住居"としてはウィーンで現存して見られるということでは最古のひとつということになりますね。

 

ウィーンは普通に歩いていたら見ることができない場所に、このような貴重な物がたくさん残っている・・・本当に奥が深い街です。

 

 

 

 

 

 

 

 

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ちょっとおもしろい階段 2

前回11月16日付で「ちょっとおもしろい階段」でマティスが表現されていましたが、

今回はアルブレヒト・デューラーです。

 

 

これも前回と同じ場所でオペラ座裏にある王宮のアルベルティーナの階段です。

 

今年の復活祭の時期に、このアルベルティーナ美術館の屋根の上のうさぎを紹介した時に少し書きましたが、このデューラーの野うさぎは2003年以来から10年以上ぶりで再び展示されています。

それを大きくアピールすることもかねて、この階段にはデューラーの作品が表されています。

この野ウサギは1502年、デューラーが32歳の時のものです。

 

奥に見えるのは、復活祭の時にピンクのうさぎが載せられていた屋根です。

 

スポンサーであるドロテウムのロゴも見られます。

 

このアルベルティーナは、マリア・テレジア女帝の成人した子では次女にあたるマリア・クリスティーナの夫であるザクセンのアルベルト公がここに18世紀終わりから住みました。

 

このアルベルト公はグラフィックコレクションを所有しており、それがベースになって現在のアルベルティーナ美術館になっています。

 

このデューラーの野ウサギが見られる展示会は、

デューラー、ミケランジェロ、ルーベンス(アルベルティーナの100の傑作)

という名称で、2014年3月14日~2014年6月29日まで行われています。

 

 

 

 

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地下鉄ホームにある歴史的遺産

ウィーンの街は普段あまり気に留めない所に歴史的重要な場所や物があります。

でもそんな一瞬何だろう・・・と思わせる物が少し街の歴史を知っていると全く違った

貴重な物に見えてくるんですね~。

 

地下鉄1号線(U1)のSchwedenplatzにもそんな物があります。

 

こちらは砂岩で作られた双頭の鷲で、

よく見ると真ん中に紋章をみることが

できます。

 

ワッペンの左上と右下は旧ハンガリーを、右上と左下は旧ボヘミアを表しています。

 

さらにその真ん中にはオーストリアの国旗の基になったと言われる赤・白・赤の

横縞ワッペンが見られます。

 

この横縞ワッペンは通称「BINDENSCHILD」

       (ビンデンシルト)

と言われるもので、13世紀の

バーベンベルク王朝時代から

登場していました。

 


こちら向かって左の写真はやはり砂岩で作られたワッペンでハンガリー帝国を

表しています。

 

右側の写真は岸辺のマリア教会のKreuzblumeと言われる塔の先端部分で、

15世紀前半の砂岩で作られたゴシック時代の物です。

こちらはとても貴重な昔の城壁がまだあった頃のウィーンの街並みです。

 

目の前の城壁はGonsagabastei (ゴンザーガバスタイ)で、1646年に作られ、

リンク道路が作られる1859年に取り壊されます。

 

これは城壁が取り壊される直前に撮影された写真でしょうか。

 

この城壁には赤い数字が1,2,3と付けられていますが、この数字の場所が上で紹介した

ワッペンとKreuzblumeがあった場所です。

1.ハンガリー帝国 2.双頭の鷲 3.岸辺のマリア教会

 

一番手前が現在のドナウ運河です。

 

この歴史的貴重な物が見られる場所は、ウィーン歴史博物館によって、前述した

地下鉄1号線Schwedenplatzの実際に地下鉄に乗るホームに展示されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

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貴重な城壁の名残り 2

ウィーンの街はローマ時代からの街ですね。

その当時ヴィンドボナと呼ばれ、現在のリンク道路の内側よりもはるかに狭い部分が城壁で囲まれていました。

中世のバーベンベルク王朝時代の12世紀終わりに新たに城壁が築かれていき、ほぼ現在のリンク道路内側の大きさになり、更に16世紀半ばにかけてバスタイが築かれたわけです。


それが19世紀後半に取り壊されて、リンク道路が建設されます。

街中ではその貴重な城壁の名残りを何ヶ所かで見ることができるわけです。

去年11月15日付で貴重な城壁の名残り1を紹介していますが、今回はその第2弾です。

 

こちらは前回御紹介した城壁と比べると、とても控えめな城壁の名残です。

 

この場所はルペルト教会をドナウ運河側から目指していくと、現在は階段ができているそのすぐ左脇のちょっと隠れた所にあります。

 

このルペルト教会は当時の城壁のすぐ内側に建てられ、少し小高い所に作られています。

 

この城壁の名残とルペルト教会を見ると、当時の城壁があったことがこの場所にいるとよくわかります。

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらはMölkerbastei(メルカーバスタイ)の名残りですが、以前紹介したメルカーバスタイではなく、Schottentor側の残されている部分です。

 

私はこのメルカーバスタイを

1箇所としてではなく、名前は

一緒ですが、2箇所として数えています。

 

 

この場所はメルカーホーフという現存しているメルク修道院所有の大きな建物があること

からその名前が取られています。

 

 

Schottengasse側からMölkersteigという階段を上がりすぐ右側に見られます。

 

この場所はルペルト教会よりも、もっと気づかれない場所にひっそりと残されています。

 

 

 

 

 

 

 

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屋根の上の復活祭うさぎ

明日の4月20日がOstern・・・復活祭です。

今週はOsterferien(オスターフェーリエン)という復活祭時期の休暇で、幼稚園、学校は

お休みです。

それに合わせて両親も休みを取る方が多く、どこかに出かけてる人も多いです。

 

その復活祭については、すでに「復活祭のシンボル」、「たまごに色をぬる習慣」について書いていますが、明日歴史的背景を御紹介します。

 

街中の様々な所で見られる復活祭のシンボルですが、実はこんな所にもありました。

 

ここはオペラ座裏側のアルベルティーナ広場から見える、王宮のアルベルティーナ美術館のモダンな屋根の上にピンク色のうさぎが

乗せられています。

 

このせり出した印象的な屋根は、ウィーンの建築家ハンス・ホラインによって2003年に完成したもので、"Soravia Wing"と呼ばれています。

 

 

 

下の方から携帯のズームで撮影したものなのでクオリティがよくありませんが、

明らかにうさぎであることがわかります。

 

実はこのアルベルティーナ美術館では、再びドイツの画家アルブレヒト・デューラーの有名な "Feldhase・・・野うさぎ"が2003年から10年以上のブランクを経て再び展示されています。

 

そのアピールとこの時期復活祭のシンボルとして同時に掛けているわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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エレベーターに見えないエレベーター

仕事がら空き時間には色々な博物館に散歩がてら行きますが、

よく行く博物館のひとつに古楽器博物館・武器・鎧博物館があります。

 

シェーンブルン宮殿、美術史博物館、シュテファン大聖堂などといった真っ先に皆さんが

訪れる場所とは正反対で、ここはテーマがテーマだけにここはいつ行っても人がほとんど

いない博物館で、なおかつ新王宮という王宮の大きな一部でもあり、内部空間がとても素敵なんですね。

 

 

その新王宮の階段ホール空間に一瞬、エレベーターとは思えない

エレベーターがあります。

 

新王宮の正面入り口がある側は、

外から見ると孤形がとても印象的で、

内部階段ホールは少し複雑な構造になっています。

 

中に入って階段を上がって行くと、

2つの博物館の実際の入口があり、

そこはその印象的な孤形をハッキリと見ることができます。

 

その素敵な空間の壁の一角にこのエレベーターが設置されています。

 

 


 

この新王宮の建築様式に相応しく、エレベーターも古典的な様式で作られています。

 

一見このエレベーターを見ると、扉が左か右のどちらかの方向にスライドして開くイメージですが、実はそうではありません。

 

この左側の写真の真ん中に、金色のドアノブがあるのがわかりますが、

利用する人が自らこのドアノブを引いて、扉を開けるわけです。

 

もちろんエレベーターがこの階に停止している時でなければ開けられません。

 

右の写真は、エレベーターが来て、扉を開けた時の様子です。

 

普段あまり気にしませんでしたが、改めて観察するとちょっと素敵なエレベーターです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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シュトック・イム・アイゼン

街中でまず気づくことがない・・・でもシュテファン大聖堂のすぐそばにあり、地元ウィーンではとても知られている歴史的遺産のひとつとして、Stock-im-Eisen (シュトック・イム・アイゼン)があります。

 

Stock-im-Eisen・・・「鉄の中の切り株」なんていう日本語の直訳でしょうか。

 

このシュトック・イム・アイゼンは、

その名の通り、Stock im Eisenplatzという広場があります。でもここはケルントナー通りとグラーベンの交差する所なので、そのような広場の名称があることすらあまり意識させません。

 

そのStock im Eisenplatz 3番地・・・ケルントナー通りとグラーベンが交差する角にPalais Equitableという

立派な建物があり、その角にこの写真に見られるようなものがあります。

 

よく見るととても古そうな木に無数の釘が打ちつけてあります。

この木は1400年頃から1440年まで生きていたトウヒ(樫の木という説もある)です。2.19mあり、土台の上に据えられています。

 

記録ではStock im Eisenは1533年と挙げられています。

 

これはどういう意味なのでしょうか?

実は様々な言われがあってどれも不確かです。

 

ある説では、錠前屋や鍛冶屋の修行旅行で、その場所に自分が来たことを永遠化するために釘を打ち込んだという同業者組合の習慣によるものですが、

でもこの習慣は18世紀前半に登場するので、これは16世紀ですからそれ以前ですね。

 

別の説では、錠前屋の貧乏な若い弟子が自分の親方から、ウィーンの森に聖人レオポルドの狩猟の館に使用するはずだった釘を盗み、彼は帰る途中森で迷ってしまい、そこには特別な木があり、そこに何回も出てしまうということでした。

彼は疲れ切り、泣きながら盗みを犯したことを反省し、その特別な木に釘を打ち込んだ・・・。

 

また別の説では、悪魔と契約を結んだ錠前屋がいました。

悪魔に特別な力を授けられた彼は、その木にリングと絶対に開けることができない錠前をつけることができた・・・そして日曜日のミサを怠ったら、悪魔の犠牲になるということでした。

実際にその数年後に彼は悪魔の犠牲になったそうです。

 

ちなみにこのStock im Eisenがある建物Palais Equitableの上方を注意してよく見ると、

この写真に見られるような像が置かれています。

 

木に釘を打ち込んでいるシーンが描写されています。

 

ケルントナー通りとグラーベンが交差する場所に

あるにもかかわらず、おそらくほとんどの人はこの像に気づくことなく通り過ぎて行くでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ウィーンの街は補助標識が多い

ウィーンの街を歩いていると車道や歩道の至る所に道路標識が立っています。

これらも街の景観に完全に溶け込んでいるため、通常はあまり目立ちませんし、その標識が立てられている界隈で何かしようとしなければ意識しません。

 

私も車を運転しますが、車に乗っているドライバーからの立場と、歩行者での立場が違う

ことは車を運転する人であれば誰でも理解できることです。

 

様々な標識があり、日本でもお馴染みの標識ももちろん多くあるわけですが、

それと同時にウィーンの街は補助標識が多いんだな・・・と改めて思います。

 

その例をひとつ見てみましょう。

 

 

こちらの標識は「歩行者専用道路」(Fußgängerzone)を示しています。

その下を見ると、何やら色々なことが書かれている補助標識があります。

 

最初には

「ausgenommen Mo.-Sa.(wekt) v.6-13h」

 

もちろんドイツ語を知らなければ、数字しか理解できませんが、地元ではこの表示はとても重要です。

ausgenommen(アウスゲノンメン)は、以前「一方通行」でも書いていますが "例外"を意味します。

(後ろにEINBAHN標識が見えますね)

 

これは「月曜日~土曜日の平日6時~13時までは例外で・・・」ということですね。

 

更にその下には何が例外であるかと記されています。

荷物の搬入、タクシー、身障者の乗り降り、そして自転車です。

 

つまりこの標識全体の意味は

「月曜日~土曜日の平日6時~13時までの、

荷物の搬入、タクシー、身障者の乗り降り、そして自転車を除いた歩行者専用道路」ということになります。

 

このような補助標識はとても多く見られます。

なんかややこしいですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ヨーロッパの建物の外壁

ウィーンの街には様々石作りの建物が並んでいます。

それが歴史的重要な建造物であったり、一般的な集合住宅であったりと、ありとあらゆる

様式と装飾を見ることができます。

 

観光案内をしている時、装飾的な石積みで作られている建物は、

本当に石がそのまま切られて積まれているように見えるので、初めから石を積んで

作っているんですか・・・よいう質問をお客様から受けることがあります。

 

確かに外から見ると、建物も綺麗に並んで隙間なく建てられていて、

まるで綺麗な石が積まれているように見えます。

 

でもたいていは煉瓦で作られています。

この写真のように、建物の壁が

一部壊れていたりして、中の様子が見える所がよくあります。

そこをよく見るとたいてい

このように煉瓦が綺麗に積まれています。 その上に化粧漆喰

(スタッコ)が施されているわけです。 この写真の場合かなり厚めの化粧飯喰層ですね。

こちらはまた別の場所で、

化粧漆喰が剥がれている

建物です。

 

化粧漆喰は、伝統的には、石灰、砂、水から作られます。

現在は石灰、セメント、砂、水で、日本では化粧漆喰とか

スタッコとはあまり言われず、

モルタルともっぱら呼ばれているでしょうか。

 

荘厳な建造物も、外から見ると綺麗に切られた石がそのまま積んでいるように見えますが、 建物自体は煉瓦で作られているわけです。 街中をちょっと外壁に注意して歩くと、

このように煉瓦が見える所がたくさんあります。

 

 

 

 

 

 

 

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国立オペラ座前の募金箱

ウィーンのリンク道路の最初の大建造物として、有名な国立オペラ座があります。

この国立オペラ座はウィーンの街を歩く上で、重要な目印にもなっています。

 

この国立オペラ座正面からリンクを隔てて反対側には停留所があります。

そこは路面電車1,2,D,71,路線バス59A,バーデン行き360,Parndorf 行きの停留所です。

 

 

その停留所には、ちょっとした屋根がついたベンチがある場所があります。

その空間のリンク道路側が透明ガラスになっていて、何か書いてあります。

 

よく見るとWärmespender

   (暖かさを寄付しましょう)

と大きく書かれ、その下には 

Ein Euro hilft gegen die Kälte,Ihnen und Wiens Obdach.

(1ユーロで、寒さに対して、あなたとウィーンの避難所の助けになります)

と書かれています。

 

さらによく見ると中央右側に小さな長方形の箱が取り付けられているようです。

 

 

この小さな箱にはお金が入れられるようになっていました。

つまりこれは募金箱だったのです。

 

このちょっとユニークな募金箱は

Caritas(カリタス)のものでした。

 

Caritasは全世界165ヵ国が加盟する、

バチカンに本部を置いたローマカトリックの社会福祉機構で、オーストリアにも

それぞれの州に、また日本にもカリタスジャパンがあり、社会福祉の推進と募金、

援助活動などを行っています。

 

この空間に座ってバスや路面電車を待つわけです。

屋根もあるので、雨や寒さから少しは守られる・・・

そのような環境になるように、困っている人々を助けようという発想ですね。

 

思わず寄付したくなります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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何のためのねじ?

ウィーンの街中を歩いていると、建物の壁の至る所に下の写真のように、

まるい穴の空いたねじが見られます。

 


 

こんな物を気に留める人はあまりいないと思いますし、様々な様式でできた建物と街並みに気を取られ、そもそも気づかないのではないかと思います。

 

でもよく注意して見ると、建物の壁の至る所に取り付けられていることがわかります。

 

 

この穴の空いた部分は、このように引っかけるためのものです。

 

何が引っかけられるかというと

細長い棒なんですね。

 

棒の先にも金具の輪があり、そこにさらに細長い開閉可能な輪が取り付けられ、それが壁にねじ込まれて

いる穴に引っかけられます。

 

 

つまり棒はぶら下がった状態というわけです。

 

 

この細長い棒は赤、白の2色で、このように

斜めに立てかけられます。

 

これは雪が降った後、「屋根からの雪が下に落ちて来るので気をつけて下さい」という

警告で、棒が斜めに立てかけられることによって建物の際を歩けないようにしている

わけです。

 

屋根からの雪を「Dachlawine」

(ダッハラヴィーネ)とこちらでは

呼んでいます。

場所によってはこの棒にDachlawineと

書かれた札をぶら下げている所もあります。

 

ウィーンは今年の冬、現時点で2回ぐらい

しか街が白くなる雪が降っていないので、

この棒はあまり見ることができません。

 

しかし雪が降った後は様々な場所で見ることができます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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何気ない所に見られるバロック曲線

ウィーンの街はバロックの都とも言われるぐらいにバロック建築が多く見られます。

 

2013年3月13日に「ウィーンはバロックの都」、

10月15日に「ベルヴェデーレ宮殿」でバロックのことについて触れています。

 

でもかならずしも建築が全てというわけではありません。

 

バロック曲線は色々な所に見られます。

 

 

こちらはアウグスティーナ教会の椅子に見られる装飾です。

 

典型的なバロック曲線を見ることができます。

 

バロックは16世紀終わり、イタリアから始まりました。

ここオーストリアでは1630年ぐらいからマリア・テレジアの父カール6世が亡くなる

1740年ぐらいまででしょうか。

 

バロックの視覚的特徴は、左右対称(シンメトリー)、豊かな装飾、歪んだ曲線、それから何と言っても楕円形です。

 

 

ウィーンで重要なバロック建築と言えば、やっぱりシェーンブルン宮殿やベルヴェデーレ宮殿が最初に登場するでしょうか。

 

こちらはシェーンブルン宮殿の

階段です。

 

何気ない所にでもこのように

バロック装飾が使われています。

 

 

大きな建造物だけではなく、このような細部に至るまで、バロックの要素を見ることができるわけで、それらが全て融合し、バロックの世界を演出しているわけです。

 

 

 

 

 

 

 

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街中で見られる「これは何?」

 

歴史ある街を歩くということは楽しいことですね。

ウィーンの街を歩くと様々な発見があります。

 

一見意味がわからないものが多く見つかります。

 

今日はそんな物を2つほど紹介したいと思います。

 

これは結構分かり易いと思いますが、

たいていの方はこんな所には注目しないと思います。

 

これはウィーンの真ん中に立つ

シュテファン大聖堂の外壁に見られる

当時の墓地の照明です。

 

現在の私達の時代には考えられませんが、こちらは基本は今でも土葬です。

中世から亡くなった人を教会のすぐそばに埋葬するという習慣があり、ウィーンの、

当時城壁に囲まれていた現在のリンクの

内側にもたくさんの教会がありますが、

それぞれの教会には教会付属の墓地が

すぐ教会の前に作られていました。

 

 

ウィーンの中心部では、

最初にルペルト教会とペータース教会界隈に墓地が作られました。

その後、このシュテファン大聖堂、ミヒャエル教会やショッテン教会にも教会付属の墓地が作られていきました。

 

18世紀のマリア・テレジア女帝時代、やはり衛生上の問題から、城壁内の遺体埋葬を

禁止させ、そして18世紀終わり長男のヨーゼフ2世の時代に中心の墓地が取り払われて、

第2城壁沿いに墓地を移転させたわけです。

 

これは当時シュテファン大聖堂付属の墓地を照らしたいわゆる照明で、

ロウソクが入れられましたが、もっと前は、獣の脂を使っていました。

 

 

 

こちらは何でしょうか?

 

古い建物の中に、特に日本で言う1階の入口界隈によく

見られる物です。

 

見た感じねずみの穴のような

雰囲気ですね。

 

穴の手前に鉄状の物が地面に固定されているのがわかります。

 

これはヨーロッパに住んでいる人にとってはお馴染みかもしれない

「靴のドロ落とし」です。

 

今でも自分の住居の中では靴を脱がないで生活している人が多いウィーンです。


私が10年以上住んでいた住居の大家さん一家も家の中では靴をはいて

生活をしていました。

 

靴を家の中で履く・・・ということは私にとっては絶対にあり得ない習慣です。

 

でもこのような物が古い住居にはたくさん見られ、実際に現在でも使ってる人がたくさん

いるわけですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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キリスト教でよく見るモノグラム

2013年11月6日付でキリスト教の成り立ちについて書きました。

 

ヨーロッパ文化はキリスト教なくしては考えられません。

絵画、教会建築、音楽、工芸品、生活習慣などに大変な影響を与えました。

 

そういう意味でもキリスト教はとにかく奥が深く重要です。

キリスト教のことが少しでも見えてくると、街はもっとおもしろく見えますね。

 

宗教芸術は2世紀末~3世紀初めに現れ、また同時に様々なシンボル的な要素も登場していきました。

 

ローマのコンスタンティヌス帝が313年にキリスト教を公認してからは、

このキリスト教芸術は様々な分野にわたって安定した地位を得ることになるわけです。

 

 

こちらはそのキリスト教でよく見る有名なモノグラムのひとつです。

 

これはギリシャ語の最初の文字

アルファと最後の文字オメガを

表します。

 

聖書のヨハネ黙示録に登場する

『わたしはアルファであり、

        オメガである。』

から発するもので、

わたし=イエス・キリストです。

 

神である主、創造神としてのアルファ(Α)

万物の支配者、審判神としてのオメガ(Ω)であるイエス・キリストを表します。

 

このアルファとオメガは、新約聖書が書かれた後ぐらいから急速に広がって行きました。

ちなみに福音書記者ヨハネの書は、紀元90年代に書かれています。

 

さらにコンスタンティヌス帝の前の時代ぐらいからは頻繁に用いられ、

4世紀にはギリシャ、小アジア、アラビア、パレスティナ、イタリア、北アフリカにも

広がって行きました。

 

このモノグラムは教会以外に、墓石、棺、宗教的書物、工芸品、貨幣、煉瓦などやなどにも見られます。

 

 

 

 

 

 

 

 

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ÖBB(オーストリア国鉄)のゴミ箱

このコーナーで去年9月4日に紹介した「地下鉄のゴミ箱」がありました。

 

今回は、オーストリア国鉄のゴミ箱です。

 

最近オーストリア国鉄の

駅構内にも地下鉄同様色分けされたゴミ箱が置かれ

始めました。

 

地下鉄のゴミ箱よりもこちらの方が、投入口から色分けされているので視覚的に

とても分かり易くなって

います。

 

青が缶、赤が紙、

黒がそれ以外、

黄色がプラスチックです。

 

青、赤、黄色のそれぞれの用途は地下鉄と同じになっています。

 

その他のゴミは地下鉄は薄い紫でした。

 

積極的にゴミを分別しよう・・・というウィーンの街の意識が伝わってきますね。

 

 


 

 

 

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2つ目の城壁 「Linienwall」

以前11月15日付で、ウィーンの街中に残る貴重な城壁について書きました。

 

それが19世紀後半の取り壊されてリンク道路が建設されるわけですが、その頃ウィーンの

中心のもっと外側には「Linienwall」(リーニエンヴァル)と呼ばれたいわゆる2つ目の

城壁がかなり外側を環状的に囲んでいました。

 

中心の貴重な城壁と同様、あまり知られていませんが、このLinienwallの名残も数か所で

見ることができます。

 

 

こちらはそのLinienwallの

名残です。

 

この場所はしかし建物の中庭に残されているため、プライベート空間なので、外からは残念ながらすぐ見られるわけではありません。

 

Linienwallは、皇帝レオポルド1世の下、1704年から建設されました。

 

ウィーンは大きく1529年、1683年と2回のオスマントルコに包囲され、

(ウィーンは落ちることはありませんでしたが)その脅威から更に中心の外側にも

城壁を築こう・・・となったわけです。

 

 

 

こちらは、誰でも外から見られる別の場所にあるLinienwallの名残です。

 

Linienwallは、St.Marx

(現在の3区)~Lichtental

(現在の9区)を環状的に結び、18歳~60歳の地元男性

約2500人と150人の学生が

建設しました。

 

 

 

高さ4m、幅4m、深さ3mの堀を備えたこのLinienwallは、全長約13.5km・・・

何とたった4ヶ月という驚異的な速さで建設されたと言われています。

 

19世紀半ば、そのLinienwallの外側に、国鉄の駅(現在のHauptbahnhofやWestbahnhof)が作られ、Linienwallの重要性が失われていき、

このLinienwallは最終的に1894年に取り壊されることになります。

 

現在その外側には通称「Gürtel」(ギュルテル)と呼ばれる大きな環状道路が

通っています。

 

旧市街に残る貴重な城壁もそうですが、街の歴史を知っていると、このような何の変哲も

なさそうな物も、おもしろく見えてきますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ウィーン西駅のInfo塔

ウィーン西駅 (Westbahnhof)は、西駅構内のエリザベート像でも書きましたが、

1858年に „k.k. priv. Kaiserin-Elisabeth-Bahn“「宮廷エリザベート皇后鉄道」という名でスタートしました。

 

残っている昔の写真を見ると、美しいルネッサンス様式の駅舎が建っていました。

 

その後第2次世界大戦で壊され、1954年に近代的な駅舎になりました。

 

 

その部分を残し、さらに

BahnhofCity Wien West

(バーンホーフシティ・

      ヴィーン ヴェスト)

という名で、2011年11月23日に

オープンしています。

 

その1954年に建築された部分の両側に新しく駅ビルを建てた形に

なっています。

 



 

 

この駅ビルは17.000m²の広さで、3階建て構造で、スーパー、パン屋、

ブティックなどを始め90の店が入り、なおかつ13.000m²の敷地に

400部屋あるホテル、

そしてオフィスビルと

なっています。

 

営業時間も食事関係は

毎日9:00~21:00、

 

 

ショッピング系は月~金9:00~21:00,土 9:00~18:00(日、祝祭日はクローズ)

とかなり便利で、遅くまで色々なお店が営業しています。

 

パン屋さんなどはもっと早くから開いています。

 

この西駅構内に写真のようなInfo塔があり、この駅ビル内全ての店を知ることができます。

 

このInfo塔はタッチパネル方式なので、使い易く表示も分かり易いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ウィーン市交通局の啓発

最近Wienerlinien(ウィーン市交通局)では、「Rücksicht hat Vorrang」を掲げている啓発広告をよく見かけます。

 

Rücksicht は配慮で、Vorrang は優先・・・

つまり他のお客さんへの配慮が優先ですよ・・・なんて意味でしょうか。

 

 

 

地下鉄の車内や路面電車の車内なでに掲げられている啓発広告です。

 

こちらは、「好きな物を食べなさい、でもここではやめて下さい」ということで、

 

aber bitte の次に矢印が

あり、その中に

「NICHT HIER」と書かれ、

その矢印は、地下鉄、

路面電車、路線バスを

指しています。

 

好きな物を食べなさい、でもバス、路面電車、地下鉄車内ではやめて下さい・・・

ということですね。

 

 

 

こちらは、「好きなだけ大きな音量で聞きなさい、でもここではやめて下さい」

ということで、同じように矢印が

公共交通機関を指しています。

 

このような啓発広告が最近は多く

見られ、ウィーン市交通局が

公共交通機関を気持ちよく使って頂くことに力を入れてることが

わかります。

 

 

 

 

 

 

 

 

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シュテファン大聖堂のある記念プレート

シュテファン大聖堂は、7月1日の「シュテファン大聖堂の屋根」や、10月19日の「プンメリン」など、このコーナーでもよく登場しています。

 

シュテファン大聖堂はウィーンのシンボルのひとつですし、

1147年からずっと歴史を見つめてきましたからとても奥深く、様々な物を見ることができます。

 

そんなシュテファン大聖堂の外の壁にある、でもほとんどの人が

気づかない記念プレートです。

 

これは、石の上に記念プレートが掲げられています。

 

ちょっと他と違って黄色っぽいこの石は、ドイツのウルムにある、「Ulmer Münster」

と呼ばれる、世界で一番高い教会の塔を持つミュンスター大聖堂の石です。

 

このプレートには、「15世紀のウルム大聖堂の石」と書かれており、

さらに「ゴシック建築の親方が、このシュテファン大聖堂とウルムミュンスターで仕事をした」と書かれ、「1977年6月30日 ウルムミュンスター定礎式600年記念にウルム市から贈られた」と記されています。

 

 

その親方とは、このシュテファン大聖堂の北塔のプランや内陣屋根を手掛けた

Hans Puchsbaum(1390以前~1454)で、彼はシュテファン大聖堂で仕事をする前に、

ウルム大聖堂でも仕事をしていました。

 

 

 

こちらがそのUlmer Münster

(ウルマーミュンスター・・・

     ウルム大聖堂)です。

 

1377年に定礎式が行われました。

 

1890年に完成したこの塔は

161,53 mで、世界で教会の塔としては

一番高いです。

 

塔が極端に高いので、教会自体はあまり

大きく感じません。

 

シュテファン大聖堂、ウルム大聖堂と

意外な所でつながりがあったんですね。

 

ちなみにウルムは物理学者

アインシュタインが生まれた街です。

 

アインシュタインはウィーンにも住んでいたこともあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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縁石(Prellstein)

ウィーンの旧市街地には、ケルントナー通り、グラーベン、コールマルクトという

3つの歩行者天国がありますが、そのような繁華街からちょっとはずれると人通りが少ない閑静な石畳の路地に出会えます。

 

そんな路地には、よく見るとこの写真のように出っ張った石がよく見られます。

 

この石は、

Prellstein(プレルシュタイン)とか Radabweiser

(ラートアプヴァイザー)

と呼ばれていて、日本語に直せば縁石でしょうか。

 

これは馬車などが通る時に、

建物に触れて壊さないようにということから置かれたものです。

 

 

こちらは曲がり角に置かれているものです。

 

かなり外側に張り出していて、

まるで上に腰掛けることがきる

椅子のようです。

 

 

ロマネスク時代やゴシック時代の

縁石は、とてもシンプルで

文字通り、ぶつかっても

建物を壊さないようにという目的でしたが、ルネッサンス時代以降からは、市の建物や貴族の建物などには装飾的効果としても使われました。

 

 

よく見ると様々な形があることがわかります。

 

昔は砂岩などで作られるのが一般的でしたが、現在ではコンクリートが主流です。

 

当時は馬車が角を曲がる時に建物の角を壊さないように、また、建物に入る時にその両側の門の部分を壊さないように・・・などが一般的でした。

 

現在ではトラックの駐車場などにも利用されています。

 

ウィーンにはこのPrellsteinが至る所に見られますし、その形を比較しても

結構おもしろいですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ウィーンに見られるトルコ軍の貴重な砲弾

オーストリアの歴史の中では、「オスマントルコの包囲」は有名で、1529年と1683年と

大きく2回ありました。


2回ともウィーンは包囲はされましたが、奇跡的に落ちることはありませんでした。

特に2回目の1683年は、ベルヴェデーレ宮殿を建築させることになる、

プリンツ・オイゲンが大活躍をしてくれました。

 

ウィーンの街中には、その時にトルコ軍から撃ち込まれた大砲の弾

(Türkenkugel---テュルケンクーゲルとこちらでは呼ばれています)を

数か所で見ることができます。

 

 

 

旧市街の一角にある

Wiener Neustädter Hof のこの建物正面左側の約3mぐらいの高さに当時のトルコ軍が放った大砲の弾がぶら下げられています。

 

この場所はローマ時代駐屯地の北東部分の角にあたり、風呂がありました。

 

13世紀の記録ではBerghofという名で登場し、裕福な騎士の一族が所有していたとされています。

 

14世紀にはDietrichというウィーンの市長の家になっていたようです。

 

18世紀初め1708年、

Wiener Neustadtの

シトー修道会に渡されたことから、

現在のように

Wiener Neustädter Hof と呼ばれ、18世紀前半にバロック様式に改築された姿を

見ることができます。

 

 

れがその時の大砲の弾(Türkenkugel)です。

 

ここ中庭には、18世紀前半に

バロック様式に改築される前には

40kgもある砲弾が置かれていたということです。

 

ここにぶら下げられたのは改築後のことです。


この砲弾は、現在ウィーンの2区である、Leopoldstadtから撃たれたものです。

 

 

この1683年のトルコ軍が放った大砲の弾によって、この建物については、

壊されることもなく、けが人も

なかった・・・と伝えられています。

 

ウィーンの街にはトルコ軍が当時放った、現在では貴重な歴史的遺産?である

砲弾が見られる箇所が数か所あります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ウィーン西駅のエリザベート像

ハプスブルグ家事実上最後の皇帝(実際は後ろから2番目)のフランツ・ヨーゼフ1世の

奥さんが、バイエルンのエリザベート(愛称「シシィ」)というのは有名ですね。

 

ウィーンは多くのエリザベートファンの方が訪れます。

 

街中には、彼女の一番知られた肖像画を使ったお土産、宣伝、お土産袋など

至る所に見られます。

 

エリザベートの跡を辿ったり、記念像を見る方も多いわけですが、

たいていの方はリンク沿いにあるVolksgarten(フォルクスガルテン・・・国民庭園)

にある像を見に行かれるでしょう。

 

 

今回は意外と知られていない、

ウィーン西駅構内にある

エリザベート像です。

 

この像はもともと昔の西駅に

ありました。

 

そもそもこの西駅は作られた当時、

西駅ではなく、 „k.k. priv. Kaiserin-Elisabeth-Bahn“「宮廷エリザベート皇后鉄道」という名で、

皇帝フランツ・ヨーゼフが

1857年3月4日に工事許可を出し、

その翌年の1858年ウィーン~リンツ間が開通しました。

 

そんな事情から、1860年有名な

彫刻家ハンス・ガッサーによって

このエリザベート記念像が作られて、ここに置かれることになりました。

 

ハンス・ガッサーは1817年、オーストリアのEisentratten(ケルンテン州)の出身です。

 

この像は大理石で作られ、エリザベートと同じ等身大です。

 

 

第2次世界大戦で西駅はかなりの被害を受け、1949年に取り壊されてしまいます。

 

その後、このエリザベート像はずっと国が管理する家具倉庫(Bundesmobiliendepot)

に置かれていたようで、1982年に新たに発見されて、

1985年から現在の西駅に再び

置かれています。

 

現在の西駅と書きましたが、その現在の西駅も最近駅ビルが追加されてかなり変わりました。1985年からはエリザベート像は日本で言う1階にありましたが、現在は2階に置かれています。

 

何かと話題性があるエリザベートですが、彼女は幼少時代、本当に子供らしい幼少時代を

過ごし、感覚も普通の人だったんでしょうね。

皇帝フランツ・ヨーゼフに一目惚れされ、結婚が決まってウィーンに嫁いでからは予想はしていたと思いますが、それを上回る環境変化だったわけです。

 

エリザベートに御興味あれば是非、王宮の「シシィ博物館」に行ってみて下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

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ちょっとおもしろい階段

ついちょっとおもしろい・・・というタイトルで始めてしまいましたが、このようなものは結構見られる物です。

でもウィーンの街中ではこれしかないと思います。

 

ウィーンには7つの美術館がありますが、これはオペラ座裏のアルベルティーナ広場にあるアルベルティーナ美術館に行く階段です。

 

アルベルティーナは、王宮の一角のAugustinerbastei

(アウグスティーナーバスタイ)の上に、もともと17世紀後半に宮廷役所として建てられました。

 

18世紀の1742~1745年マリア・テレジア時代に、マリア・テレジアの助言者で、宮廷建築監督のEmanuel Silva-Tarouca によって宮殿に改築されます。

 

その後18世紀終わり1795年、ザクセンのアルベルト公が所有し、彼の好みに改築させました。

 

このアルベルト公は、マリア・テレジアの成人した子では次女にあたるマリア・クリスティーナと結婚します。

 

このアルベルト公はグラフィックコレクションを所有しており、彼が亡くなった1822年にはそのコレクションの重要な作品が一般公開されています。

 

そこからここはアルベルティーナという名称がついています。

 

ここには、手前のエスカレーター、エレベーター、奥の階段からも行くことができますが、この写真に見える階段はこのアルベルティーナ美術館の内容を示しています。

 

 

こちらはその階段を遠くから見た全体像です。

 

2013年9月20日~2014年01月12日まで、「マティスとフォービズム」展が開催されています。

 

この階段はその宣伝です。

 

下にはDOROTHEUM(ドロテウム)という文字が見られますが、有名ないわゆる質屋で、ヨーロッパ至る所に支店があり、本店はウィーンでここから歩いてすぐの所にあります。

 

そのドロテウムがスポンサーですよ・・・という意味です。

 

何か展示会の内容のフォービスムを感じさせる階段ですね。

 

 

 

 

 

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貴重な城壁の名残り 1

ウィーンはとても古い歴史ある街です。

でも実際は過去と現在がとても調和してる街だと思います。

 

ウィーンの旧市街で一番古い所は1~4世紀ローマ時代の駐屯地として栄えた部分があり、

当時はヴィンドボナ(Vindobona)と呼ばれていました。

 

そのずっと後の時代、ハプスブルグ家の前の中世のバーベンベルク王朝時代(976~1246)の12世紀終わりに、レオポルド5世によって城壁が築かれていきました。

 

その後オスマントルコの1回目のウィーン包囲の跡、1547年に更にBastion・・・Bastei(バスタイ)・・・堡塁が築かれていき、最終的に19世紀半ばの1858年から

フランツ・ヨーゼフ1世皇帝の時代に取り壊しが行われ、リンク道路が建設されることに

なります。

 

 

現在ウィーンの中心部には、当時の城壁跡を思わせる箇所が8箇所あります。

 

Mölkerbasteiを2つ分けて数えて、Coburgbastei、Ruprechtskirche界隈、Stubentor,Dominikanerbastei,Augustinerbastei,Burgtorの計8箇所です。

 

ただ、Dominikanerbastei,Burgtorも数には入っていますが、

厳密にはそこにあっただろう・・・ということを推測できる程度です。

 

 

こちらはStubentorです。

 

Tor は門で、当時街を囲んでいた城壁のラインには全部で11箇所の城門があり、

そのひとつがここStubentorです。

 

ここには地下鉄3号線が通っていて、御覧のように

この城壁に沿って地下鉄

出入り口があります。

 

 

 

地下鉄3号線の建設時に、当時の城壁の一部が見つかりました。

その上の部分に新しく少し付け足しをしてあります。

 

とても貴重なルネッサンス時代の城壁です。

 

 

 

こちらはそのStubentorの

出入り口を入った所です。

 

当時の城壁の土台の部分が

残されています。

 

当時の城壁を極力残しながら、この駅が作られたことがわかります。

 

 

 

 

 

 

こちらは有名なMölkerbastei

です。

 

ここは反対側にも城壁の名残を

見ることができます。

 

ここは前のStubentorとは

違い、地上部分にかなり残されています。

 

奥に見える建物はウィーン大学の本校舎です。

 

このMölkerbastei上にはベートーヴェンが住んだことで知られるパスクラティーハウスがあり、博物館として公開されています。

 

ウィーンの街の歴史を少しでも知って歩くと、何の変哲もないただの煉瓦の壁でも、

とても意味あるものに見えてきますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

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何気なくおしゃれな外灯

オーストリア世界遺産のひとつであるシェーンブルン宮殿は、

オーストリアでは最も観光の方が多く訪れる場所であると同時に、地元の皆さんも多く訪れます。

 

シェーンブルン宮殿はハプスブルグ家の夏の離宮で、マリア・テレジア女帝の時代に現在の姿になっています。

 

もともとは宮廷の狩猟の土地として、1569年マクシミリアン2世皇帝が入手したことから始まり、その息子のマティアス皇帝がシェーンブルンの言われとなる「美しい泉」を見つけたわけです。

 

当時森だったこの場所は、素晴らしいバロック宮殿と庭園になっています。

 

私も仕事柄、このシェーンブルン宮殿に

毎日行くこともしょっちゅうですし、

1日に2回行くことも多くあります。

 

そんないつも見慣れているシェーンブルン宮殿の外灯をあらためて観察すると

ちょっと新鮮でした。

 

宮殿はバロック様式ですが、

その宮殿スタイルに合わせて

(最も当たり前なのですが)

外灯の様式もバロックですね。

 

バロック様式特有の楕円的曲線を見ることができます。

 

こちらは庭園に建てれらている

タイプものです。

 

 

こちらは現在ツーリストInfoセンターに

利用されている建物のアーチ構造の天井に見られるタイプです。

 

1枚目の写真と違ってこちらは単独の外灯ですが、バロック曲線の枠に電気自体が収められて、一体感を演出しています。

 

今でこそ電化されていますが、当時、電気は当然なかったわけです。

 

ちなみにシェーンブルン宮殿が電化されるのは、1901年です。

 

ウィーンの路面電車が電化されるのが、1906年なので、5年も早く宮殿が電化されたわけですね。

 

このような街灯ひとつとっても、シェーンブルン宮殿のバロック様式に相応しく作られていることがわかります。

 

 

 

 

 

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Opernpassage 2

9月25日にこのコーナーで「モダンになったOpernpassage」について書きました。

 

私も毎日のようにここを通っていますが、このモダンになったOpernpassage

(オペルンパサージェ)は、前からこうなっている・・・というような空気で

街中の生活に溶け込んでいます。

 

前回、赤、紫、緑の電気の線に触れましたが、今回は出口付近の地面に注目してみたいと

思います。

 

 

このOpernpassageの出口付近数か所の地面に、写真に見られるような電光掲示板が埋め込まれています。

 

これは、文字が右から左へと動いていき、周辺の重要な

場所が表示されています。

 

この写真は、「MUSIKVEREIN」と読むことができ、

あのウィーンフィルの本拠地で、世界一音響がいいホールのひとつ楽友協会はこの出口ですよ・・・

ということを示しています。

 

 

こちらも同様に「KARLSPLATZ」 と読むことができます。

 

カールス広場はこちらから・・・

と教えてくれます。

 

この電光掲示板は地面に埋め込まれていることで、ちょっと

気付きにくいことや、

また気付いても

文字が動いていますので、

 

少し立ち止まって読む必要があります。

 

でも発想としては少しおもしろいかもしれませんね。


ここを通る時にちょっと観察してみてはいかがでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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キックボード専用置場!?

先日仕事で移動中に街中を歩いていたらこの写真に見られるようなものを見つけました。

 

ここは、ウィーン旧市街地のある中庭の一角で、この場所は外からは普通はわからない、でも知る人ぞ知る、通り抜けができる閑静な場所です。

 

個人的にこのような路地や中庭は好きなので、旧市街を歩く時は

意図的に表通りを避けて、路地を通ることがよくあります。

 

普段この場所もよく通るのですが、以前は何もなかった壁の所に、鍵がついた鉄の棒が取り付けられていました。

 

最初これは自転車置き場だな・・・と思ったのですが、その割には自転車のタイヤを入れるには随分狭いスペースなんですね。

 

何だろう・・・と少し考え込んでしまいました。

 

それからまもなく何のためのものか見当がつきました。

 

 

これはキックボードの専用置場だったのです。

 

キックボードは私も出た当時

1999年からのMicroを持ってますが、その時から比べると今は色々な

メーカーが製造していて、幼児用の物までも出回っているぐらい

生活に溶け込んでいます。

 

こちらでは大人が通勤に使っている光景もよく見れらます。

 

自転車のタイヤが薄くて、幅が狭いタイプであれば、もしかしたらここに停められるのかもしれませんが、これは明らかにキックボード置場として設置されています。

 

実はここの中庭には学校もあるので、通学にキックボードを使っている人を考慮して

設置されたのかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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路面電車にも警告灯が!

このブログコーナー6月26日にウィーンの地下鉄について簡単に書きました。

 

ウィーン地下鉄の扉の上の

真ん中部分にかなり前から、この写真のように赤く点滅する警告灯が、かなりの車両に取り付けられています。

 

これは扉が閉まる時に、ピー、ピー、ピー・・・っと音を出しながら、平均8~9回点滅を繰り返します。これによって扉付近の乗客に注意を促すわけです。

 

もっとも、現在のウィーンの地下鉄の新車両と地下鉄6号線(U6)は、扉が左右に開いている時の、扉付近両脇の部分にはセンサーが取り付けられていて、閉まる時にセンサーを遮ると、扉がそのまま閉まらず、すぐにまた開くようになっています。

 

このセンサー機能は、現在もまだたくさんウィーンの街を走っている旧式の路面電車

(階段付で、ローフロアーではないウィーンらしい路面電車)にも取り付けられています。

 

私自身も、路面電車の扉が閉まりかけている時、カバンや手でセンサーを遮って乗り込んだこともよくあります。

 

 

この地下鉄に取り付けられている赤く点滅する

警告灯が、路面電車にも使われていました。

 

数日前偶然にもその

警告灯が取り付けられている路面電車に乗車しました。

 

基本的には地下鉄と全く同じです。

 

この路面電車の警告灯はおそらくまだ新車両だけに見られると思いますが、これからもっと増えてくると思います。

 

日本でも「駆け込み乗車はおやめ下さい!」という駅のアナウンスをよく聞きます。

こちらも見ていると、かなりの人が駆け込み乗車をしていますね。

しかも、間に合わなくて、乗れなかった腹いせに扉を叩く人を何回も見たことがあります。

 

最近では事故防止のため、ウィーン市交通局は積極的に注意を促しています。


例えば地下鉄のホームで、地下鉄が出発する際、扉が閉まりますが、その扉が閉まる時に、1枚目の写真で紹介した警告灯が点滅するわけですが、同時に駅構内に

「Steigen Sie nicht mehr ein!」・・・直訳すれば「もう乗らないで下さい!」・・・

つまり「御乗車はおやめ下さい!」というアナウンスが毎回流れています。

 

ちなみにこの2枚目の路面電車の写真は、リンク道路上を走っている時のものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ちょっとおもしろい水飲み場?

数日前仕事中に歩いていたら

写真のような水飲み場に気づきました。

 

実際には消火栓として

街の歩道の部分に設置されているものですが、最近ウィーン市がその以前からあった消火栓の上に、新たに、井戸から

水をくみ上げるような機能を持った、青い部分を取り付けたようです。

 

ユニークなことに消火栓の下には、お皿が用意されています。

これは犬用に設置されたものですね。

 

青いレバーの様な部分をポンプのように作動させると、手前の青の大きな蛇口のような所から水が出て来ます。

 

この水はもちろん、ウィーンの上水道です。

つまりアルプス山脈からの湧水ということになりますね。

 

 

 

こちらはその青い部分を拡大してみました。

 

よく見ると「WIENER WASSAR」・・・ウィーンの水と書いてあります。

 

本来、街中の消火栓の役割を果たすものが、同時に私達人間や、ワンちゃんにも同時に飲んでもらえる・・・

 

 

 

見かけはユニークですが、この発想は素晴らしいと思います。

 

 

 

こちらは別の場所の歩道に設置されているものです。

水をくみ出す部分が上の写真のように青ではなく、黒ですね。

そのため全体的に統一されていて、

不自然さを感じません。

 

 

以前このブログコーナーでも、

1月25日に「ウィーンの水道水」

7月7日に「ウィーンの飲料水スタンド」というタイトルで、ウィーンの

上水道のことは

何回か取り上げています。

 

ウィーン市が、このアルプスからの上水道を誇りに思い、そしてできるだけ多くの人に使ってもらおう・・・

という姿勢が感じられます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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オペラ座そばの名物トイレ

数日前このコーナーで、少しモダンになった「Opernpassage」について書きました。

 

国立オペラ座のすぐ前の階段を下りて、このOpernpassageに入ると、階段を下りたすぐ右側に結構目立つ音量で音楽が聞こえてきます。

 

よ~く聞いていると

「美しき青きドナウ」なんですね。

 

最初は何かと思うのですが、すぐに公衆トイレであることがわかります。

 

そこには「Opera Toilet」

(オペラトイレ)と書いてあり、

まるでオペラ座に入って行くかのような演出をしてあります。

 

この写真は、Opersnpassageからこのトイレの入り口です。

ずっと奥にオペラ座の客席が見えますね。

 

 

 

中に入ってみると、

入口にバーがあります。

 

バーを越えると、右が男性用、左が女性用と分かれています。

 

有料公衆トイレなので、

すぐ右側に料金を入れる場所が設置されています。

 

現時点で料金は70セントで、10,20,50セント硬貨が使え、おつりは出て来ません。

1ユーロ硬貨も使えますが、

同様におつりは出て来ません。

つまりピッタリの金額を用意した方がいいですね。

 

このトイレは発想が中々おもしろいので、ここを通りかかった人が、トイレに行きたくなくても立ち止まり、観察していたり、写真を撮る人の姿をよく見かけます。

 

ここは名前の通り、国立オペラ座からは最も近い公衆トイレです。

 

 

 

ちなみにこのOpernpassageのトイレは、このオペラトイレだけではありません。

 

オペラ座からOpernpassageに入り、公園方面にどんどん進んで行くと、右側にマクドナルドが

見えてきます。そのマクドナルド手前右側に、この写真のような

公衆トイレがあります。

 

 

 

ここは、男性、女性用と分かれていて、共に個室を利用する際は、50セントかかります。

普通はトイレの係りがいます。

 

男性の小用は無料です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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壁にローマ時代の墓石が・・・。

ウィーンのシンボル「シュテファン大聖堂」はウィーンの街の真ん中に堂々と歴史を見つめながら立っています。

 

ウィーンに来て自由時間がある方は必ずや、このシュテファン大聖堂の前を数回は通るでしょう。

 

この大聖堂は、もともとハプスブルグ家の前の時代、バーベンベルク王朝時代に、ウィーンに宮廷を移してきたハインリヒ2世によって一番最初に作られたのが、1147年となっています。

 

その後、ハプスブルグ家の時代からゆっくりゴシック化されていき、

この現在の姿に至っています。

 

この大聖堂の入口は西側が正面入り口で、「Riesentor」(通称巨人の門)から入ります。この門はロマネスク様式で、何重にもわたるアーチ構造に、彫刻が一体化してるという

とても貴重で重要な部分です。

 

 

この巨人の門に入るとすぐ右側の壁をよく見ると、

何やら文字がかかれた壁が見つかります。

これはローマ時代の墓石だとされています。

 

そのような古い墓石がシュテファン大聖堂の壁に使われているのです。

 

 

 

 

今でこそシュテファン大聖堂はウィーンの街の真ん中に立ち、街の本当の中心という

イメージですが、ウィーンがローマ時代の駐屯地があった1~4世紀の部分からすれば、

シュテファン大聖堂はその外側に立っていることがわかります。

 

古代ローマ時代、ドナウ河沿いや、内陸を通るローマ街道沿いにはいくつもの街があった

わけですが、現在のオーストリアにはそのような古い街がいくつも

残されています。

 

ウィーンはそのドナウ河沿いの重要な街のひとつでした。

 

ちなみにウィーンの中心部はローマ時代の遺跡も見ることができます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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モダンになった「Opernpassage」

ウィーンの国立オペラ座正面から見て、すぐ右側に、

地下に入れる階段とそこから

上がってくるエスカレーターとエレベーターが見えます。

 

これは「Opernpassage」

(オペルンパサージェ)という有名な地下通路で、リンク道路の真下を横断し、オペラ座とは反対方面にある、カールス教会がある公園やその周辺に出られるようになっています。

また地下鉄U1,U2,U4の乗り場にも接続されています。

 

長く工事を行っていたこのOpernpassageですが、最近ほぼそれも終わり、綺麗になって

少しモダンになりました。

 

このOpernpassageは、1955年にオープンしました。

この年はオーストリアが第2次世界大戦が終わった10年後で、連合軍の占領も終わり、

現在のオーストリアの基本となる永世中立国になる年です。

 

大戦後、リンク道路の交通量もますます増え続け、ウィーン市はこれ以上歩行者を妨げないようにと考え、歩行者用通路を地下に建設することに決めました。

 

 

 

 

このOpernpassageには、

パン屋、カバン屋、土産物屋、TABAK,小さなアジアレストラン、トイレなどがあり、たくさんの地元の方や観光の方が歩いています。

 

この写真をよく見ると、床には赤い電気の線があり、天井には、やはり紫と緑の電気の線があることがわかります。

 

一見ただのモダンな飾りのように見えるのですが、これは実は地下鉄(U-Bahn)

の乗り場を知らせるラインでもあります。

 

地下鉄1号線(U1)は赤、2号線(U2) は紫、4号線(U4)は緑です。

もちろんこの線の意味に気づかなくても、地下鉄乗り場への案内板がちゃんとあり、路線によって色分けされているので全く問題ありませんが、この電気の線は同時にこのOpernpassage にモダン性を出す装飾としても用いられています。

 

このOpernpassageはウィーンに来た方は、必ずや何気なくでも歩く所です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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見逃してしまう貴重な壁

ウィーンの旧市街地は至る所に歴史的に重要な物が見られます。

 

旧市街地は散歩をすると色々な発見があるわけですが、この何の変哲もない煉瓦の名残は、12世紀初頭まで遡ることができます。

 

ウィーンの建物の中には美しく、閑静な中庭がたくさん存在します。

 

この壁は、Heiligenkreuzerhof (ハイリゲンクロイツァーホーフ)という、

ウィーン旧市街の一角にある、かなり大きな建物の中庭です。

 

この建物はHeiligenkreuz(ハイリゲンクロイツ)という、ウィーンの森の南に位置する、とても重要なシトー派の修道院が13世紀初頭から所有しています。

 

この時代は、ハプスブルグ家が登場する前の時代で、この国にとってはとても重要な

バーベンベルク王朝時代のものです。

 

バーベンベルク王朝は976年~1246年までのちょうど270年間続いた王朝で、

その時代ウィーンにも彼らの宮廷が置かれ、シュテファン大聖堂の最初も建築され、

オーストリアのかなりの部分を押さえていました。

 

ここの中庭は大きいので、そのまま通り過ぎてしまいますが、そんなある個所にもこのような歴史的重要な名残を見ることができます。

 

今日御紹介した、知らなければ全く気付かない・・・でもとても重要な意味を

持っているものは街中至る所に見られます。

決してその対象物自体は何かすごいもの・・・ということはないと思いますが、

その背景にある歴史的エピソードはとても興味深いものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ちょっと便利な乗継インフォスクリーン

地下鉄1号線(U1)駅のSchwedenplatzホームに見られるインフォスクリーンです。

 

忙しい時などは目に入りますが、じっくりとはあまり見ないかもしれません。

 

でもこれは意外と親切な情報を

提供してくれます。

 

画面の左より・・・

路線番号

行き先

あと何分後に次の電車が来るか?

その次の電車は何分後か?

ローフロアー車両は何分後に来るか?

何番線からか?

 

                 ・・・・・・・といった内容です。

 

 

写真はSchwedenplatzの地下鉄1号線の駅構内のエスカレーターを降りた

すぐ上に取り付けられているスクリーンです。

 

もちろんその乗り場まで行けば、あと何分後に電車が来るか、ということはわかります。

観光客の皆さんで乗り場がハッキリしない・・・なんていう時には役立ちそうですね。

 

 

 

 

 

 

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地下鉄のゴミ箱

街中の大きなゴミ置き場では分別ゴミが一般的です。

地下鉄駅構内にもこの写真で見られる分別タイプが多く見られるようになりました。

 

視覚的にもシンプルで、

色分けされていて分かり易くなっています。

 

 

 

 

 

黄色・・・プラスチックボトル

青・・・缶

赤・・・紙

紫・・・それ以外の物

 

このゴミ箱はKarlsplatz駅のコンコースです。

 

ウィーンの地下鉄や路面電車の車内は日本と比べると、時間によっては結構新聞や食べ物を包んだ紙、缶などが落ちていることが多いです。

ウィーン市交通局は専用の清掃人を導入して日夜ゴミなどが車内にちらばらないように心掛けています。

 

やはり個人の責任において、しっかりとゴミはゴミ箱に入れたいものですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ちょっとおもしろいマンホールのふた

ウィーンの街には至る所に

マンホールの蓋を見ることができます。

こんな物には普通の人はまず

興味を示さないと思いますし、街を歩いていても目には見えているでしょうが気に留めることはないでしょう。

 

何気なく街中に当たり前のように溶け込んでしまっていますので、美しい建造物や街の雰囲気に気を取られてしまい、

いちいちマンホールの蓋を観察しよう・・・なんて気もおきませんね。

 

 

でもでも・・・

よく見るとマンホールの蓋も様々なデザインがあるんですね。

 

これは国立オペラ座の正面入り口のマンホールの蓋です。

ちょっと高貴な蓋ではないでしょうか。

 

こちらはウィーンではありませんが温泉街バーデンの街によく見られる蓋です。

 

ユニークなことに男女が温泉い入っているというバーデンの街のシンボルが見られます。

 

 

マンホールの蓋があるということは、当然その下には下水道(Kanalnetz・・・カナールネッツ) が作られているわけです。

 

ウィーンは1世紀のローマ軍の駐屯地(der XIII.Legion)時代にはすでに当時としては

モダンな下水道システム がありました。

 

14世紀の終わり(1388年)には地面の下に専用のルートが作られていました。

 

1739年には街を囲む城壁の中が完全に地下化されています。

ウィーンはヨーロッパで初めて城壁の中が完全に下水道が地下化された最初の街であることが知られています。

 

その後、19,20世紀にKanalnetzはどんどん延長され、拡張されていきました。

1948年に映画「第三の男」のラストシーンで効果的にウィーンの下水道迷路が

使われたことはよく知られています。

 

現在ウィーンの住居のほぼ100%の99%が地下公共下水道と接続されています。

これはヨーロッパではトップクラスです。

全長2.400kmにも及んでいます。これはウィーン~ザルツブルクを4往復する距離です!

文字通り下水道の迷路です。

 

 

 

※参考までに興味がある方はウィーン市のサイトwien.atで

 少し下水道を見ることができます。   

        http://www.wien.gv.at/umwelt/kanal/kanalnetz/

 

 

 

 

 

 

 

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ÖBBの車内で乗車券を買うと・・・

ÖBB(オーストリア国鉄)に乗る時には、絶対に事前に乗車券を買いましょう。

 

ウィーン市内であれば、地下鉄、路面電車等の券を持っていれば問題なくオーストリア国鉄にも乗れますが、ウィーン市の公共交通機関のチケットを所持せず、乗車券が全くない状態でÖBBに乗る場合です。

 

以前はチケットを事前に購入していなくても、車内で車掌さんから買えましたが、

2010年12月12日からは、事前に乗車券を持たず乗車し、車内で検札に遭遇した時には多額の手数料が取られます。

 

その時にすぐ現金で支払えば

65ユーロ!!

 

振込用紙をもらう場合は

後日 95ユーロ!!

         

      という高額な手数料を請求されます。

 

例外はチケット券売機がない駅と係りがいる窓口がない駅で乗車する場合に限っては、

乗車後車内ですぐに乗車券を車掌さんから買わなければなりません。

 

これはすでに2年半経ってますのでほぼ地元では浸透していますが、

意外と落とし穴ですね。

 

 

 

 

 

 

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ウィーン カーシェアリング 

7月8日にCAR2GOを紹介しましたが、今回は別のカーシェアリングを紹介します。

CAR Sharing.at  はウィーンの街中約85ヶ所に設置されて、小さい車からそれなりに大きい車まで、更に電気自動車も含み、8種類が導入されています。

これはそれぞれのシャア車の駐車場があらかじめ決められていますので、その場所から借りて、その場所にまた戻すシステムです。

 

カーシェアリング駐車場

基本料金は一般的に年間ごとの手数料60ユーロと実際の使用料が加算されるシステムです。

でもいくつかのサービスがあり、例えばオーストリア国鉄のVorteilscardやウィーンの公共交通機関の年間定期所有者は、今年9月30日までに申し込めば年間手数料はかかりません。学生は年間手数料39ユーロです。


30分以上からの使用で、1時間最低6ユーロ~12ユーロ、1日59ユーロ~119ユーロとなっています。

 

CAR2GOと同様、インターネット上から

空き情報を検索でき、予約ができます。

 

ただこちらは車を所有している人にはあまり縁のないサービスです。免許を持っているが、車は所有していない・・・

でもたまに車を使いたい・・・なんていう方に重宝されています。

http://www.carsharing.at

 

 

 

 

 

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ウィーンの街中のゴミ箱

ゴミ箱

ウィーンの街中にはいわゆる

「ゴミ置き場」というのは特定の場所に定められていますが、歩道などの至る所に写真のようなゴミ箱が取り付けられています。

 

オレンジ色のステッカーが貼ってあり、「BITTE FÜTTERN!」・・・

食べ物を与えて下さい・・・

という意味のドイツ語があり、

その下に犬が登場しています。

 

これは「あなたは今、捨てるもの・・・つまりゴミを手に持っているのでちゃんと

それをゴミ箱に捨てて下さい・・・わざわざそのゴミで街を汚さないように・・・」

という意味の文が、ウィーン市ゴミ担当部門の電話番号と共に記されています。

 

またゴミ箱の右側には細長く突き出た棒状のような物が見えます。

これはたばこの灰皿です。

 

ウィーンはたばこの規制がかなり浸透していますが、

逆にこういう所ではまだ吸えるんですね。

 

街中にはもちろん決められた所に比較的広いゴミ置き場も多くあり、ゴミ収集車が活躍しています。また市民が自由に電化製品や家具などの粗大ゴミを自由に捨てられる大きなゴミ置き場(MISTPLATZ) も設けられています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ウィーンのCAR2GO(カーシェアリング)

CAR2GO

ウィーンは街中で走れるレンタ

サイクルのシティバイクの他に、カーシェアリングのひとつである「CAR2GO」があります。

 

ウィーン市全ての区を含んだ、

広範囲にわたって利用可能で、

登録料として1度だけ19ユーロが

かかります。

約600台が導入されています。

 

利用料金は現時点で、

1分間29セント、1時間12.90ユーロが基本で、まる24時間使うと59ユーロです。

 

2013年1月19日のブログでも書きましたが、ウィーンは平日はショートパーキングエリア制度が導入されていますが、CAR2GOはウィーン市との協力で、駐車料金は一切かからず、ウィーンの営業地域内であれば簡単に乗り捨てできます。

つまり、元停めてあった場所に返す必要がない・・・というのは利点です。

もちろん営業地域外を走ることも可能です。

 

またインターネット上にアクセスし、どこに空きの車があるかすぐにわかるのも便利です。https://www.car2go.com/de/wien/

さらに事前予約も可能です。

 

基本的に免許証は持っているけど、車は所有していない、でも状況に応じて車があると便利という方や、街中を軽く移動するのに使う人が多いです。

レンタカー感覚に近いですが、それよりももっと手軽です。

 

 

 

 

 

 

 

 

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ウィーンの飲料水スタンド

飲料水スタンド

2013年1月25日付でウィーンの水道水について書きました。

ウィーンの上水道はアルプス山脈の湧水で、水道をひねるとすぐに水が冷たくなります。

 

ウィーンでは、街中にこの水道水を提供しようと写真のようなスタンドが数か所に設置されています。

 

「Trink Wasser!」  水を飲もう! 

「Trinkwasser」   飲料水

 

これを同時にロゴとして使っています。

 

このスタンドでは、暑い時にはミストも噴出していてそこに立つと快適です。

 

その場で飲む人、ペットボトルに

入れてる人などと、かなり並んでいることもあります。

この場所は王宮の英雄広場ですが、例えばGraben、市立公園横の

リンク上でも見ることができます。

 

 

 

 

 

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ウィーン中央駅のインフォメーション塔

駅コンコースにあるインフォメーション

まだ周りは工事中ですが去年の12月からウィーン中央駅(Wien Hauptbahnhof)

が使われています。

ウィーン中心から地下鉄1号線(U1)のSüdtirolerplatz から直結しています。

その地下コンコースの真ん中に

このインフォメーション塔が立っています。

 

この駅は国鉄(ÖBB) の中央駅と

地下の駅、,地下鉄U1、路面電車D,O,18,

様々なバス路線が乗り入れているため、

乗り場や出口がたくさんあります。

 

このインフォメーション塔はそれぞれの乗り場案内や街の地図などを見ることができ、

さらに音声での案内(ドイツ語と英語)、

手話での案内などを選択できるように

なっています。

 

画面を見ながらパソコン感覚で操作でき、音声も聞きやすく便利です。

 

 

 

ダウンロード
ウィーン中央駅略図
image.jpg
JPEGファイル 94.5 KB

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Einbahn は一方通行

一方通行の標識

ヨーロッパはどこの街も

たいていそうですが、一方通行が非常に多いです。

ウィーンでもあらゆる場所に見られます。

 

この写真のように矢印の中に「Einbahn」(アインバーン)と書かれています。

 

よくお客様からこの意味を聞かれます。ドイツ語を少し知っていると、Bahn は「鉄道」と

いう意味もあることから、この矢印の方向に駅がある・・・と最初に思われる方が意外と

多いんですね。でもあまりに色々な所に見られるし、駅というのも・・・

何て疑問がその内湧いて来るわけです。

 

こちらでは交通標識も補助標識との組み合わせも多く見られます。

この写真の例では、一方通行表示の下に「ausgen.」と自転車マーク・・・

これはausgenommen (~を除く)の略した表示で、一方通行だけど

自転車は除くということですね。

 

 

 

 

 

 

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ユーロ紙幣のデザイン

ユーロ紙幣が7種類あることはすでに書きましたが、

紙幣のデザインはヨーロッパの基本的な建築様式が表現されています。

表は建物の建築様式、裏は橋がそれぞれの時代の様式をテーマにデザインされています。

以下ユーロ紙幣の種類で、それぞれ実際の紙幣の色を背景に表にしました。

 

5ユーロ ギリシャ、ローマの古代様式
10ユーロ ロマネスク様式
20ユーロ ゴシック様式
50ユーロ ルネッサンス様式
100ユーロ バロック、ロココ様式
200ユーロ ユーゲントシュティール様式
500ユーロ 現代建築

 

 

ユーロ紙幣のデザインは1996年2月12日から開始された欧州通貨機関

理事会による選考で44の図案から選ばれました。

これはオーストリア国立銀行のロベルト・カリーナが作成したもので、

1996年12月3日に採用が決定されました。

つまりユーロ紙幣はオーストリア人のデザインが採用されたわけです。

 

これはまさにヨーロッパの過去の様々な建築様式が見られるウィーンのリンク道路です。

ウィーンのリンク道路とユーロ紙幣のデザインは共通するところがあったわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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オーストリアの特別記念2ユーロ硬貨

前回、ユーロの種類や特別記念硬貨などについて書きました。

オーストリアでは、すでに4つの特別記念2ユーロ硬貨が出回っています。

 

2005年  オーストリア国家条約50周年記念
2007年 ローマ条約50周年記念
2009年 欧州連合の経済通貨統合10周年記念
2012年 ユーロ通貨導入10周年記念

 

 

この4種類のうち、オーストリアが自ら発行したのは、2005年の国家条約50周年記念で、後の3つは、他のユーロ圏の国との共通発行です。

 

このような特別2ユーロ記念硬貨はユーロ圏の様々な国が発行していますので、更にユーロは奥が深いことがわかります。

 

以下参考まで

http://de.wikipedia.org/wiki/2-Euro-Gedenkm%C3%BCnzen

 

 

 

 

 

 

 

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ユーロ通貨はとても奥が深い

現在、EU 28ヵ国の中で、ユーロが使われている国は以下17ヵ国あります。


※2015年の時点でラトヴィアとリトニアの2か国が加わり19ヵ国となっています

 

 

オーストリア ドイツ イタリア
フランス ベルギー オランダ
ルクセンブルク スペイン ポルトガル
フィンランド アイルランド ギリシャ
スロヴァキア スロヴェニア マルタ
キプロス エストニア


 

 

紙幣は7種類、5、10、20、50、100、200、500ユーロ紙幣、

硬貨は8種類あり、1、2、5、10、20、50セントと1、2ユーロ硬貨です。

 

紙幣は、表裏のデザインがどの国でもいっしょですが、硬貨は数字の面はいっしょですが、反対の面はそれぞれの国のデザインがあります。

 

つまり、19ヵ国×8種類ですから、152種類の硬貨が使われていることになります。

さらに、どの国も、色々な記念の年があり、それを記念した2ユーロの特別記念硬貨

数多く作られています。

 

また、バチカン、サンマリノ、モナコの記念硬貨も発行されています。

この3種は通常の生活の中では、普通は手に入りませんので、現地で探すか、コインショップなどで買えますが、かなり高価です。

 

これだけ奥が深いので、これらを集める人もたくさんいるわけですね。

私も真剣に集めているわけではありませんが、生活の中で見慣れない硬貨が手に入った時には使わずにとっておきます。

 

 

 

 

 

 

 

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ウィーン リンク内のバス路線の勧め

ウィーンのリンク内を縦横する路線バス、

1A,2A,3Aは、意外と観光の皆さんに利用されていません。

 

リンク内は、地下鉄の駅はありますが、路面電車は昔はたくさん走っていましたが、現在では走っていません。その代り、3つの路線バスが走り、

また電気バスも導入されております。バスの大きさも中型バスもあります。

 

ウィーンの基本は何と言っても旧市街地。徒歩でなければ見られない所がたくさんあります。この3つのバスに乗ると、少し違った角度から街並みを見られますので、お勧めです。

もちろん、ウィーン通常の公共機関のチケットでOKです。

 

 

ダウンロード
ウィーン中心部の路線図.pdf
PDFファイル 2.9 MB

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街中の信号

 

ウィーンの街中には至る所に信号があります。

車用の信号は、もちろん、青→黄色→赤・・・と変わりますが、青になる時には

赤→黄色→青 と変わります。

 

歩行者用は基本的に同じですが、かなり早く赤になります。

場所によっては、普通の速さで横断していたら間に合わない信号もあります。

これですと、お年寄りや体の不自由な方は絶対に間に合いません。

でも、車は青になっても、もちろん渡り終わるまで待っています。

 

また歩行者用の信号は、押しボタン式も多くあります。

一見押しボタンに見えるのですが、

目の不自由な方のための押しボタンもかなり見られます。

 

日本のようなスクランブル交差点はありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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