ウィーンの街は旧市街を含め、かなりの広さが世界遺産となっていて、荘厳な建造物が多く建ち並ぶ上品さと優雅さを備えたかつての帝国の都を今でも感じることができます。
言ってみれば街全体が博物館みたいですね。
観光客の皆さんにとって重要なものはガイドブックなどにもある程度紹介されていますね。
今日は、地元では非常に有名ですが観光的にはまず知られていない中世のモニュメント的なものを紹介します。
こちらは"Spunnerin am Kreuz"(シュピンネリン・アム・クロイツ)と言われる地元で知られたゴシック様式の記念像みたいなものです。
これはウィーン中心部から離れた10区のTriester Sstraßeの通り沿い、Wienerbergに立っています。
ここはウィーンの街中ではウィーンの森を除いて最も標高が高い所で、ここからまた南へ向かって下り坂になっています。
通常の市内観光でここを通ることは多くありませんが、ウィーンの森の南側などに行く時にはよく通りますので、私もここを通る時には必ずと言っていい程これを御案内しています。
これは14世紀の終わりにMichael Knabによって作られたことになっていますが確かではありません。
もともとここには質素な木で作られた十字架があったようです。
その後15世紀にこれを新しくした後から記録で確認することができます。
1452年にシュテファン大聖堂の北塔を手掛けるHans von Puchsbaumによって現在の形になりました。
高さ16m、土台の部分を含めて5層構造のゴシック様式の教会の塔のように見えます。
真ん中の高さにはそれぞれ4方向に、磔刑、むち打ち、茨の冠、エッケ・ホモを表した大きな像が立っています。
こちらはこのSpinnerin am Kreuzの2ヵ所に見られる年号です。
プレートのように見えますが、これ自体に刻み込まれています。
左上は1452年にこれが作られたこと、右上はこれが修復された年を表しています。
今まで数多く修復されてきました。
<Spinnerin am Kreuzの伝説>
このSpinnerin am Kreuzには、700年以上も前から伝わる若い女性の絶望の伝説があります。
レオポルド公爵の使いが、聖地を征服したオスマントルコを倒すため、若い男性達が十字軍に召集されるという御触れが出されました。
その若い女性の夫がすぐに志願します。
この女性は自分の夫のために赤い十字架を彼の服に縫い付けますが、その際に彼女の涙が服にしみ込んだといいます。
3週間後に時は来ました。
若い女性は夫をこのWienerbergまで送って、2人はここで別れました。
別れの際に彼女は「私はあなたがここに戻ってくるまで、ずっとこの場所であなたを待っています」と夫に約束しました。
この場所には木でできた質素な十字架があり、この場所から南をずっと遠くまで見下ろせました。
夫は妻の言葉を真剣に聞かず、頭の中はこれからの戦いでいっぱいだったようです。
彼女はこの場所に座り、夫が去って行くのを日が暮れるまで見ていました。
次の日の朝、彼女はもうこの場所に座っていました。
彼女は自分の生活のために糸を紡ぐための巻き棒を持参し、糸を紡ぎながら遠くの聖地で戦っている夫の事ばかりを考えていました。
何日も何日も時が経つにつれて、彼女のこの姿はこの界隈に住む人達にとっても日常光景となりました。
当初人々は家で糸を紡ぐようにと説得したのですが、彼女は言うことを聞かず、どんな天候の時でも毎日欠かさず、街の門が閉められるまでここに居続けました。
彼女が織った織物を買う人も多く、彼女が言った価格以上を支払う人も多かったそうです。
そこで"Spinnerin am Kreuz" (シュピンネリン・アム・クロイツ)と言われるようになりました。
彼女は時間はたっぷりあったので、この木でできた十字架を、より立派な石で作り変えようという考えが生まれました。
それが完成したら、きっと自分の夫が戻って来るだろうと確信しました。
そこで名が知られていた親方Michael Knabを訪ね、いくつかの案を見た所、そのひとつが大変気に入りました。
親方から言われた価格は、彼女がその半分ですら支払うことができない価格だったそうですが、親方はこの若い女性の事情を知っていたようで、残りの支払いは後で少しずつでいいからと言って早速作業に取り掛かりました。
石の埃なども全く気にせず、この場所で彼女は今まで以上に熱心に仕事を続けました。
1年後に石の素敵なモニュメントが完成しました。
ここに来るお客さんに今にも夫が戻って来ると言っていたそうですが、聖地の状況がこちらにとって良くないことを誰も彼女に話すことは出来なかったそうです。
人々は彼女の気が狂ったのではないかと思うようになり、彼女は3回目の冬を越しました。
3年の月日が流れ、毎日南を見て夫の帰りを待っていたSpinnerin am Kreuzがある日、ついに大きな群衆を見つけました。
ついに十字軍が戻って来た!・・・この彼女の叫びを聞いた人々がどんどん集まって来てこの場所は大変な人だかりになりました。
本当だ、十字軍が帰って来た!
多くの人々は再会を喜んでいましたが、彼女の夫はいませんでした・・・。
十字軍が帰国し、人々がここからいなくなって静かになり、彼女は神が自分の夫を聖地で死なせたこの運命を受け入れることができませんでした。
日が沈んで行きます。
気を取り直して、紡ぎ車を持って家に帰ろうとした時、暗くなった所から松葉づえをついて大変そうに歩いている男性が見えました。
彼に自分の夫の安否を聞いて、夫が亡くなっていたらもう二度とこの場所には戻ってこないと思いました。
長い髭を生やし、長いもつれた髪のその男性に話しかけようとしたら、彼が頭を上げたので顔を見ることができました。
彼は目を輝かせて言いました。
「私の愛する人よ!」その瞬間に彼は別れの時に言った彼女の言葉を思い出しました。
「お前は本当にここでずっと私のことを待っていたのか?」と静かに涙を浮かべて聞きました。
「はい」とささやき、続けて「あなたが無事に生きて帰って来てくれて本当にうれしい、よかった!」と言い、お互いに抱き合いました。
夫は「ごめん、私は人質となり、怪我のため皆の後について行くことが出来なかったんだよ」
彼女は「あなたは今ここにいるわ、もう何も私達を引き離すことができないわ」と言い、2人は暗闇の中をゆっくり家に向かいました。
それからまもなく"Spinnerin am Kreuz"の夫が戻って来たことが知れ渡りました。