塩の守護聖人ルペルト(St.Rupert)

Schwedenplatz近くのドナウ運河沿いから見られるルペルト教会は少し小高い所にあり、蔦がロマネスク様式の塔にからまる姿は印象的です。

 

たいていのガイドブックにはこの教会が「ウィーンで一番古い」と書いてあります。これは厳密には正しくありません。

ウィーンで現存している教会では一番古いという言い方が正しいわけです。

ウィーンで一番古い教会はグラーベンのすぐ近くにある4世紀後半に作られたとされているペータース教会です。

 

このルペルト教会は伝説によれば8世紀の740年頃、記録で確認できるのはバーベンベルクHeinlich2世がショッテン修道会を提供する時の古文書に1200年と記されています。

 

Rupertはもともとラインフランク貴族の出身と言われています。彼はウォルムスで宗教的に高い地位についていたとされ、Theodo公爵がキリスト教の布教とそれを支える目的でRupertを呼びました。

 

 

その後、Theodo公爵は、Rupertにかつてのローマ時代の街Juvavum(これは現在のザルツブルク)を与えます。

その荒れていた土地にRupertは修道院と教会を作りました。

それが696年と言われています。

その後まもなくそこは豊かにそして有名になります。

 

ザルツブルクはヨーロッパでもとても早くから宗教的中心地となり、

739年には司教区に昇進しています。

この街の最初の司教がこのRupert だったのです。

 

全くの余談ですが、このRupertの姪が、Ehrentrudisでこの姪のためにRupertが、この近くのNonnbergにシスター修道院を700年に作ります。

この修道院の見習い修道女として、マリアが映画「サウンド・オブ・ミュージック」で登場します。

 

 

オーストリアは岩塩が有名ですが、紀元前800年~ハルシュタット鉄器文化と呼ばれ、塩の採掘が頻繁に行われるようになります。このハルシュタットやザルツブルク界隈のハライン等、アルプスの中に塩の塊があります。

ザルツブルクは塩と共に発展していった・・・その塩はドナウ河を下って東の方に運ばれ・・・やがてウィーンにも運ばれます。

 

このルペルト教会は、当時ドナウ河で運ばれてきた塩がこの界隈に積み下ろされた地域であり、塩などを運んだ船が入って来ていたわけです。

 

12世紀の終わりに大きく拡大された街の城壁のすぐそばに位置することにもなるため、写真ではわかりにくいですが少し小高い所に建っているわけです。

 

この聖人ルペルトは今でもこの教会のすぐ前に、まるで塩を積んだ船を待っているかのようにたたずんでいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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