オーストリアの名所

 

こちらは最新から遡り100の「オーストリアの名所」が掲載されています。

 

過去の記事はこちらからどうぞ

 

                                             → オーストリアの名所 過去の記事 2016年

 

                                             → オーストリアの名所 過去の記事 2015年

 

                                             →  オーストリアの名所 過去の記事 2014年

 

                                             →    オーストリアの名所 過去の記事 2013年

 

 

 

ヴァッハウ渓谷で一番古いミヒャエル教会

ヨーロッパ文化を知る上でキリスト教なくしては語れません。

キリスト教があったからこそ音楽、建築、絵画など素晴らしいものが生まれることになるわけです。

特にカトリックの教会に入ると手っ取り早くヨーロッパを感じることができます。

オーストリアは歴史ある国で、ウィーンを始め国内には歴史的重要な教会や修道院がたくさんあります。

このコーナーでも時間を見つけて色々な教会について書いていますが、今日はヴァッハウ渓谷で一番古い教会について少しまとめてみたいと思います。

 

ヴァッハウ渓谷は2.800km以上あるヨーロッパで2番目に長い川であるドナウ河の最も美しい所です。シーズン中は船下りの名所であり、バロックの素晴らしいメルク修道院と組み合わせて頻繁に観光で訪れる世界遺産地域です。

ミヒャエル教会はメルクから船で下り、途中Spitzの街を出るとすぐに左側に見える印象的な教会です。

右の写真は船から撮影したミヒャエル教会です。

 

St.Michael (ミヒャエル教会)は今のゴシック様式になる前からすでにこの場所にありました。

この場所はケルト時代のOpferstätte(オプファーシュテッテ)であり、そこに800年にカール大帝がミヒャエルの聖なる場所を作りました。

Opferstätteとはいけにえを捧げる場所や祭壇のことです。

教会の歴史としては987年という記録が最初です。

12世紀の半ばにはフローリアン修道院の所有となり、14世紀終わりの1395年にはゴシック様式の交差リブ構造を持った納骨堂が作られました。

1523年にそれまであったロマネスク様式の石の教会は後期ゴシック様式で改築されました。

その頃から要塞として5つの塔と跳ね橋なども作られ、それらは17世紀まで繰り返し強化されました。

1630年に火災があり、身廊のアーチが焼け落ち、その後まもなく初期バロック様式で手が加えられました。

現在ではWösendorfとの姉妹教会になっています。

 


 

ミヒャエル教会はドナウ河沿いの一部人工的に整えられた少し高い所に立っています。

印象的な西側の要塞塔はうさぎの耳のような形をした装飾が見られ、教会の隣には納骨堂がありこれらが15世紀に作られてよく保存されている城壁に組み込まれています。

 

要塞城壁は7mほどの高さがあり、現在でもRundturmと言われる円柱状の塔が見られますが当時は隣の納骨堂と橋で結ばれ行き来することができました。

 

教会内部は3層構造のHallenkircheに近い構造で、PseudobasilikaとかStaffelhalleと呼ばれる後期ゴシック時代に流行ったスタイルです。

この2つのスタイルはBasilika様式とHallenkircheの間に位置し、Basilikaほどは身廊が高くなく、Hallenkircheのように天井全てが同じ高さではありません。

また、Basilika様式のように身廊の上の部分には原則的に採光のための窓がありません。

 

主祭壇は1690年のもので、1748年にSteinの教区教会から運ばれて来たもので、聖母マリアが中央に見られます。

祭壇の一番上にはこの教会の名前にもなっている大天使ミヒャエル(ミカエル)が立っています。

さらに1400年頃とされるSchmerzensmannや16世紀前半のピエタなど古いものが残されています。

現在は結婚式やコンサートなどの文化的なイヴェントにも使われています。

 

ヴァッハウ渓谷にはこのような歴史ある教会が多く立っています。

 

 

 

 

 

 

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この時期にシェーンブルンの動物園に行った

今年の冬はとても寒かったです。特に1月は1月4日を除いて全日マイナスあったため春の訪れが例年より遅れています。先日今年初めての半としてキバナセツブンソウを話題にいましたが例年よりも1ヶ月は花が咲くのが遅いと思います。ウィーンの街中の木々を見ていても、少しずつつぼみは見られるもののまだ緑が少なく、冬の空気が漂っています。それでも街中に徐々に花が植えられ始め、カフェやレストランのテラスも登場しています。

先日3月4日の土曜日は久しぶりに日中の気温が20℃近くまで上がり、今年になって一番暖かい日となりました。

私も久しぶりに休みだったので子供の友達家族とシェーンブルンの動物園に出かけてきました。

 


 

シェーンブルン宮殿はひとつの観光スポットとしてはオーストリアで最も観光客で賑わう場所ですが、逆にシェーンブルン宮殿の動物園は地元で賑わう所です。ウィーンに初めて来てシェーンブルン宮殿を見ない方はあまりいないと思いますが、逆に何回もウィーンに来てもこのシェーンブルン宮殿の動物園に行く方は少ないでしょうね。

 

シェーンブルン宮殿の動物園(Tiergarten Schönbrunn)は現在営業している動物園では世界最古の動物園で、 マリア・テレジアの夫ロートリンゲン公フランツ・シュテファンによって、ロートリンゲンの建築家Jean Nicolas Jadot de Ville Issey により、彼らにとってこの新しい夏の離宮シェーンブルン宮殿にMenagerie (メナゲリー)という小動物園を置きたいことから始まり、1752年に完成しています。

 

この日はいい天気で暖かかったこと、しかも週末・・・予想していましたが大変な混雑となっていました。

結構暖かかったのですが、写真を見るとまだまだ冬の雰囲気ですね。

左上の写真は有名なKaiser Pavillonで、メインの入口からかなり近い所にあります。

右上の写真はずっと奥にシェーンブルン宮殿が望める並木道です。

 


 

いつも混んでいるのはパンダの家で、去年8月4日に双子のパンダの赤ちゃんが生まれてとても話題になりました。

この時はいい天気だったのでパンダも外でくつろいでいました。上の2枚の写真はお母さんの方です。

のんびり竹を食べています。

 


 

シェーンブルン動物園のずっと奥は斜面になっていて上って行くことができます。そこには吊り橋が作られていてそこからウィーンの眺めを楽しむことができます。ウィーンの街はまだまだ冬の色です。

右の写真の黄色い大きな建物はシェーンブルン宮殿です。

 

ここは一般18.50ユーロという入場料で決して安くありませんが、たいていの方が年間定期を所有しています。

うちも持っているので、散歩がてら行きたい時に行って、すぐに出て来てもいいわけです。

圧倒的に家族連れで賑わっているシェーンブルン動物園です。

 

このシェーンブルン宮殿の動物園・・・Tiergarten Schönbrunnは、2008年、2010年、2012年、2014年と4回もヨーロッパのベスト動物園に選ばれました。

広さは17ヘクタール、動物は734種類、8.955匹も生活をしていて、中には絶滅の危機にさらされている動物達もいます。

 

 

 

 

 

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絶好の場所からのウィーンの眺め 2

ウィーンの街を高い所から眺められる場所はいくつもありますが、街の中心界隈から外側まで360℃のパノラマで見られる場所はそんない多くはありません。

昨日の絶好の場所からのウィーンの眺め 1の続きです。

 

 

昨日の最後の写真からもっと左側に行った所です。

南側の方がよく見えています。

左奥に高いビルがいくつか見えていますが、Vienna Twin TowerがあるWienerberg City、もしくはBusinnes Prak Viennaと呼ばれているウィーン10区の一角です。

ちなみにTwin Towerは138mと127mです。

 

 

1枚目の写真からもっと左側に移動しました。

こちらの方はもうウィーンの森は見えません。

一番左に見える2本の塔みたいなものは煙突で、発電所です。

 

 

さらに左側の方に移動しました。

すぐ下に見える通りはGumpendorferstraßeです。

左奥の方に緑の平らな屋根が見えていますが国立オペラ座です。

小さくて見えませんが画面一番左上の奥にあるのはプラター公園大観覧車です。

 

 

これで360℃、一周しました。

こちらは絶好の場所からのウィーンの街 1の2枚目の写真と似てますが、ちょっと角度が違います。

シュテファン大聖堂はずっと右の方にあるのでここでは見られません。

 

 


 

さてこの素晴らしい眺めが楽しめるのはどこでしょうか?

それはHaus des Meeres (海洋館)の屋上テラスです。

Haus des Meeresはウィーン中心から少し離れた6区マリアヒルフにあるエスターハーズィー公園にあります。

 

ここは水族館には入らず、ここの展望テラスに来るだけで入場料がかかりますが、十分来る価値のある所です。

 

 

 

 

 

 

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絶好の場所からのウィーンの眺め 1

ウィーンの眺めを高い所から楽しもうと思うと一番手っ取り早いのはシュテファン大聖堂の両方の塔に上るのがいいでしょう。

ウィーンのちょっと珍しいアングル15で紹介したような眺めが楽しめます。

また、ちょっと中心から離れた所ではプラター公園大観覧車もお勧めです。

また時間があればカーレンベルクなんかもいいでしょう。

 

でも今日から2回にわたって紹介するここからの眺めは私個人的にはとても素敵だと思っています。

ウィーンの街を360℃の大パノラマで見渡せます。

 

 

上の写真のほぼ中央に先が尖った塔が見えています。

あそこがシュテファン大聖堂でウィーンの旧市街地ということになります。

シュテファン大聖堂のすぐ左側に見えている黒くて細長い建物はDCタワーです。

どちらかと言うと北の方へ向かっての眺めです。

 

 

こちらは1枚目の写真から少し左に動いた眺めです。

手前に見える印象的な教会はマリアヒルファー教会で、正面側の2本の塔と後ろにある塔が見えています。

その教会の向かって左側の塔のすぐ左側に見られる四角い黒い2つの建物はウィーンの総合病院AKH (アルゲマイネス・クランケンハウス)です。

写真右側奥にうっすらと見えている手前の塔は市庁舎、その右側には実は2本の塔があるヴォティーフ教会です。

画面の一番奥に見られる山がウィーンの森です。

 

 

 

こちらは2枚目の写真からさらに左に移動した所からの風景です。

建物がどのように建っているかや、屋根裏部屋などが印象的です。

ずっと多くにはウィーンの森が見えています。

 

 

こちらは3枚目の写真からもっと左側に動いています。

一番右に見えているドームはMaria vom Siegeという教会でその教会のすぐ後ろ側がウィーンの西駅になります。

ウィーンの森の南方面への視界が広がっていますね。

 


 

いかがですか?

かなり印象的だと思います。

明日にまだまだ続きます。

ここがどこであるかは明日わかります。

 

 

 

 

 

 

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シェーンブルン宮殿のライトアップ

日が暮れて暗くなってもウィーンの街並みは素敵です。多くの歴史的建造物がライトアップされ、昼間とはまた違った姿を見せてくれます。こちらのライトアップは決してカラフルな色を使うことはまずなく、下から照らし出すようなシンプルなシンプルなライトアップが多いですが、この方が歴史的建造物が暗闇から浮かび上がるようにそしてより荘厳に見えます。

さて、ウィーンに来られたらシェーンブルン宮殿は外せない所ですが、たいていの人は昼間に行きますね。

だって宮殿内部はクローズしていますし、庭園だって入れませんからね。

でもこのシェーンブルン宮殿のライトアップは素敵です。

 


 

普通はシェーンブルン宮殿にこの時間に入ることはここに知り合いが住んでない限りは無理ですね。

シェーンブルン宮殿はシェーンブルン宮殿内を案内できる国家公認ガイドのための避難訓練が毎年あって、

今年は1月10日に行われました。その時に撮影したものです。

 

シェーンブルン宮殿には独自のライセンスがあり、国家公認ガイドもガイドライセンスとは違うシェーンブルン宮殿が発行しているAusweis (身分証明)を所有しています。

去年の9月からシェーンブルン宮殿は宮殿内部を案内するにあたっての試験制度を導入し、クオリティーの高さと案内できる人数の制限をしています。国家公認ガイドであっても、シェーンブルン宮殿の内部を案内するためにはシェーンブルン宮殿のライセンスが必要で、また、団体ツアーでも担当国家ガイドがいないとチケットを発行できないシステムになっています。

個人で国家公認ガイドと観光する場合は、ガイドがシェーンブルン宮殿の予約をできますから問題ありません。

 

昼間見る時のシェーンブルン宮殿とは全く違いますね。1月は寒く、特にこの日の夜も寒かったです。

雪がたくさん残っていますね。マリア・テレジアイエローが本当によく映えています。

 

 


 

シェーンブルン宮殿の避難訓練は、お客様と内部観光している時に自分がどこの部屋にいて、非常時にはどこへお客様を誘導するかや、シェーンブルン宮殿の規定や統計などの話があります。

毎年数百人の同僚が集まり、和気あいあいとした雰囲気で楽しみながら避難訓練を行っています。

毎日のように来る、また多い時は1日2回も来るシェーンブルン宮殿ですが昼間がほとんどです。

私にとってもこのシェーンブルン宮殿のライトアップはちょっと印象的です。

 

 

 

 

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Wiener Eistraum 2017年 (市庁舎前でスケート)

Wiener Eistraum (ヴィーナー・アイストラウム)はもうすっかりお馴染みになった話題性たっぷりの市庁舎前のスケートリンクです。"ウィーンの氷の夢"という直訳になりますが、今年ですでに22回目を迎えました。

通常は市庁舎のクリスマス市が終わってから準備され、だいたい1月21日、22日がオープニングとなっていましたが、今年の冬は市庁舎のクリスマス市が始まった11月11日その日に一部がオープンし、クリスマス市と同時にスケートもできるという新しいアイデアでした。

私も子供の学校の引率で、去年12月20日にこの市庁舎前で滑走しました。

毎年この市庁舎のWiener Eistraumについては話題にしていますが、夜の雰囲気だったので今年は昼間の雰囲気をお届けします。

 


 

今年の冬は市庁舎のクリスマス市がオープンした11月11日には4.500m²のWiener Eistraumの一部もオープンし、クリスマス市と同時にスケートが楽しめるようになっていました。

その後、クリスマス市が終わり、カウントダウンが終わってから例年通り作業が始められ、1月24日のは8.500m²という広さで新たにオープンしました。

千秋楽は3月12日で毎日9:00~22:00まで楽しむことができます。

リンク道路沿いの重要な建造物のひとつ市庁舎を背景に街の真ん中でしかも青空の下でのスケートは開放感があって病みつきになります。

子供から大人までまでの様々な年齢層、スケートシューズを始めて履く人、オーストリアの色々な地域からの学校行事の一環など、色々な人が楽しんでいます。

ちなみに去年2016年のシーズン1月~3月では650.000人がここで楽しみました。

 


 

左上の写真は市庁舎を背中に見てリンク道路を挟んだブルク劇場を正面に見ています。市庁舎前にメインリンクがあり、それを抜けて右上の写真に見られるように多くの滑走路が作られていて、かなり長い距離を滑ることができるようになっていますので、長くここにいても飽きません。

また550m²の別の一角では初心者と子供のスペースがあり、平日9:00~16:00、週末は全日、無料で滑ることができます。またEisstockという、おそらく13世紀ぐらいスカンジナビアで始まったとされる、カーリングに似たようなものが楽しめる場所にもなります。

 

大人の一日券は7.50ユーロ、ウィーンの幼稚園、小学校、学童に通っている子供であれば同伴者と共に月~金の9:00~16:00は無料です。

地元の多くの人はマイシューズを持ってきますが、貸し靴もちゃんとありますから旅行者の皆様でも全く問題ありません。貸し靴は大人7ユーロ、子供は4.50ユーロです。

フード系屋台も多くありますのでお腹が空いてもここで済ませられます。

 

街中の荘厳な建造物を背景に、青空の下でスケートが楽しめる他では経験できない開放感がいいです。

 

 

 

 

 

 

 

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Kaiserin-Elisabeth-Ruhe (カイザリン・エリザベート・ルーエ)

ハプスブルグ家の事実上最後の皇帝であるフランツ・ヨーゼフ1世が一目惚れしたというバイエルンの王女エリザベート皇后は伝説的な女性となり、世界中からエリザベートのファンがウィーンにも訪れ、日本でもエリザベート皇后のファンが多くなったと実感しています。

日本からもエリザベートのミュージカル鑑賞と組み合わせ、エリザベート皇后の跡をたどるような観光をウィーンで楽しむことができるような限定ツアーも過去よくありました。

現在でもエリザベートファンの方が多くウィーンに来られます。

ウィーンではシシィ博物館を始め、エリザベートに出会える場所がいくつかありますが、今日ここでテーマににするこの場所はあまり知られていないようです。

 

こちらは今日のタイトルと同じ名前である

"Kaisearin-Elisabeth-Ruhe"

(カイザリン・エリザベート・ルーエ)です。

これが見られるのは残念ながらウィーンの中心ではなく、ウィーンの北の森の一角であるカーレンベルクです。

しかも目立たない隠れた所にあるので地元でも知らない人が多いかもしれません。

 

このユーゲントシュティール様式のエリザベート皇后の記念碑はOskar Felgel von Falnholzというオットー・ヴァーグナーのもとで学んだ建築家のプランによるもので、1904年10月13日に除幕されています。

エリザベート横顔の金属のレリーフがはめ込まれています。

 

 

実はこのエリザベート・ルーエはこのように左右に座れるベンチも伴った大きなものとなっていて、手前には階段が数段作られています。

カーレンベルクの展望台界隈は天気のいい時には多くの人で賑わっていますが、この場所はそんな時でもひっそりとしています。

エリザベート皇后がここでよく休憩をしたと言われています。

 

エリザベートファンの方はここまで足を延ばしてもいいと思います。

ここからさらに奥へとウィーンの森の散策コースが続いています。

 

以下も興味ある方はどうぞ。

知られていないエリザベート像国民庭園のエリザベート像シシィ博物館

ウィーン西駅のエリザベート像エリザベート皇后の宮廷車両

エリザベート・ヘーエにある記念柱エリザベート皇后の髪飾り

 

 

 

 

 

 

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年末にカーレンベルクまでのハイキング

私はオーストリア国家公認ガイドとして年間を通して様々な皆様にウィーンやオーストリアを御案内しています。

一般団体ツアー、視察ツアーや専門的なツアーなどの日本からオルガナイズされた団体ツアーや個人旅行ツアー、また私のこのホームページから直接申し込まれるお客様など日本全国津々浦々からウィーンにいらっしゃいます。

団体ツアーの場合は基本的に観光内容が事前にしっかり決まっていますが、個人旅行される方は時間や観光場所を自由に使えますからそういう意味では団体ツアーと個人旅行とは違いがありますね。

ウィーンはヨーロッパ文化が凝縮した奥深い街です。定番な観光ルートももちろん多いですが、様々なバリエーションで観光を組むことができますから、毎日同じルートや同じ内容で観光しているわけではありませんので観光内容も様々です。

さて、去年の暮にこのホームページからお申し込みを頂いたお客様とちょっとしたハイキングを楽しみました。

事前の打ち合わせで日帰りで楽しめる近郊へのハイキングということでウィーンの北の森のカーレンベルクへ行きました。

 


 

この日の朝の気温は-2℃、天気予報では晴れということで寒いですが気持ちのいいハイキングが期待できる日でした。中心のホテルから出発して地下鉄でハイリゲンシュタットまで行きましたが、そこからは全て徒歩でカーレンベルクを目指しました。ハイリゲンシュタット駅からヌスドルフまで行き、ちょっとドナウ河に逸れてドナウ運河の始まりを見て、ヌスドルフからベートーヴェンの遺書の家に立ち寄りました。その後ベートーヴェンの散歩道を経由してカーレンベルクへと上って行きました。

上の2枚の写真はその時にカーレンベルクに向かって撮影したものです。奥の方にテレビ塔が見えている山がカーレンベルクで、ここから結構離れています。途中はぶどう畑に入ることもでき、この時期でも長閑な光景です。

青空が気持ちを軽くしてくれます。オーストリアについて色々御案内しながら歩いて行きました。

 


 

カーレンベルクにはいくつかのルートがありますが、この日は途中ウィーンの森の雰囲気を味わって頂くため、ぶどう畑沿線から外れて少し遠回りをするルートを選びました。左上の写真のように舗装されていない道をずっと歩いて行きました。この界隈ですれ違う人はいませんでした。

期待通りカーレンベルクからの眺めは印象的でウィーンの街がハッキリと眺められました。

右の写真は13:40頃ですが、このカーレンベルクからの眺めは午前中よりも午後の方がいいんですね。

午前中は天気が良くてももやがかかっているように見えることが多いからです。

ここでお昼を食べて休憩をしてまた徒歩で降りて行きました。

 


 

帰りは行きとは違うルートで降りて行きました。ぶどう畑を前にしてウィーンの街並みが奥に広がっています。

右の写真は結構下って来た時です。

その後ベートーヴェンの散歩道の延長に出るルートをとって、ハイリゲンシュタット教会とその公園にある有名なベートーヴェン像を見てHohe Warteから路面電車でSchottentorまで戻り、そこから旧市街を歩いてホテルに到着しました。全ての移動距離は30km近くですが、歩いた距離は18kmぐらいでした。

では最後にこの時のカーレンベルクからの眺めを掲載します。

 

 

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大晦日にのみの市を訪れた

ウィーンには毎週土曜日に開かれるのみの市があり地元でも有名です。もっともウィーンの色々な場所で定期的にのみの市が開かれているのでその世界の人は色々なのみの市に顔を出しいます。観光レベルで一番有名なのみの市はナッシュマルクト界隈にある所で、土曜日に団体ツアーの皆様と市内観光をする時にはお客様からもよくこののみの市のことを聞かれます。

 


 

実はこの日は2016年の大晦日でした。この日は個人のお客様と御一緒でホテルから出発して一番最初に来たのがこののみの市でした。この日の朝はかなり冷え込んでいて-6℃ぐらいでしたが、天気は良くて青空が広がっていました。朝8:00過ぎですが店もそれなりに出ていて、結構な人出でした。

この年最後の日ということ、寒い朝ということもあって夏よりは場所が空いています。

使える、使えないは別にして、あらゆる分野のありとあらゆる物が売られています。

アンティーク商品、絵画、おもちゃ、衣料品、レコード、蓄音機、オーディオ関係、ゲーム、置物、書籍、手紙、看板・・・切りがありません。ここでは値段交渉は当たり前なので、言われた金額では買わず、最初は必ず交渉しましょう。

 


 

この"のみの市"は、毎週土曜日朝6:30~18:00までで、土曜日が祝日でもオープンしてます。

12月24日と12月31日が土曜日となった場合は6:30~12:00までです。

唯一の例外は、12月25日が土曜日となり、たまたまその時にここでイベントがある場合のみ開かれません。

 

この "のみの市"は誰でも店を開くことができるんです。労働許可証は要りませんし、オーストリアに住んでいなくてもいいので、旅行者でもOKです。

ただし1年に3回までと決められています。

これは年度を跨がずにということですので、今から来年の今までということではありまん。

営業場所は大きな場所と小さな場所があり、大きな場所は123個3.2mx2m、小さな場所は246個1.6mx2mで、

計369個の営業場所が確保されています。

ウィーン市に払う場所代は、大きい場所が€41,44-,小さい場所が€20,72- です。

 

申し込みはWiener Marktamt für den 4. bis 6. Bezirk

               (ウィーン4区、6区の市場役所)

に遅くても6週間前までに個人的に行い、場所のチケットは支払い後、すぐにもらえます。

場所チケットは自分が店を出す前日の金曜日12時までには取りに行かなければいけません。

この場所は地下鉄U4の"のみの市"がある駅Kettenbrückengasseのすぐ前にあります。

ここの営業時間は月〜金曜日の7:30〜15:30です。

申し込みに必要なものは写真付きの身分証明書が必要です。

 

以下ウィーン市のホームページです。(ドイツ語)

http://www.wien.gv.at/amtshelfer/wirtschaft/maerkte/markt/flohmarkt/naschmarkt.html

 

 

 

 

 

 

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軍事史博物館の"栄誉の間"

ウィーンの街には外から見ているだけでも十分楽しめる荘厳で美しい歴史的建造物が多く建ち並んでいます。

美術史博物館などは典型的な例で、中に一歩足を踏み入れれば素晴らしい空間が広がり、大階段ホールもとても素敵です。

そのようなものとして以前軍事史博物館についてまとめましたがその博物館の中に美しいホールがあります。

 

 

軍事史博物館はリンク道路時代の有名な建築家で楽友協会や国会議事堂を建てたテオフィル・ハンセンとルードヴィヒ・フェルスターによってビザンチン・ネオゴシック様式で1856年に建てられました。

そのため内部空間はビザンチン的であり、ギリシャ正教会を思い起こさせるスタイルとなっています。

上の写真に見られる美しい空間は"Ruhmeshalle" (ルーメスハレ)と呼ばれ、この軍事史博物館の日本でいう2階中央に位置しています。

日本語では"栄誉のホール"なんて訳でいいでしょうか。

ここの天井はギリシャ正教会でお馴染みの正円で、外側部分に飛び出ていて外からハッキリわかるようになっています。

この空間の4つの壁には、オーストリア皇帝軍の4つの勝利が表現されています。

ネルトリンゲンの戦い(1634年)、モーガースドルフの戦い(1664年)、

ゼンタの戦い(1697年)、トリノの戦い (1706年)の4つです。

 

 

こちらはこのホールの天井ドームです。

まさにギリシャ正教会です。

ここにはKarl von Blaasという1815年にオーストリアのチロルで生まれた歴史・風俗画家によるバーベンベルク王朝時代からのオーストリアの重要な戦争での勝利が描かれています。

一番上には空が見えていて、この内部空間に光を注いでくれます。

これはフレスコ画で、前述した4つの戦いも彼によるものです。

 

このホールの両側にも空間があり、入って左側の空間はマリア・テレジアとヨーゼフ2世の統治時代に関して、また右側の空間はナポレオン戦争からラデツキィ将軍のノヴァラの戦いまでが描かれています。

 


 

 

参考までにギリシャエーゲ海のサントリー二島フィラの街にあるギリシャ正教会の内部を掲載します。

サントリーニ島は個人的にも大好きで、休暇でもう何回訪れたでしょうか。

サントリーニ島といったらこの風景でしょう。

 

 

 

 

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ピアリステン教会"Maria Treu"

以前このコーナーで"ピアリステンケラー"という地元でも有名なレストランについて書きましたが、そのレストランがある所には美しくかつ重要な教会が立っています。

その教会は"Piaristenkirche Maria Treu"という名前で、今日の話題はこの教会です。

 

ピアリステン教会は皇帝レオポルド1世によって礎石が置かれ1698年~1719年に建てられました。

Hornの建築家であるBartholomäus Hochhaldtingerのプランが一番古くそして唯一現在まで残されいる教会プランで1700年までを知ることができます。

しかし、ルーカス・フォン・ヒルデブラントによって教会は当初と全く違ったものとなりました。

ヒルデブラントと言えばべルヴェデーレ宮殿が真っ先に挙げられます。

ピアリステン教会は名前の通り、ピアリステン修道会のために建てられました。

ピアリステン修道会は、José de Calasanz (1557-1648)によって1617年にローマ教皇から認められ、

日本語ではエスコラピオス修道会とも呼ばれています。

その後改築なども行われて最終的に1751年に正面部分と南塔が完成し、1753年にはほぼ今の姿になっています。

 

教会の名前である"Maira Treu"という文字が正面部分に見られます。

これは現在この教会の主祭壇に祭られている聖母マリアの絵が由来です。

この絵はJosef Herzによって1713年にペスト流行した時に描かれたものです。

この絵はもともとこの教会のSchmerzenskapelleという礼拝堂に置かれていましたが、あまりにも多くの巡礼者が訪れることから1721年以来から主祭壇に置かれています。

"Treu"は忠実とか誠実、貞操という意味があります。

 

 

教会内部は非常に美しいバロック様式で、ひとつの大きな空間です。

天井ドームのフレスコ画が印象的な集中式プランで、教会正面の2本の塔をイメージすると意外な構造になっています。

主祭壇はマリアとヨゼフの結婚が描かれていて、その前に上述した"Maria Treu"が置かれています。

主祭壇の一番上にはピアリステン修道会のワッペンを見ることができます。

 

天井の素晴らしいフレスコ画はオーストリアの重要な後期バロック時代の画家Franz Anton Maulbertschが1752年、当時彼が28歳の時に仕上げたものです。

特に中央の大きなフレスコ画は7月29日から始まって、12月20日に完成しています。

 

 

 

こちらが中央ドームのフレスコ画です。

アダムとイヴ、アブラハムとイサク、モーゼとダビデが見られ、聖母マリアが天界に迎えられるシーンが描かれています。

 この教会がある場所はちょっとした広場になっていて美しい空間です。

今でもピアリステン修道会の幼稚園、小学校、Gymnasiumあり、たくさんの子供達が通っています。

 

 

 

 

 

 

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「きよしこの夜」はオーストリアから生まれました

今日12月24日はクリスマスイヴです。今年はクリスマス市が11月11日とかなり早く始まり、当初はアドヴェントの雰囲気を長く楽しめるんだな・・・と思っていましたが今振り返るとあっという間でした。

シェーンブルン宮殿のクリスマス市は毎年12月26日までで、今年から市庁舎のクリスマス市も12月26日まで開かれるようにはなりましたが、基本的にクリスマスの雰囲気で盛り上がるのは12月23日まででしょう。

今日の午前中にクリスマスツリーの飾り付けをする人が多く、午後からは街がとても静かになります。

街中を歩く人が少なくなり、交通量がぐっと減り、お店もいつもよりも早く閉店し、皆がクリスマスイヴに吸い込まれていくような感じです。

こちらは家族とクリスマスを祝うのが一般的です。

地元の人が家族と祝う今日のクリスマスイヴで必ず歌われる歌があります。

毎年12月24日はこの歌をテーマにしていますが、今年も私のこのサイトの伝統としてこの歌を取り上げます。

 

ザルツブルク中心から車で約20kmぐらい走った所にOberndorf(オーベルンドルフ)という人口5600人程の小さい街があります。

その街の一角に、この写真に見られるStille Nacht Kapelle(シュティレ・ナハト・カペレ・・・きよしこの夜礼拝堂)が立っています。

ここにはもともと聖ニコラウス教会が建っていました。

当時そのニコラウス教会で、1818年、ここの教会のオルガンの状態がとても悪く、弾ける状態ではなかったようです。

その年のクリスマスの12月24日にはそのオルガンをミサで使うことができませんでした。

そこでこの教会のヨーゼフ・モール神父が詩を書き、フランツ・グルーバー先生がその詩に曲をつけ、ここの壊れたオルガンの代わりにギターで伴奏されてその時歌われた曲・・・それが「きよしこの夜」(Stille Nacht) だったのです。

 

モール神父とグルーバー先生によって"きよしこの夜"が作られて歌われた当時のニコラウス教会は、19世紀終わりのザルツァッハ川の何回かの水害によって傷んでしまったため、最終的に1913年に取り壊されることになります。

 

その取り壊しから20年以上経った後の1937年8月15日、当時のニコラウス教会と同じこの場所にこの写真に見られるように現在の礼拝堂が奉納されました。

 

ちなみに現在でもこのOberndorfにはこのきよしこの夜記念礼拝堂から1km離れた所に新しいニコラウス教会が立っていて活躍しています。この新しいニコラウス教会は1906年に建築が始まり、1910年に完成しています。

 

 


 

上の2枚の写真は礼拝堂内部に見られるステンドグラスです。

左側がヨーゼフ・モール神父で、神父の下には当時のニコラウス教会も描かれています。

モール神父は詩人ではありませんでしたが、きよしこの夜の詩は、1816年にすでに書かれていたということです。

 

右側はグルーバー先生でギターを持って演奏していて、その下にはやはりニコラウス教会が描かれています。

彼ももちろん知られた作曲家ではありませんでした。

 

こちらは礼拝堂の主祭壇です。

この中はシンプルな小さな礼拝堂で、記念館的な雰囲気が感じられますが、現在でも宗教的に使われています。

 

"きよしこの夜"は、1818年・・・今から200年近く前にここで歌われ、その後「Stille Nacht! Heilige Nacht!」と呼ばれ、チロルの有名なツィラータールを経由し、ヨーロッパ全土に、そしてアメリカに・・・やがて日本にまでと、世界中に知られるようになったのです。

この曲なしのクリスマスは考えられませんね。

 

こちらではプレゼント交換をする前に必ずと言っていいほどこの曲が歌われます。

 

「きよしこの夜」は全世界330の言語で現在でも歌われ、親しまれています。

 

 

 

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秋のヴァッハウ渓谷 2 (デュルンシュタイン廃墟のお城・・・2016年)

昨日はクルーズツアーの皆さんとデュルンシュタインでお別れした所で終わりました。この日は天気が良く青空が広がっていましたので仕事の後迷うことなく廃墟のお城に向かいました。クエンリンガー城とも言われるこの廃墟のお城に行くにはいくつかのルートがありますが定番は街中から上って行くルートです。この日も街中から上って行くつもりだったのですが、工事中のため通れなくなっていました。そこで中心部の城壁の外側から上がって行くルートで上に向かいました。

 

このルートはデュルンシュタインのメイン通りをドナウ河下流方面に歩くと城壁に組み込まれた小さなトンネルがあり、まずそれを抜けて右下に降りればドナウ河沿いのプロムナードに出ますが、右に曲がらずそこを少し前へ行くと左奥へずっと伸びていく道です。これを上がって行くと街中からの定番ルートとは反対側から廃墟のお城に着きます。このルートの最初は情緒ある民家が並んでいて舗装されています。この道に入るとすぐに右の写真に見られるように廃墟のお城が上の方に見えます。このお城は12世紀半ばに建築され、16世紀半ばから廃墟です。

とても綺麗な青空です。手前に見える石垣はぶどう畑です。しばらく坂道を上がって行くと道標が立っていて、廃墟のお城方面と反対方面のハイキングコースが記されています。これを過ぎると雰囲気ががらっと変わります。

 



 

情緒ある民家が見えなくなると自然の中へとルートは続いていきます。上の2枚の写真はそのルートで、もちろん上り坂にになっていますが秋を感じながら気持ちよく歩くことができます。このルートは途中色々なインフォメーションが立っています。

 


 

途中左上の写真に見られるように思わず足を止めてしまうのどかな美しい風景が楽しめます。

しばらく上って行くと廃虚のお城の真下に出てきます。この場所は街中から上るルートとの合流地点です。

ここからさらに廃墟のお城に上るルートがあり、お城の中を通り抜けてこの廃墟のお城の真上に立つことができます。そこがいわゆる頂上です。

ここからの眺めは何回見ても飽きることはありません。

 

では廃墟のお城からのこの時期の眺めを掲載します。

 

 

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秋のヴァッハウ渓谷 (2016年)

ここ数日朝が冷え込むウィーンです。市庁舎のクリスマス市も11月11日からオープンし、もうすぐクリスマスだ・・・という雰囲気が街に漂っています。街中はクリスマスプレゼントを探している人や後からストレスになるので今のうちにとすでにプレゼントを買った人の姿などが見れます。自然を観察するとしかしまだ秋です。街中の公園や街路樹、植物庭園やウィーンの森などの黄葉は(紅葉は少し)季節を感じさせます。

 

 

さて、シーズン中頻繁に行くヴァッハウ渓谷は私も大好きなスポットのひとつで、メルク~クレムスのクルーズは有名ですね。先日、日本からのクルーズツアーの皆様にこのヴァッハウ渓谷を御案内するというこの時期にしてはちょっと珍しいツアーがありました。ここの定番クルーズはもう10月終わりでシーズンオフとなりましたが、このツアーの皆様は別の会社が提供するドナウ河クルーズの一環で、シーズンオフでも走っているクルーズ船でした。

ツアーの皆様とはデュルンシュタインでお会いして、バスでヴァッハウ渓谷のドライブとデュルンシュタインの徒歩観光という内容でした。

私は車でデュルンシュタインまで行きましたが、ヴァッハウ渓谷に入ってからはここの素敵な秋を楽しみながら走りました。船着き場に着いてから添乗員さんと打ち合わせをしてから皆様にバスでこの美しいヴァッハウ渓谷の黄葉や黄葉を見ながら様々な角度から説明をしました。バスだと船でドナウ河を上り下りする時とは違った角度からここの景色を楽しめます。

その後は徒歩でデュルンシュタインを散策しました。前日は雨が降ってグレーな空でしたが、この日はいい天気となり素晴らしい青空が広がっていました。

その時の雰囲気をお伝えします。

 


 

左はデュルンシュタインの船着き場に近い所からの眺めで、ここのシンボルの教会と山の上には廃墟のお城が見えています。この時間は朝8:30頃でかなり冷え込んではいましたが前日とは比較にならないいい天気でした。

右はクルーズ船からの眺めで、ドナウ河を上流方面に眺めています。奥の山の頂上は雪が積もっていて白くなっているのが見えますか?

 


 

ドナウ河は0℃そこそこでも凍ることはありませんが、船着き場周辺の水たまりはかなり凍っていました。

写真だと寒さは感じられませんね。右の写真は皆さんが乗っているクルーズ船"Crzstal Moart"です。この船はウィーンから出航して、このデュルンシュタイン~メルク~リンツ~パッサウ~ドナウを引き返してウィーン~ブラティスラヴァ~ウィーンという行程です。午前中の観光が終わって皆さんはこの船でメルクの方へとちょうど出航したシーンです。

本当は皆さんにここの廃墟のお城を御案内したかったのですが、残念ながらそこまで歩きたいという方はいらっしゃらなかったので皆さんを見送った後に個人的に上ってきました。

この天気がいい秋のヴァッハウ渓谷の上からのパノラマ風景は明日ここに掲載します。

 

 

 

 

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いつもと違うシェーンブルン宮殿の庭園

今日11月15日はLeopoditag (レオポルディターク)と呼ばれる聖レオポルドの日です。平日ですがウィーンとNiederösterreichでは学校がお休みです。この聖レオポルドとはバーベンベルクの1136年11月15日にクロスターノイブルクで亡くなったレオポルド3世のことです。

 

さて、ウィーンに初めて来られた方が絶対に訪れる場所のひとつにシェーンブルン宮殿があります。パッケージツアーの観光にはたいていシェーンブルン宮殿がプログラムに組み込まれていますので毎日のように、日によっては午前、午後とそれぞれ別のグループの皆様と2回行く時だって少なくありません。現在はあまり多くありませんが、1日に3回行くこともあります。それは夕食がシェーンブルン宮殿のカフェレジデンツで、その後シェーンブルン宮殿のオランジェリーコンサートと最初に閉館後貸し切りでシェーンブルン宮殿の内部見学をするツアーもあります。この時は特別にシェーンブルン宮殿からガイドのお伺いがあり、全ての部屋を見るグランドツアーを御案内します。

午前と午後2回シェーンブルン宮殿を御案内していたら夕方にもう1回となるわけです。

このように仕事では頻繁にシェーンブルン宮殿を訪れますが、個人的にも家族とここの動物園によく来ます。

その際にはメインゲートから入らず、Hieztinger Torから入ることが多く、こちらは地元人が多く入るので観光客でごった返している正門とは雰囲気が違います。

このHiezinger Torから入って動物園の入口方面に向かうここの庭園は素敵です。

 


 

シェーンブルン宮殿を普通に観光する人は正門から出入りするので、ここで時間がたくさんあってゆっくり過ごせる人以外はこちら側にはあまり来ないと思います。こちら側よりも宮殿の後ろ側にあるグロリエッテが丘の上に立っている庭園を見に行く方がほとんどです。ここに行くのは宮殿を正面に見て右横から回って行く方が左回りよりも近道で、この時にフジのアーチバラのアーチが見られます。

 

 

 

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Wolfgangsee (ヴォルフガング湖)

オーストリアは北海道よりもちょっと大きいにもかかわらず、国内には美しい風景が点在しています。これはヨーロッパアルプスが大きく横たわっていて多くの谷が形成されている地形の重要な特徴があり、その谷間には美しい街が多くあり、またアルプスだけではなく平原もありますから変化に富んでいます。ウィーンはかつての帝国の都ですから荘厳で上品な街並みですが、ちょっとウィーンを離れればのどかな景色が見られます。

そんな郊外で日本のガイドブックでも絶対に紹介されているザルツカンマーグートは私も大好きな所で、オーストリアの宝石箱とさえ形容され、氷河で形成された美しい湖が点在しています。ここは個人的にモーツァルトまた仕事でもよく訪れますが、多くの場合ザルツブルクへ行く途中や逆にザルツブルクからウィーンに向かう時に立ち寄りますが、グループの皆さんに御案内する場合は時間が限られているのでA1高速道路に比較的近いSt.Gilgenや

Mondseeが一般的ですが、もっと奥にある世界遺産のHallstattによるツアーもここ何年からは多くなりました。

Hallstattにもよく行きますが、その場合はMondseeは通らずにBad Ischlを通ってTraun湖経由で高速に入るパターンが一般的です。前述したSt.GilgenはWolfgangsee (ヴィルフガング湖)という細長い湖のほとりにある街で、このザルツカンマーグートではとても有名で私も大好きな湖です。

最近では9月後半にザルツブルクからウィーンに向かう時にここに来ました。

 

 


 

この湖の名前であるWolfgangseeは10世紀後半の聖人Wolfgangから来ていて、彼に因んだSt.Wolfgangという街がこの湖沿いにあります。このSt.Wolfgangには白亜の教会があり、そこにはオーストリア3大ゴシック祭壇のひとつにも数えられるミヒャエル・パッヒャーの有名な祭壇があり、またやはり有名で個人的に大好きなホテル白馬亭があります。

Wolfgangsee (ヴォルフガング湖)は広さ12.84km²、長さ10.3km、幅2km、水深は一番深い所で114mです。

幅2kmと書きましたが、これはこの湖の一番長い幅で一番短い所は200mしかなく、この部分は湖が非常にくぼんだ形になっています。

ザルツカンマーグートはオーストリアのSalzburg,Oberösterreich,Steiermarkの3つの州から成り立ち、東西に90km,南北に60km, 4.600km²もあり、氷河から形成された大小の湖が70以上も点在しています。

WolfgangseeはOberösterreichとSalzburg州に跨りますが、その大部分はSt.Gigen、StroblがあるSalzburgです。St.WolfgangはOberösterreichに入ります。

 

 

 

上2枚の写真は白馬亭で、すぐ上の写真は白馬亭の湖上にある温水プールです。ここは白馬亭に宿泊したら是非利用したいWelnessで、サウナ、室内プールなどもあり水質がいい湖とアルプスの地形を眺めながらのんびりできます。ここから湖に飛び込んで湖でも泳ぐことができます。

 

2~3週間はここでUrlaub(休暇)を楽しみたいですね。

 

 

 

 

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秋の植物庭園(2016年)

11月に入り、日がますます短くなってきました。それを忘れさせてくれるかのように街中はクリスマスの雰囲気が漂っています。ウィーンの中心にある市立公園や国民庭園などにこの時期訪れてみて下さい。木々の葉の色が薄い赤や黄色に変わっていて秋らしさを感じます。森の都と言われているウィーンの街は緑がとても多くあります。

それらの多くがこの秋の時期に色を変えてくれますから秋であることを強く感じることができます。

私もこの時期仕事の合間の空き時間などは街中の公園を散歩したりちょっとベンチに座って行きかう人々を眺めたりしています。最近ここの秋を感じたかったので個人的にお気に入りの植物庭園にも足を踏み入れました。

 


 

このBotanischer Garten (ボターニッシャー・ガルテン)・・・植物庭園は有名なベルヴェデーレ宮殿の真横に位置しています。たいていの観光客の皆さんはベルヴェデーレ宮殿が目的なので、ここに来るのは地元の人がほとんどです。入口も目立たないというのもその理由のひとつかもしれません。

このBotaischer Gartenはウィーン大学の管轄で、1754年マリア・テレジアの時代から存在しています。80.000m²という市立公園よりも広い敷地には約9500種類もの様々な植物が植えられています。

 


 

ここはウィーンの街中にいるとはとても思えない、まるでウィーンの森を散策しているような感覚になります。

この時期の葉の色が素敵で、ここもやっぱり秋していました。私は仕事の合間とかベルヴェデーレ宮殿で観光が終わったり、逆に始まったりする時にはよくここを散策します。精神的いなリセットにもなり、新たな気分で仕事に取り組めます。ウィーンは手軽に街中でも自然が楽しめます。

 

 

 

 

 

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Nixhöhle (ニクスヘーレ・・・鍾乳洞)

このコーナーでは何について書こう・・・ということはほとんど考えていません。毎日仕事をしている中で、これをいつか話題にしよう・・・というようなことはよくあるのですが、書くということが義務的になっていまうと続きませんのでその時の気分で思い立ったことを話題にしてまとめています。テーマはウィーンこぼれ話となっていますが、御承知の通りウィーン以外のことも結構話題にしています。その場で思い立ったことや浮かんだことを書いてますから、おもしろい内容もあると思いますし、どうでもいい内容もあると思いますし・・・まぁ、それはそれでいいと思います。

さて、今日はウィーンからはかなり離れた地元で有名なスポットについて少しまとめておきます。

 


 

今年の夏休みには色々な所に家族で出かけましたが、そのひとつであるNixhöhle (ニクスヘーレ)はウィーン中心部からだと車で高速道路A1と国道B39号線を通って100kmちょっと走ったNiederösterreichの一角MostviertelのPielachtalにある自然から形成された鍾乳洞です。街の名前はFrankenfelsです。この鍾乳洞はPielachtalの南側の斜面に位置していて全長1.410mあり、その中の350mをガイドツアーのみで見学可能です。

 

左上の写真は国道沿い駐車場の反対側にあるNixhöhleの入口です。この橋を渡ってKlammbergと地元で呼ばれているこの山の斜面をかなり上の方まで上って行きます。道は山道でかなり傾斜があります。

15分ぐらい上り、一番上に着くと右側の写真に見られるように小さな小屋が立っています。ここは入場料を払う窓口とちょっとした売店になっています。この日はちょうどシーズンのオープニングの日で、子供達のためのスペシャルイヴェントが行われるので大変な混雑となっていました。子供達は専用のパスをもらって、この鍾乳洞の中に隠されているヒントを探すというものでした。

 

年配の優しいガイドさんがこの時間に来た全ての人を連れて見学開始です。ここからかなり下の方に降りて行き、外からの光が届かない所からもっと奥へと入って行きます。中は上着無しでは寒く、ひんやりしています。

 


 

Nixhöhleの名前の"Nix"と言うとドイツ語の"nichts" (何もない)をすぐに連想するのですが、そうではなく白い石灰成分の堆積から来ています。この堆積は水、炭酸、腐植酸で溶かされた石灰成分です、これを地元では"Nix"と呼ばれていて、ラテン語ではSchnee (雪)を意味します。鍾乳洞に中は確かに白っぽい岩が至る所に見られ、神秘的な世界です。照明もしっかり整備されているので快適に見学することができます。

 



 

洞内はこのような白い岩肌が至る所に見られ、時として綺麗な模様であり、また人の顔に見える所もあったり、小さな美しい湖があったりと全く飽きることがありません。またOsterhaseといううさぎが2匹洞内に隠れています。これは自然で形成された石灰堆積がまるでうさぎのように見える場所があります。

洞内には階段が多くあり、片道だけで520段あります。このNixhöhleは通り抜けできるものではないので行き止まりになっていて、一番多くからまた同じ道を戻って来ます。そのため行と帰りで階段は全部で1.140段ということになります。

 

ここの有名な話のひとつに氷河期時代のHöhlenbär (ヘーレンベア・・・洞窟の熊)の骨の一部が発見されたことです。右上の写真はちょうどその話をガイドさんがしている所です。発見された洞窟の熊はおそらく20.000年以上前とされていて、氷河期が終わる頃に絶滅しました。洞窟の熊は草食で16.000年前の気候の不安定さから十分な食物を確保できなかったのが原因とされています。

 

 

1時間ぐらいのお鍾乳洞探検が終わって地上に戻って来て、ここで子供達には課題が待っていました。鍾乳洞の中で見たものやエピソードについてのいくつかの質問で、これに答えて名前を書いて提出します。最後にガイドさんが全ての子供の名前を呼んで、呼ばれた子供は前に出て記念品をもらいました。とても和やかな雰囲気で大人も十分楽しめました。

 

ドイツ語でこのような鍾乳洞をTropfsteinhöhleと総称してよく呼ばれています。オーストリアにはこのような所が多くあります。

 

 

 

 

 

 

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ウィーンにある寅さん公園

ウィーンで撮影された映画はいくつもある中で今でも世界的に根強いファンがたくさんいる「第三の男」が一番知られているでしょうか。この映画は今見ても十分おもしろい昭和24年(1949年)の白黒映画で、カンヌ映画祭でグランプリを受賞しています。第2次大戦後の占領時代のウィーンの街が万華鏡のように登場し、大観覧車ラストシーンに使われた並木道に訪れる方も多く、私も頻繁に御案内していますし、通常の観光でも第三の男の話はよくします。

それはいいとしてウィーンで撮影された日本の映画があることを御存知でしたか?これは日本の特定の方に知られている寅さん映画です。寅さん映画は全48作あり、その中の41作目の男はつらいよ「寅次郎心の旅路」は1989年のウィーン市との協力のもと、ウィーンの街で撮影されていて、しかも寅さんが出演しているシリーズの唯一の海外ロケです。この映画でもウィーンの街が万華鏡のように登場し、しかも前述した「第三の男」の影響も映画の中に少し見られます。

ストーリーを書くと長くなるので、手短にまとめますが、寅さんがエリートサラリーマンの坂口兵馬(柄本明)を助けて、彼の行きたい場所がこのウィーン・・・しかし、九州の湯布院と勘違いしてしまう寅さん、その後二人でKLMオランダ航空でアムステルダム経由でウィーンに到着。坂口はウィーンの街に感動し、逆に全くウィーンの街に興味を示さない寅さん・・・そんな時に私のような現地ガイド役で竹下景子さんが日本のグループを連れて登場し、その可愛らしい彼女に惹かれて一緒にバスに乗り込んで市内観光を・・・。自分の止まっているホテルさえ思い出せない寅さんと竹下景子さんが繰り広げる人情あるシーンは印象的で、ウィーンの街やヴァッハウ渓谷などの名所が多く登場します。しかも、この映画の中には当時のウィーン市長であったHelmut Zilk(ヘルムート・ツィルク)さんも出演しているんですよ。地元ウィーンでは全くと言っていい程知られていない映画であり、尚且つ自分の街の市長さんが日本の映画に出てることなんて地元での関係者以外は誰も知らないでしょうね。そんなことからウィーンの一角には寅さん公園(Tora-San- Park) があります。

この話題は何年も前から話題にしたかったのですが、今頃になってしまいました。

 

 

 

ウィーンは23区で成り立っていますが、ウィーン21区のFloridsdorfと東京の葛飾区は1987年11月2日より姉妹都市関係にあり、そんなことから21区の一角にこのような寅さん公園が作られました。実際に寅さん映画の中で終盤に登場するホイリゲがこの21区の一角にあり、撮影された空間は今でもそのまま残されています。ちなみに私はここのオーナーと数回話をして、自分もお客さんとして行ったこともあります。

余談ですがオーストリアの街やウィーンの区と日本の街や区は多くの姉妹都市関係があるんです。

 

 


 

寅さん公園の入口にはドイツ語と日本語でこの公園の由来について書かれています。しかもここはウィーン市が管理する公園ですから、Stadt Wien のロゴが見られます。地元の人がここをよく散歩していますが、果たしてこれを見てどう思うんでしょうね。

 


 

ここには寅さんが写真のように記念として石板に登場しています。日本の映画ですからどことなく日本庭園的になっていますね。白い小石が見えますが、これは実際には固めてあるものでこの上を歩いても崩れません。カエデが6本ここに植えられています。

 

 


私は寅さんのファンではありませんが、ウィーンの街が大好きなこともあり、「第三の男」やこの「寅次郎心の旅路」で登場する実際のロケ地がどこであったか興味がありましたので、時間を見つけては探し歩いていました。

私はこの寅さん映画のロケ地をどこで撮影されたかウィーンやヴァッハウ渓谷においての全てのシーンを100%ピンポイントで特定できます。

映画で登場するマダムの個人宅の中には入れませんが、マダムの家もどこだかわかります。

(スタジオで撮影されているシーンもあるはずですので、それは別として)

第三の男もほぼどこで撮影されたか特定できます。

 

今年の5月の始め、私のこのホームページから声をかけて頂いた寅さん大ファンのお客様と4日間御一緒しました。

この方は時間を見つけては寅さん映画のロケ地を巡り歩いている方で、寅さんが実際に演じた場所で、しかも映画で見られるシーンと全く同じ角度から撮影するという目的でした。これは私もとても印象に残る楽しい4日間で、寅さん映画の可能な限り全てのシーンでの撮影場所を御案内し、もちろんこの寅さん公園にも行きました。

自分の興味で調べていたことが、こんな形で御協力できるとは思ってもみませんでした。

そのお客様は寅さんロケ地に関するホームページを制作していらっしゃり、ウィーン編は時間を見つけてアップされるということです。

ここでそのホームページを御紹介しますね。http://寅さん.com/index.html

 

 

 

 

 

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ヒルシュシュテッテン花壇庭園にあるイギリス式庭園

このコーナーでよく話題にするBlumengärten Hirschstetten der Stadt Wien (MA42)(ブルーメンゲルテン・ヒルシュシュテッテン・デア・シュタットヴィーン)・・・ヒルシュシュテッテン花壇庭園は60.000m²もある広大な植物庭園で、24の文化小屋、温室、大きなグラスハウス3つを始め至る所にありとあらゆる植物が植えられていて、うちのお気に入りのスポットのひとつで、6月の24日にもまたヒルシュシュテッテンの花壇庭園に行ったことについて書きました。

この花壇庭園には去年の5月1日にオープンした8つの異なる庭も人気のあるスポットとして定着してきましたが、ここには地元の人もかなり見逃しているイギリス式庭園があります。

 


 

ヒルシュシュテッテンのイギリス式庭園は厳密に言うと花壇庭園の外側にあります。

ここには通常の正面入り口と東側入口,北側入口の3つがありますが、このイギリス式庭園は東側の入口のすぐ横の方に造られています。

 

イギリス式庭園はヨーロッパ庭園スタイルのひとつで、よくフランス式庭園と比較されます。

フランス式庭園はシェーンブルン宮殿のように人工的、左右対称的幾何学模様に対して、イギリス式庭園は自然の景観美を特徴としています。

 

あまり目立たない入口から入ると、奥行きがかなりある大きな長方形的空間で、真ん中には何も植えず、両脇にEnglische Rosenを始め、色々な花が植えられています。

さらに奥にももうひとつの大きな長方形的空間があります。

ヒルシュシュテッテン花壇庭園のイギリス式庭園は2004年、イギリスの庭園設計士Phillippa O´ Brienのプランによって造られました。

 

 


 

2つの空間の間には円形状の池があり、周りを歩くことができるようになっていて、くつろげるベンチが置かれています。

このベンチに貼ってあるステッカーはウィーンの街中で至る所に見ることができます。

 

このヒルシュシュテッテンの花壇庭園は中心から離れているのか残念ですが、公共交通機関を使用してちゃんと行くことができます。

ヒルシュシュテッテン花壇庭園の行き方を参照して下さい。

 

 

 

 

 

 

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アイゼンシュタットのハイドン博物館

ウィーンは音楽の都として世界的に知られています。

モーツァルトやベートーヴェンは音楽に詳しくない方でも知っていますね。

でも音楽家の跡はウィーンだけではなく、オーストリアの様々な場所にも点在しています。

最もウィーンは帝国の都であったゆえに当然作曲家達も多く集まることになりますが。

 

さて、著名な音楽家としてモーツァルトやベートーヴェンの大先輩でもあり、晩年はヨーロッパでも大変に尊敬されたハイドンがいますが、このハイドンがオーストリア人であることを知らない人が意外と多いんですね。

通常のウィーンの観光で音楽をテーマにしたツアーでもない限りウィーンのハイドン博物館を御案内することはまずありません。

でも旧市街の徒歩観光をしている時にはハイドンが皇帝賛歌を作曲した場所をよく御案内することはあります。

 

そこで今日はハイドンを少し話題にしますがウィーンではありません。私はここをすでに仕事でもプライバートでも何回も訪れていますが、4月の終わりにも行く機会がありました。

 

ここはブルゲンラント州の州都であるアイゼンシュタットにあるハイドンの家で博物館となっています。

ここはハイドンが34歳から12年間住んでいた住居で、アイゼンシュタットのメイン通りと平行する閑静な通りで、ハイドンに因んでJoseph-Haydn-Gasseと名付けられています。

 

34歳と言えば彼がエスターハーズィ家の楽団長に就任した年で多忙極まる生活をしていた時です。

エスターハーズィ家はハンガリーの大貴族でハイドンが29歳から40年近く仕えました。

このアイゼンシュタットにはこの街のシンボル的なエスターハーズィ宮殿があります。

 


 

建物の中にはさらに閑静な中庭があり、右側に入口があります。

そこを入るとすぐに左に階段がありますが、入場料を先にその右側にあるショップで支払ってからその階段を上がります。

2階はかなりの部屋数があり、ハイドンが住んでいた当時の間取りの模型やアイゼンシュタットの当時の風景、作曲家に関する様々な資料が展示されています。

 



 

ハイドンが愛用した楽器やベット、肖像画やデスマスクなども見られます。

当時の著名な作曲家達との交流があったこと、ハイドンのオペラのシーンなど内容が大変充実しています。

ウィーンのハイドン博物館はかなり建物が密集した所にありますが、ここは環境が全く違い

のんびりしていて訪れる価値大です。

 


 

ハイドンは1732年3月31日にウィーンから車で東に50km弱走ったRohrau(ローラウ)という Niederösterreichの一角で車大工職人の父のもと、12人の子供の2番目として生まれました。両親は楽譜を読むことができませんでしたが、 ハイドンの記憶によれば家族や隣人達と頻繁に歌を歌っていたということです。

 

小さい頃から音楽的才能を見い出されたハイドンは、6歳の時にHainburg an d.Donauの

親戚の家に行かされ、そこでウィーンのシュテファン大聖堂音楽学長ロイターの目に留まったのが8歳の時でした。

彼はハイドンをウィーンに連れて行き、ハイドンは9年間合唱団で学びます。

そこでチェンバロ、バイオリン、声楽も学びます。

1749年に変声期のため、シュテファン大聖堂の合唱団を辞めることになり、ここからフリーの音楽家としてウィーンの街にそのまま残ります。

この時期彼にとってはまだまだ修行の時期で、音楽的に欠けていた部分を補うために勉強に勤しんでいました。

おそらく彼にとって最初の大きな音楽家としての仕事は1757年にボヘミアのモルツィン伯爵の小さなオーケストラの楽団長でした。

1760年にハイドンはマリア・アンナとウィーンのシュテファン大聖堂で結婚をします。

モルツィン伯爵の経済的事情からハイドンは辞めざるおえない状況となりました。

しかし、その後まもなくの1761年、彼が29歳の時にハンガリーの大貴族であるエスターハーズィ家の福楽団長として仕えることから始まり、その5年後には楽団長として、作曲活動、楽団の世話、演奏活動等多忙な生活を送ることになります。

 

アイゼンシュタットのエスターハーズィ宮殿にあるハイドンザールは有名です。

彼が58歳の時の1790年に楽団が解散されたことをきっかけに年金生活となります。

この頃からハイドンは拠点をウィーンに定めます。

1790年~1792年,1794年~1795年と2回にわたるイギリス旅行をするハイドンですが、

その旅行の間の1793年61歳の時にハイドンはウィーンに家を購入し、65歳から住み始めて最終的にそこで77歳老衰で亡くなりました。

 


 

アイゼンシュタットはウィーンからも国鉄やバスを使って比較的簡単に行くことができますのでウィーンからのちょっとした小旅行を考えている方にはお勧めです。

 

 

 

 

 

 

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頂上に設置されているVIEWER

ウィーンの街は緑がとても多い街でくつろげる場所が無数にあります。

"森の都"を街中でも実感します。

でもちょっとウィーンの外に出れば本当のウィーンの森が広がり、その先は山が徐々に高くなっていきます。

それもそのはずウィーンの森はアルプスの一番東側に位置していますから、ウィーンの森と呼ばれていますが、アルプスの一部だったわけです。

オーストリアはヨーロッパアルプスを大きく横たえて持っている国ですから、ウィーンの森を始め、手軽に楽しめるハイキングコースから本格的な登山まで無数のコースがあります。

 

私も時間がある時には家族と頻繁に郊外に出かけています。

うちのお気に入りの場所のひとつに"水の世界のハイキングコースMYRAFÄLLE"があり、

ここはMyrabachという川沿いにある滝を上がって行くハイキングコースです。

このハイキングコースは水の世界だけでなく、Niederösterreichの最高峰であるSchneebergが美しく眺められることでも知られています。

 

そのハイキングコースでは標高664mのHaussteinの頂上に行くことができます。

そこにはGipfelkreuzという十字架が立てられています。

そこからの眺めはとても素晴らしいものがありますが、そこには下の写真に見られるように奇妙な物が設置されています。

 

 

一瞬これは何だろう・・・望遠鏡のようなものだろうと思って近づいてみると人が覗けるようになっています。

覗いても望遠鏡ではなくて中は空洞で、そのまま奥に景色が広がっています。

上の写真に見られる小さな長方形の中には奥の方に空が見えますね。

 

こんな形をしています。

覗く側が狭くなっていて奥に広がって行く形になっています。

実はこれは人が肉眼で覗いて景色を楽しむためのものではなく、この狭い所にカメラを設置して絶好のビューポイントを撮影するためのガイド機能だったのです。

実際にやってみると確かに素晴らしい景色が固定されて写真が撮れます。

しかも外からの光がある程度遮られる効果もあります。

 

 

この装置の横に実際に説明が絵で描かれています。

また中のそれぞれの面に本来の景色が反射して特殊な効果を持った写真を撮ることがきるのも特徴のひとつです。

 

WIENER ALPENと書いてありますが文字通りウィーンのアルプスです。

実際にはウィーン近郊に広がるアルプスですね。

この装置はパノラマ風景が見られる所に意外と多く設置されています。

例えば世界遺産にもなっているセンメリング鉄道の"20 -Schilling -Blick"という有名な眺めが見られる所にも設置されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

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クレムスの"Steinertor"

世界遺産にもなっているヴァッハウ渓谷はドナウ河の最も美しい所であり、船下りがあることで知られています。

私もシーズン中頻繁に御案内していますが、個人的にも大好きな所です。

メルク修道院で有名なメルクから船下りが始まり、多くはデュルンシュタインで下船することになりますが、終点はクレムスです。

クレムスの船着き場はクレムスの中心からちょっと離れていますが、クレムスの街は美しくて可愛らしいオーストリア典型的な郊外にある歴史を感じる街です。

今日はそのクレムスの街のシンボルについて少しまとめておきます。

 

 

クレムスの街はバーべンベルク王朝時代からで、995年に"Cremisa"とうことで記録に登場しています。

またヴィレンドルフのヴィーナスと同様に旧石器時代のものも発掘されている歴史ある場所でもあります。

クレムスのシンボルと言えばこの

Steinertor (シュタイナートーア)です。

このSteinertorは当時4つ存在した城門のひとつで、現在はこれしか残されていません。

Torは門という意味です。

真ん中の塔の一角には15世紀の終わりである1480年と記され、ハプスブルグ家の皇帝フリードリヒ3世の有名なモノグラム"AEIOU"を見ることができます。

これはいくつかの解釈がありますが

(Alles Erdreich ist Österreich untertan)・・・オーストリアは全世界の支配者であるというような意味です。

この城門は1477年にハンガリー軍との戦いで壊されて、その後修復が余儀なくされたことを物語っています。

この城門はもちろんクレムスにあった城壁に組み込まれていました。

15世紀終わりでも真ん中の塔はゴシック様式ではなくバロック様式となっていて、マリア・テレジア女帝の時代である1756年に作られました。

 

真ん中の塔だけでなく、この門の両側にあるゴシック様式の塔もそれぞれ通り抜けができるようになっています。

このSteinertorを抜けた抜こう側にクレムスの中心が広がっています。

 

 

塔の部分には3つのワッペンを見ることができます。

一番左はこの街クレムスのワッペンです。

1463年に皇帝フリードリヒ3世がこのクレムスの街に与えたもので、現在でもこの街の紋章として使われています。

赤い舌を出した金の双頭の鷲で、皇帝の帝冠が間にあります。

 

真ん中のワッペンはマリア・テレジア時代のハプスブルグ帝国を表します。

双頭の鷲の上にはM.T.というロゴが見られます。

 

一番右側は2つのワッペンが並んでいますね。

左側はオーストリアではお馴染み"Bindenschild"で、右側はシュタイヤーマルクの紋章にもなっている豹です。

これは1453年~1463年まで使われていた古い街の紋章です。

 

いかがですか?

街の城門ひとつとっても歴史を感じますね。

 

 

 

 

 

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Stammersdorf の Stürmische Tage 2016(シュトゥルムの日)

昨日はウィーンで有名なホイリゲ街であるStammersdorfの"Stürmische Tage" (シュトゥルミッシェ・ターゲ)にちょっと散歩をかねて出かけました。Stammersdorfは観光客が多く集まるGrinzingとは違って、昔ならでは本来のホイリゲが多く並んでいて、ウィーンのStadtwanderwegと呼ばれるハイキングコースにも含まれています。

"Stürmische Tage" (シュトゥルミッシェ・ターゲ)は"シュトゥルムの日"ということで、この時期の旬であるシュトゥルムが終わりに近づくことでそれが最後に飲めるお祭りです。

 


 

Stammersdorfのメイン通りからもっと奥に入るとウィーンで最も情緒がある"Stammersdorfer Kellergasse"があります。このKellergasseは地元では有名で名前の通り昔からのワインケラーがたくさん並んでいて多くのホイリゲが営業しています。この界隈は石畳の路地が多くあり、すぐ近くにはぶどう畑もありウィーン市にいるとは思えないのんびりした所で散歩をしていても飽きることがありません。このSatmmersdorfer Kellergasseでは"Wein Tage", "Mailüfterl" そしてこの"Stürmische Tage"の年3回のワインに関するお祭りが開かれ地元で親しまれています。

Kellergasseの入口には多くの人が行き来しています。普段では考えられないこの界隈の混雑です。

 


 

細い路地の両側にはたくさんのWeinkellerが並んでいて、それぞれの店がそこでシュトゥルムを提供しています。

"Stürmische Tage"ですからシュトゥルムが主役になるので、多くの人がシュトゥルムを飲んでいますが、それ以外でももちろんワインやぶどう以外から作った例えばラズベリーのシュトゥルムなども並び、ソーセージや肉、パンや魚などのフード屋台も多く出されています。

 


 

私がこの"Stürmische Tage"で見つけたのはSchilcher Sturm (シルヒャー・シュトゥルム)です。ウィーンでは作られていないはずのシルヒャー・シュトゥルムですが店の人に聞いたらもちろんシュタイヤーマルク産のものだということで、思わず飲んでしまいました。毎年グラーベンでシュタイヤーマルクの業者が屋台を出しますが、ここで飲んだシルヒャー・シュトゥルムもおいしかったです。

 

このようなお祭りもいいですが、個人的にここによく散歩に来る私にとっては静かなKellergasseの方がここらしいと思います。ウィーンの中心からはかなり離れていますが、訪れる価値は十分にあるでしょう。

 

この"Stürmische Tage"は昨日10月8日と今日10月9日の2日間、14:00~24:00まで開かれています。

 

 

 

 

 

 

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秋のベートーヴェンの散歩道 2016年

去年も秋のベートーヴェンの散歩道というタイトルで書いていると思いますが、今年も秋の時期にベートーヴェンの散歩道を訪れました。毎年この時期はある大学の研修旅行があり、ウィーンでは必ずベートーヴェンの遺書の家とベートーヴェンの散歩道を訪れます。この大学の皆さんとはご縁があってもう10年ぐらい御案内させて頂いています。今年は皆さんとザルツブルクからウィーンまで7日間一緒で、全日いい天気で青空が広がる素敵なオーストリアを御案内できました。ひとつ残念だったのは遺書の家が改装中だったのでオープンしていなかったことです。

でもベートーヴェンの散歩道には行き、学生さんの先輩達が毎年歩く所を歩いて頂きました。

 


 

この日はザルツブルクルツカンマーグートを経由し、修道院で有名なメルクの街で昼食をとりました。ヴァッハウ渓谷を経由している時間はなかったので、直接A1高速道路からS33、S5を経由してウィーンの街には北側からは行って来ました。そしてそのままEroicagasseとKahlenberger Straßeが交わっている所でバスを降りて、そこからベートーヴェンの散歩道へと入って行きました。日本のガイドブックでは"ウィーンの北の森"とい項目でよく紹介されているかもしれませんが、この辺りはウィーンの森ではなく、森の入口と言った方がいいでしょう。

ウィーンでも郊外の雰囲気を味わえて、すぐ奥にはぶどう畑があり、歩いていても楽しい所です。ベートーヴェンの散歩道に沿って第6交響曲の田園に登場する小川が流れています。その小川に沿ってずっと歩いて行くと、左に小さな橋があり、そこから二手に分かれます。上の2枚の写真は上の方の道で、落ち葉がたくさんあり、緑の間からの木漏れ日が素敵です。

 


 

情緒ある街灯にはBeethovengangという表示があり、ここで写真を撮るのもこの大学の皆さんの伝統となっていて、さらに歩いていくとウィーンでは一番古いベートーヴェン像が立っています。この像の前でも集合写真を撮る伝統があります。ここまで歩いて私達はベートーヴェンの散歩道を引き返さずバスに戻って次の観光ポイントに移動しました。

 

 

このウィーンこぼれ話のコーナーでもベートーヴェンに関することは結構取り上げています。

 

 

 

ハイリゲンシュタットの遺書の家ベートーヴェンのデスマスク第9交響曲の家第9交響曲の家 2第9交響曲の家 3交響曲第6番田園の小川ベートーヴェンの記念像ヘレーネ渓谷のベートーヴェンの跡ウィーン21区のベートーヴェンの滞在場所ベートーヴェンの最後の住居中央墓地ウィーンのベートーヴェンの散歩道にあるベートーヴェン像、も参照して下さい。

 

 

 

 

 

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Schneeberg(シュネーベルク) 3

今日はSchneebergの最終回です。この時は天気は良かったのですが風が強かったので、Klosterwappenまでは行かずにWaxriegelを含めた界隈のハイキングを楽しんだり、近くの山小屋レストランで軽くお茶して帰りました。

 

そうそうちょっと大事なことに触れるのを忘れそうになりました。

Schneebergbahnは帰りの電車を決めて予約することです。混んでいない時は飛び込みでも問題ないですが、シーズン中の天気がいい時はかなり混雑します。登山電車は立ち席が禁止なので座席数が限られているわけです。

そのため、頂上駅に着いたら散策を楽しむ前に帰りの電車の予約をしましょう。

上りの時も座席がいっぱいになったら乗車できませんから、時間的余裕をもってここに来ることをお勧めします。

 

さて最終回の今日はこのSchneebergからの眺めを掲載します。

 

 

 

Hochschneeberg山頂駅からちょっと前に歩けばこのような美しい風景に出会えます。

 

 

SchneebergはNiederösterreichで一番高い山なので、周りはここよりも低い山ばかりです。アルプスには無数の山が存在し、様々な地域の呼び名があります。奥の方にも山が連なっているのがよくわかります。

 

 

これは山頂駅に向かって行くSalamanderbahnです。後ろにエリザベート教会が見えるこの場所を登山電車が走っているこの光景は有名です。

 

 

Hochschneeberg山頂駅からその周辺にかけてはかなり広い視界が開けた高原でとても気持ちよく歩けます。

 

 

こちらは1枚目の写真と同じ方向ですが撮影した場所が違い、また時間も14:00頃で2時間以上も後です。

雲がかなり少なっていて青空が広がっています。

 


 

上での美しい風景とハイキングを楽しんで再びSalamanderbahnで麓のPuchberg am Schneeberg駅に戻って来ました。ここから上って行く時に見えるSchneebergは雲がなくなっていて全体を見ることができ、エリザベート教会までもハッキリ見えていますね。

 

20年以上前にここに来た時には行きは登山電車を使い、帰りは歩いてここまで戻ってきました。

ここは様々なハイキングの可能性があり、地元の方はそれぞれの楽しみ方で自然を満喫しています。

 

ここはチロル地方で見られるような高くて深い谷ではありませんが、豊かな地形と美しい風景です。これを見るだけでもここに来る価値は十分にあると思います。

 

 

 

 

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Schneeberg (シュネーベルク)2

今日は昨日のSchneebergの続きです。

Puchberg am Schneebergから出発してのんびり揺られながら30分後、途中駅のBaumgartnerでは上から来る車両との待ち合わせをします。

 

 


 

ここでは約5分停車します。ここではその作り立てのBuchtelを食べることができますので、それを買おうとする人がたくさん車両から降りてきます。私もひとつ買いました。それとは別に外の新鮮な空気を吸おうとする人も多く降りてきます。小休止ですね。ここまで来ると左上の写真のように目前にSchneebergが見られます。

この停車中には多くの人がカメラを構えていて、景色やSalamanderbahnの写真を撮っています。

右は停車中のSalamanderbahnです。しばらくすると車掌さんが出発の合図をしてくれますので、急いで車両に乗り込みます。

 

麓のPuchberg am Schneeberg駅からSalamanderbahnに乗って40分後に山頂駅Hochschneebergに到着しました。

天気は良く、すでにたくさんの人で賑わっていました。気温は16℃でしたが思ったよりも風が強かったので体感的には寒く感じました。しかし、太陽が当たる所に行けばかなり暑く感じ、十分半袖でも過ごせます。

 


 

上の写真は山頂駅のHochschneebergです。線路領域には柵も全くなく、自由に行き来することができます。

駅舎には電車のモデルになっているサラマンダーが描かれていますね。

この奥には山小屋風のレストランがあり、くつろぐことができますがこの時はここには入らずにこの界隈のハイキングを楽しみました。右の写真は山の上に十字架が見られますが、Waxriegelで標高1.888mのSchneebergに属するひとつの山です。

 


 

Waxriegelへは基本的にどこからでも上って行くことができますが、数か所にしっかりとしたコースがあります。

左上の写真はWaxriegelに立てられている鉄の十字架です。ここからの眺めもとても印象的です。

右上の写真はこのWaxriegelからHochschneeberg駅方面の眺めで、小さなドーム屋根の教会が立っていますがここのシンボル的なエリザベート教会です。

 


 

このWaxreigel周辺には気持ちよく歩けるハイキングコースがいくつかあります。上の写真に見られるように高原で、岩があちこちに飛び出しています。この変になると高山植物も多く咲いています。

このSchneebergの最高点Klosterwappen(標高2076m)へはこの辺りからさらに1時間程歩きます。

 


 

左の写真ではかなり高い所にWaxriegelの十字架が見られます。

多くのハイキングコースをこの道標で確認することができますね。実際にこの周辺に数泊してのんびりハイキングを楽しむ方に多く出会いました。

手軽なハイキングから数時間歩く本格的なハイキングまでオールマイティーに楽しめます。

 

ここからの眺めはやっぱり素敵です。

その眺めは明日の最終回に御紹介致します。→ Schneeberg(シュネーベルク)3

 

 

 

 

 

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Schneeberg (シュネーベルク)

ウィーンはかつての帝国の都であり、ヨーロッパ文化が凝縮した上品で荘厳でとても奥が深い街ですが、オーストリア自体も国内に無数の見所が点在していて魅力が尽きない美しい国です。私は仕事でもプライベートでも色々な所に出かけてますが、今日は地元でも有名なSchneeberg(シュネーベルク)を話題にしたいと思います。

実はSchneebergのことはずっと前からここで書きたいと思っていましたが、結局機会がなくて今頃になってしまいましたが、最近8月にまたここに行ったのでテーマにしたくなりました。

 

Schneeberg (シュネーベルク)はオーストリアアルプスの一角で標高2076m、Niederösterreichの最高峰です。

Schneebergは日本語では"雪山"なんて直訳になり、ウィーン中心部から直線距離で60km弱南に位置しています。

地元ではこの辺を南アルプスとかWiener Alpenなどと呼ばれています。

ここはウィーンの森南方面に行くと5月始め頃まで雪が残っていて白くなっている姿が遠くに見られますし、ウィーンの街からでも場所によってはSchneebergが眺められます。ここは地元で有名なハイキングコースでもあり、アプト式の登山鉄道が通っていて楽しく快適に上まで上って行くことができます。

 


 

Schneeberg に行く時にはこの登山鉄道の始発であるPuchberg am Schneebergという街に行きます。ここはウィーン中心部からは車で80km程走った所で、ここはSchneebergを楽しむ方が多く集まる麓の街です。

うちはいつも車でここに来て、登山鉄道を利用します。

上の2枚の写真はPuchberg am SchneebergにあるPuchbergの駅で、ここからSchneebergbahnが出発します。

駅も現在はモダン化されて、利用客に分かり易く暖かい雰囲気になっています。多くの人はこの登山電車の終点であるHochschneebergまでとここに戻って来る往復チケットを買いますが、片道分だけ、もしくは途中駅であるHengsthütteまでの往復券も販売されています。それぞれのスタイルでハイキングを楽しむ方が多いためです。

 


 

左の記念プレートはこのSchneebergが建設された当時のもので、フランツ・ヨーゼフ1世の名前が見られ、この駅舎の隠れた部分に置かれています。チケットを買って外にホームに出ると目前にSchneebergが見られます。この日のこの時間は雲がまだ多く、しかし青空が見られる期待できる天気でした。

 

 

Schneebergと麓の街Puchberg am Schneebergの見取り図です。左の方へ向かっていて、またSchneeberg側にカーブしている白い縞模様の線が登山鉄道です。この登山鉄道に乗って40分程で標高1800mのHochschneebrgという山頂駅に向かいます。

 


 

上の写真に見られるSchneebergbahnはSalamander Zahnradbahn (サラマンダー・ツァーンラートバーン)とか単純にSalamanderbahnとかSalamanderzugと呼ばれているアプト式鉄道で、実際にこの地域に生息しているサラマンダーに由来しています。このSchneebergbahnはこのSalamanderbahnと時間によってはレトロな蒸気機関車が走ります。この登山鉄道は以前オーストリア国鉄の運営でしたが現在ではNÖVOG (Niederösterreichische Verkehrsorganisationsgesellschaft m.b.H.)が運営しています。

上の写真はサラマンダー鉄道で、電車の模様が印象的ですね。アプト式ですから線路の間には歯車が噛み合うレールが見えています。

 

 


 

車内の雰囲気です。アプト式鉄道のわりには乗り心地は悪くありません。

Puchbergから出発しHengsttal, Hengsthütte, Baumgartner, 終点のHochschneebergと途中3つの駅に止まります。

途中駅のBaumgartnerでは地元で有名な作り立てのBuchtelnが食べられます。これはまたいつかこのコーナーで紹介します。

時折下に広がるのんびりした風景を楽しみながら40分でHochschneebergに到着します。

 

 

 

<Schneebergbahn>

 

19世紀後半になると山岳地域に行くことがひとつの流行りとなりました。このSchneebergの一番最初の山小屋は年間で1万人を超える訪問者数となり、ここに鉄道を建設しようという考えは現実的になって行きました。この鉄道の最初のプランは1872年で、1885年には技術者TauberがWr.NeustadtからPuchberg am Schneebergまでのライセンスを取得しています。1895年12月にはPuchberg駅の工事が始まり、1897年6月1日にはBaumgartnerまで開通し、同じ年の9月25日にはHochschneebergまで開通しています。1902年6月18日には皇帝フランツ・ヨーゼフ1世がここを訪れています。1937年には前述したようにオーストリア国鉄 (ÖBB)の管轄となりますが、1997年からÖBBとNÖVOG (Niederösterreichische Verkehrsorganisationsgesellschaft m.b.H.)のパートナー運営となりましたが、2012年からは100%NÖVOGに所属することとなりました。

Wr.Neustadt~Puchberg am Schneebergは28,205km、1435mmの線路幅、

Puchberg am Schneeberg~Hochschneebergまでは9,805km、1000mmの線路幅です。

Pcuberg駅 の標高は577m、頂上駅Hochschneebergの標高は1.796mですから結構な高低差がありますね。

 

Hochschneeberg駅に着いたら素晴らしい眺めと多くのハイキングコースが楽しめます。

その続きはまた明日にしたいと思います。→ Schneeberg (シュネーベルク)2

 

 

 

 

 

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ベルヴェデーレ下宮の美しいフレスコ画

バロック建築がシェーンブルン宮殿以上に美しいベルヴェデーレ宮殿も一般の団体ツアーでは頻繁に訪れます。

ここからのウィーンの中心部に向かっての眺めが印象的であり、しかもオーストリアギャラリーという重要な美術館になっています。

中でもクリムトの接吻がここにあることは有名です。

その接吻があるベルヴェデーレ上宮の大理石の間にある天井フレスコ画も一見の価値がある素晴らしいものです。

 

このベルヴェデーレ宮殿は入場観光する時も圧倒的に上宮が多いわけですすが、個人的には

下宮も好きです。

上宮よりも少し早い1716年に建築された下宮ももちろんバロック様式で、プリンツ・オイゲンのプライベートの住居として使用されていましたが、ここにも大理石の間があり、そこの天井フレスコ画も素敵です。

 

 

この素晴らしい天井フレスコ画が見られる場所は下宮の中央です。

このフレスコ画は1657年にナポリで生まれ、1745年ウィーンで亡くなったバロック時代の画家Martino Altmonte

(マルティーノ・アルトモンテ)によるものです。

中央フレスコ画の外側の神殿のような部分はMarcantonio ChiariniとGetano Fantiによるものです。

Gaetano Fantiはメルク修道院のフレスコ画も手掛けています。

上宮のフレスコ画と同様に神殿部分は垂直にせり立ったように見えるだまし絵です。

この空間も赤茶色の化粧漆喰大理石装飾で、窓を通して入る光も印象的で、白の装飾やレリーフがこの空間に壮麗さを与えています。

 

 

 

このフレスコ画は空間に対して斜めに描かれていて、画面の上の部分には勝利の車に乗っている太陽の神アポロが見えます。

あけぼのの女神アウローラ(エオストレ)がその前にバラの花を敷き一日の始まりを告げています。

その先頭にはフォスフォラスが松明を持って闇を照らしています。

この昼と夜の対比は生命の循環を象徴しています。

画面の左側の方に雲に乗っているミューズ9人がいます。

これはプリンツ・オイゲンの芸術の学問などを象徴します。

プリンツ・オイゲン本人も画面右側に裸体の若い男性として登場していて、メルクリウスからローマ教皇からの贈り物についての知らせを受けています。

 

この場所はこの天井のフレスコ画と共に素晴らしいバロック空間を演出しています。

 

 

 

 

 

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最近またウィーンの森へよく行く

仕事でザルツブルクに4日間滞在していて、昨日の夜ウィーンに戻って来ました。

毎回そうですが、ウィーンに戻ってくるとホッとします。

 

ウィーンの街はヨーロッパ文化が凝縮したとても奥が深い街ですから、観光内容も様々なバリエーションになるわけです。よくここに書くようにシェーンブルン宮殿には頻繁に行き、またリンク道路をバスで周ることもパッケージでは定番となっています。ウィーンの街以外で郊外観光と言えば、ヴァッハウ渓谷やウィーンの森が年間を通して多くあります。もちろんザルツブルク、グラーツ、ブルゲンラントなどの遠くに行くこともありますが、日帰り観光としてはヴァッハウ渓谷、半日郊外と言えばウィーンの森が時間的にもちょうどいいです。

先日またウィーンの森を御案内することがありました。皆さんと行くウィーンの森というとたいてい南方面に行きます。こちらはウィーンの外にあり、とても個人で行くには不便で、しかも見所が点在しているからです。

個人旅行ではベートーヴェンゆかりの地であるハイリゲンシュタットにある遺書の家ベートーヴェンの散歩道カーレンベルクなどがある北の森を訪れることが多いでしょう。こちらはウィーン市の中に入っていてまた公共交通機関でもある程度アクセスできるので行き易いですね。でも実際はベートーヴェンの遺書の家界隈は森というよりも森の入り口で郊外の雰囲気です。南方面の場合は文字通りウィーンの森の中を走ります。

 

ウィーンの森南方面ではカトリックの重要な修道院ハイリゲンクロイツやルドルフ皇太子が悲劇の心中自殺を図ったマイヤーリンクヨーロッパ最大の地底湖ゼーグロッテなどは定番で、それ以外に温泉街バーデンリヒテンシュタイン城、シューベルトゆかりのレストランヘルドリッヒスミューレなど色々な組み合わせが可能です。

この時はある夏の日の午前中のウィーンの森観光で、ヘルドリッヒスミューレやハイリゲンクロイツ修道院、そしてマイヤーリンクの内容でした。天気がいい絶好のウィーンの森日和でしたのでいくつかその時の雰囲気をお伝えします。

 


 

こちらはシューベルトが好んで滞在したHöldrichsmühle (ヘルドリッヒスミューレ)で、ウィーン中心から車で22km南へ走ったHinterbrühlにあります。この時期だと窓辺に花が飾られていてとても情緒があります。

ここは何といってもシューベルトが仲間とよく訪れ、そして有名な「菩提樹」の発想を得たレストランとして知られています。シューベルトは1820年~1826年の間に何回もここを仲間と訪れ、この地域で森の散策を楽しみ、自然の美しさに触れることを好みました。

 

 

こちらはマイヤーリンクです。ルドルフ皇太子が心中自殺をした所とは思えないのどかな雰囲気です。ここは現在カルメル会の修道院となっていますが、礼拝堂と一部が博物館として公開されています。ここは2014年の10月9日からリニューアルされていますので、依然と比べると展示物も充実し、見学にも依然と比べると時間がかかるようになりました。  → 新しくなったマイヤーリンク

 

こちらはマイヤーリンクの礼拝堂を背にして正面を見た風景です。画面左側に駐車場が見えます。ウィーンの森の山が目の前に迫っていてのんびりした美しい風景が楽しめます。ウィーンの森はたくさんの山から成り立っていて、その山の中に小さな街が点在しているわけです。この辺りはハイキング天国でもあり、地元の方が自然を楽しみにやって来ます。実際にウィーンの森で休暇を過ごすという人も多いです。

ウィーンの森は"森"という言葉こそ使われていますが、実際はヨーロッパアルプスの一番東側に位置していますからアルプスの一部であり、アルプスの始まりでもあり、終わりの部分でもあるわけです。厳密に言えばウィーンの北の森のレオポルヅベルクが一番の端っこということになります。

 

 

 

 

 

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世界一美しいと言われる図書館プルンクザールで見た光景

私の大好きな空間のひとつして国立図書館のプルンクザールがあります。

最近ここは日本でもかなり知られてきていて、観光中に質問もよく受けるようになり、

実際にここを御案内することも多くなりました。

"Prunksaal"(プルンクザール)は王宮の一角に位置し、

世界で最も美しい図書館のひとつと言われています。

実際にこの中に入ると息が止まります。

77.7mのバロック様式の大空間と天井ドームのフレスコ画が素晴らしい内部空間です。

外から見ただけではこの中にこんな美しい空間があるとは全くわかりません。このプルンクザールは国立オペラ座を背にして王宮のアウグスティーナー教会沿いに歩いていくとヨーゼフ広場というコの字型の広場に出ますが、その広場にここの入り口があります。

 

先日、このプルンクザールをあるお客様に御案内した時にはちょっといつもとは違って、

専門の係が作業をしていました。

 

何をしていたかというと、このプルンクザールに置かれていた蔵書を本棚から降ろしていたんですね。

左の写真を見て下さい。

手袋をつけている専門の係がバケツリレーのように本棚から本を手渡しています。

一番下の人が受け取った本を大きなワゴンに入れています。

ここには何度となく来ましたがこんな光景は初めてでした。

 

 

 

 

右の写真はそのワゴンで、かなりの台数がありました。

本棚にあった歴史的重要な本がここに順番通り並べられてさらに運び出せるようになっています。

作業中に悪いと思いましたが、ちょっと話しかけてみました。

係の方はとても親切に何をしているのか教えてくれました。

それはこれらの歴史的書物の内容をデジタル化してデータ保存をするという目的だったんですね。

話では定期的に行っているそうです。

歴史的な修道院にはたいてい美しい図書館が存在していて、データをしっかり保存する話はよく聞きます。

このプルンクザールでも同様に歴史的遺産をデジタル化していました。

どの本棚にどの本が置かれていたかをしっかり把握してワゴンに詰め替えています。

 

よく行くこの素晴らしい空間ですが、個人的に専門の係と話せて面白かったです。

 

 

 

 

 

 

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Aggstein(アックシュタイン)の廃墟のお城 2

何気なくヴァッハウ渓谷にあるAggsteinの廃墟のお城について書き始めたら長くなってしまったので2回に分けたいと思います。今日は昨日の続きです。

船下りをしている時にドナウ河からこのお城を見上げるとかなり小さく見えて一部分しか残されていないような気がしますが、実際は奥行きがかなりあって大きな古城であったことがわかります。

 


 

このお城の一番上に行くと廃墟になった窓から外の景色が見られます。ここには普段ドナウ河から見上げて見られるNiederösterreichの旗が掲げられています。改めてここからその旗を見るとちょっと感動です。

右側の写真は反対側の高い所からドナウ河方面を見ています。

 

城内には左上の写真に見られるように"Burgkapelle" (礼拝堂)も作られています。この礼拝堂は15世紀前半の後期ゴシック様式ですが、作られたのはもっと前です。ここでは1436年にはすでにミサが行われていておそらくその頃にJörg Scheck von Waldによって接続されたと思われます。この礼拝堂の西側の壁の一部は自然の岩をそのまま使っています。中世のこのようなお城にはたいてい礼拝堂が作られています。

右の写真はこのお城の地下の一角を使用して中世のヨーロッパのそれぞれの地域のジオラマが展示されています。

 

さて、ここに来る価値があるのは何と言ってもこの高い所からの眺めが楽しめることです。ここからの眺めはドナウ河と周辺の街並み、ヴァッハウ渓谷の地形が見られて最高です。下からは全く想像できない情緒ある景色を楽しめます。のどかなこの美しい場所を多くの船が行き交っているのも風景の一部として絵になります。

 

 

上の写真はドナウ河上流方面に向かっての眺めです。山の高さは決して高くありませんが、ドナウ河が谷間的に流れているのがよく分かりますね。ヴァッハウ渓谷という、渓谷という名前が付くことも肯けます。

 

こちらの写真はドナウ河下流方面に向かっての眺めです。上の写真ともちろん同じ日に撮影していますが、日差しが強いため青空は見られませんが、豊かな地形が見られ風光明媚な風景が広がっています。ドナウ河の水の色は濁ったような色ですが水質は良く、魚だって泳いでいます。このような景色を見るとヴァッハウ渓谷が世界遺産に認めれたことがよくわかります。

 

 

 

 

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Aggstein(アックシュタイン)の廃墟のお城

オーストリアの世界遺産のひとつてあるヴァッハウ渓谷は全長2.800km以上もあるドナウ河の最も美しい部分で、

メルク修道院と組み合わせて船下りをする一日観光がウィーンからも頻繁にあります。個人的にもここは大好きで家族とよく出かけていますが、その時には船に乗ることもあれば、船を使わず車だけで走る場合もあります。

ここは古い歴史ある街、ブドウ畑、古城などが多く点在する風光明媚な景色が広がっています。

今年もこのヴァッハウ渓谷には仕事でもプライベートでもよく出かけていますが、今日はここのまた別の廃墟のお城を紹介します。

 

ヴァッハウ渓谷の廃墟のお城として、デュルンシュタインの廃墟のお城ヒンターハウスの廃墟のお城についても書いているので参照して下さい。

 

こちらはAggstein(アックシュタイン)の廃墟のお城で、メルクから船下りをして、しばらくすると右側の山の上に立っているこの印象的なお城が登場します。右の写真はメルク方面に向かって撮影したもので、山の上にポツンとこの廃墟のお城が立っているのがわかります。下から見ていると道が全くないのであそこまでどうやって行くんだろう・・・と思うのですが国道33号線からちゃんとこの山の上へ行く道が延びていて車でアクセスすることができるようになっています。

下から見ている以上にこの廃墟のお城は実際かなり大きくて奥行きがあります。

 

 

 

このアックシュタインの古城は12世紀の初めにおそらくAggsbachのManegold 3世によって建てられたもので、1181年にはクエンリンガーの所有となります。

その後クエンリンガーのHamar3世とバーベンベルク家のフリードリヒ2世闘争公との争いでここは1230~1231年に占領されますが、フリードリヒ2世の後継者問題でLeutold I. von Kuenring-Dürnsteinがハプスブルグ家のアルブレヒト1世よりも抜きに出て、1295年に再びクエンリンガーによって占領されました。最後のクエンリンガーである Leutold II世が1355年まで所有し、その後荒廃していきます。1429年にハプスブルグ家のアルブレヒトV世がここを入手し、彼の宮廷財政長官であるJörg Scheck von Waldに渡します。アルブレヒトV世はJörgにドナウ河の船の通行を安全にするためにここを再建させ、1438年よりここを通ってドナウ河上流へ行く船に通行税が課せられました。

時が経つにつれて、Jörg von Waldはドナウ河を通行する船を襲う盗賊騎士となっていきました。

その後、1463年にやはり後盗賊となるGeorg von Stainによって占領されますが、彼も1476年にUlrich Freiherr von Graveneckによってここを追い出されます。1477年にはハプスブルグ家のレオポルド3世が自らここを所有することでこの城の奪い合いが終止符となりました。1529年のオスマントルコの第1次ウィーン包囲の時にこの城は焼かれてしまいますが、何度となく再建されました。

1606年にはAnna von Polheim und Parz 男爵夫人の所有となり、彼女の死後1685年に同じヴァッハウ渓谷にあるSchönbühel 城と共にErnst Rüdiger von Starhembergの所有となりますが、1819年にStarhembergもGrafen Franz von Beroldingenに売却し、Beroldingenが1930年まで所有することになります。その後ここは Grafen Oswald von Seilern-Aspangに売却されて、現在まで彼らの所有となっています。

多くの奪い合いや持ち主が変わる歴史をこのAggsteinのお城は持っていたわけです。

 

 

 

上の写真に見られるようにAggsteinの廃墟のお城はこのような形になっているんです。下から見たら全くわかりません。とても奥行きがある細長い形です。12世紀始めに作られたこのお城はクエンリンガーの時代だけでも少なくとも2回は包囲され、占領されていますがその時代に建築された部分も現在まで残されています。

1429年には廃墟となるわけですが、その後も再建や増築が繰り返されてきましたので廃墟のお城と言ってもそれなりの時代の建築様式が見られます。

 


 

入口から中に入ると中世の空気が漂い、真っすぐか左にルートを取ることできます。ここは自分達で自由に動くことができますが、オーディオガイドも提供されています。

左上の写真はドナウ河にそびえている側から奥を望んだ光景で、細長い形であることがハッキリわかります。

真ん中に見えている空間はレストランになっていて食事をすることができ、軽食からメイン、飲み物まで内容も充実しています。うちも見学した後はここでゆっくり腰を下ろして食事を楽しみました。

 


 

左の写真は奥の方からドナウ河方面に向かっての眺めで、お城と奥に見えるドナウ河の雰囲気が素敵です。

右の写真はこのアックシュタインの廃墟のお城の有名な伝説のひとつとなっている場所です。

 

<有名な伝説>

前述したJörg Scheck von Waldがバラの園があると言って囚人達を城の外に閉めだします。そこは断崖の一角であり、囚人達はそこから飛び降りて命を落とす者、そこに残って餓死する者がいたそうです。

 

右の写真はこの廃墟のお城の上の方に位置するその断崖で、今でも伝説に登場する岩の飛び込み台が見られ、安全のため柵で囲まれていて、"Rosengärtlein"と呼ばれています。

 

このAggsteinの古城はしっかりした階段が随所に作られていて歩き易くなっています。

個々の部屋の部分もよく残されていて、廃墟ですが当時の面影を偲ぶことができます。

ここは城内を歩くのも楽しいですが、何と言ってもここからドナウ河に向かっての眺めがとても素敵です。

この続きは明日にしましょう。

 

 

 

 

 

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Kamp (カンプ川)

オーストリアは海こそはありませんが、氷河で形成された美しい湖やアルプスの中を流れる川、そして何と言ってもヨーロッパで2番目に長いドナウ河が流れていますのでとても水が豊富な国です。

オーストリアで一番有名な川、ウィーンを流れる川としてそのドナウ河が真っ先に思いつきます。

ウィーンのドナウ河は人工的に河川工事を施してあり、運河、本流、新ドナウ、旧ドナウの大きく4本あります。

その辺は秋のドナウ河を御覧下さい。

 

そのドナウ河にオーストリアを流れる多くの川が合流します。

その川のひとつに地元でよく知られた"KAMP" (カンプ川)があります。

 


 

Kamp 川はNiederösterreichのWaldviertel (ヴァルトフィアテル)を北へ向かって流れ、その後西から東、やがて南に向かって流れ、ドナウ河に流れ込む長さ153kmの川で、Waldviertelでは一番長い川です。

水源はWeinsberger Wald (ヴァインスベルガー・ヴァルト)というオーストリアでは一番大きな森の一角で、ここの一番高い山がWeinsberg という同じ名前の標高1041mの山です。

Kamp川はこのWeinsbergのすぐ近くである標高920mから流れ出し、ヴァッハウ渓谷で有名なクレムスの東側の標高180mのトゥルン盆地でドナウ河に流れ込み、標高差は740mあります。

 

上の2枚の写真はKamp川ですが、"Krumau am Kamp"という場所で、この地域のKamp川は幅がかなり広くなっているので左上の写真で見られるように湖のように見えます。

このKamp川周辺は7つの地域が共同で"Kleinregion Kampseen"という名称で地域の人々や観光分野で積極的に活動していて、Krumau am Kampはそのひとつです。

これらの7つの地域はKrems-Land とZwettlの行政地域に属しています。

Seenというのは"See"(湖)の複数形で、この辺りは前述したように湖のようで、実際にここで泳いでいる人も多く、周りはちょっとしたハイキングコースになっていて、近くにはキャンプ場やミニゴルフなどもあり、ここで休暇を過ごす地元人やヨーロッパ人が多くいます。

 

右上の写真はハイキングコースを少し歩いて、このKamp川を上から眺めた風景です。

 

 

ボートに乗って遊覧することもでき、川ですが水がとても綺麗です。

オーストリアにはこのような地元で有名な穴場的場所がたくさん存在しています。

 

 

 

 

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またヴァッハウ渓谷へ行った

ウィーンはとても奥が深いヨーロッパ文化が凝縮した街です。仕事では比率的にウィーンの街を御案内することが圧倒的に多いです。ウィーンの街を観光と言っても様々なヴァリエーションがあり、その時によって御案内する場所が違います。この歴史あるウィーンの街をのんびり歩くのもお勧めですが、長く滞在できる方はウィーンの森ヴァッハウ渓谷も是非訪れて下さい。私も仕事ではどちらも年間を通して頻繁に出かけますが、個人的にはウィーンの森よりもヴァッハウ渓谷の方が好きです。ヴァッハウ渓谷はドナウ河の最も美しい所で、船下りをして情緒ある美しい風景を楽しめます。私のこのブログコーナーを定期的に読んで頂いている方は御存知だと思いますが、ヴァッハウ渓谷のことはよく話題にしていて、仕事だけでなく個人的にも家族とよく出かけます。

先日も仕事でヴァッハウ渓谷に行きましたのでその時の雰囲気を今日はお伝えします。

 


 

ヴァッハウ渓谷は全長2.800km以上あるドナウ河の最も美しい所と言われ、オーストリアの世界遺産にも登録されています。よくあるウィーンからの1日観光の場合は午前中メルク修道院を訪れます。メルク修道院はバロックの荘厳な修道院で摩天楼のように断崖に建てられています。バスでウィーンから離れてA1高速道路を使い、メルクで降りて駐車場に来ると左の写真のような風景が見られます。バスを降りてすぐここから写真を撮られる方がほとんどです。ここから修道院まで階段を下りて歩いていきます。ウィーンで見る建造物とはまた違うバロック様式で入口から全部が絵になります。この日は天気が良く、澄んだ青空でしたので、修道院の建物と空の色のコントラストがとても素敵でした。私は自分で言うのは変ですが、強烈な晴れ男でヴァッハウ渓谷に来る時はいつも晴れていますし、アルプス地方に行っても雨に降られることはほとんどありません。雨の中をグロースグロックナー山岳道路を上って行きましたが、昼食を食べている間に1時間だけ晴れて、ちゃんと頂上を皆さんに見て頂くことができた経験もあります。

とことでメルク修道院が今年9月から館内全面撮影禁止となったことは非常に残念なことです。修道院と話をした所、個人客などが度重なる注意にもかかわらずフラッシュを使用して写真を撮る人があまりにも多いことから止むを得ずの措置ということです。

そのため、修道院の内部を少し見たい方は私の過去ブログからご覧ください。

 

修道院の内部見学では修道院の歴史的なことやベネディクトのことなどを知ることができ、様々なものが展示されていて興味深いものがあります。

この修道院の見所は大きく4つあり、大理石の間、バルコニーからの眺め、図書館、教会です。

 

 

何回もこのコーナーに掲載している眺めです。これは修道院のバルコニーから見られるメルクの街の眺めでとても印象的です。これを見るだけでもここに来る価値があると思います。今日は掲載しませんが、このずっと右側の方にドナウ河が見られます。写真にみられる川はメルク川ですからドナウ河ではありません。

ここにはしばらくたたずんでいたくなります。

これを見た後図書館と教会を見学して出口へと向かいます。

 


 

この時は修道院から皆さんとメルクの街へ降りて来ました。ここも素敵でオーストリア郊外にある小さな美しい街を見られます。このメイン通りを行くと反対側の方から修道院が街を支配している姿が見られます。この光景もこのコーナーでは数回掲載していますが、とても印象的ですね。教会の塔がこの時期修復中で、ネットをかぶっているのが残念です。

昼食を楽しんだ後はドナウ河クルーズです。メルク修道院の後ろ側に船着き場があり、そこからドナウ河を下って行きます。

 


 

船下りでは古い歴史ある街がいくつも登場し、古城やぶどう畑が見られヴァッハウ渓谷の美しさを感じることができます。この日も天気がよかったこともあり、船にはたくさんの人が乗っていました。

一番左上はアックシュタインの古城で、右側は船のデッキの雰囲気です。左上の写真に見える廃墟のお城はシュピッツにあるヒンターハウスの古城です。右側は言わずと知れたデュルンシュタインです。

この時ももちろんデュルンシュタインで下船しました。

 

 

最後に定番な眺めで、この眺めは船からしか見ることができません。

教会と廃墟のクエンリンガー城古城ホテルが入ったこの光景何度見ても飽きることがありません。

 

 

 

 

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Fossilienwelt(化石の世界)

オーストリアには観光ガイドブックには載っていない、でも地元では知られている歴史的に重要な場所がたくさんあります。私はオーストリア国家公認ガイドとして様々な場所を御案内していますが、オーストリアが大好きな私にとっては仕事では絶対に行かないような所にも時間があれば家族としょっちゅう出かけています。そのような場所はシェーンブルン宮殿やウィーンの旧市街のように観光客が全くいない、地元人だけが楽しんでいます。今年の夏も色々な所に出かけましたがそのひとつFossilienwelt (フォシーリエンヴェルト)を紹介します。

 

Fosiilienwelt (フォシーリエンヴェルト)は日本語では"化石の世界"という訳でいいと思いますが、ウィーンから北北西にちょっと離れたStettenにあります。

StettenはNierederösterreichのKorneuburgの行政に入る人口1.400人弱の小さな街で、この辺りはKoruneuburger Beckenと呼ばれる盆地で、ドナウ河から15km~20km程の北に位置し、幅が4km~7kmで、Alpenostrandに入り、”アルプスの東端"なんて言う意味になります。

 

 

 

 

 

 

ここは今から1.650万年前の中新世時代は右の写真に見られる地形でした。

紫色で示した場所がここStettenで、ここは河口湾であったことがわかります。

その上の青い点はクロイツェンシュタイン城で、その下にはKoruneuburgの街があります。この河口湾はかなり長く伸びた形で、左の方から流れてきた川がこの河口湾を通り、そして海へと注がれていました。サイ、オオコウモリ、小さな鹿などが陸地で、岸辺にはワニが待ち伏せし、海では貽貝などが増殖し、またイルカやサメがたくさんの魚たちを襲っていたのです。海の浅い所では海牛(ジュゴン目)もいました。今ここは完全に陸地になっているので想像できません。

しかもこの時代のヨーロッパのこの辺りは現在よりももっと南に位置していました。そのような状況からここではたくさんの化石が発見されていて、ガイドツアーのみで見学することができます。

 


 

この日はいい天気でしたが、ガイドツアーに参加する少し前に雨が降り出してきて、この時は傘を持っての見学となりました。ここのハウスガイドさんも傘をさしています。ここはアメジストの世界のように自然の中に作られていて、メインの壮大な化石が見える場所は屋内となっています。外には展望台や遊び場も作られていて入場料なしでここがオープンしている間は自由に入ることができ、散策ができます。この辺に落ちている石は特徴ある石でちょっと化石的な白い石が多いです。

 


 

化石が見られる屋内空間は400m²で、シェーンブルン宮殿の大広間とあまり変わりません。ここでは音と映像と光を駆使したマルチメディアの演出で見る者をタイムスリップさせて別世界に誘い込みます。無数の貝などが巨大な石の塊に化石となって見られ、これ自体がひとつの大きな化石のようです。

ドイツ語では"Riff"(リフ)と呼ばれ、岩礁ですので、巨大な岩礁です。

一般見学ができる岩礁としては世界最大です!

 


 

ここには15.000程の化石の展示があり、展示コーナーもとても充実しています。貝以外にも魚の歯とか、真珠も見られ、この地域で発掘されたものが多く展示されています。

 


 

このFossilienweltではアメジストの世界 3でも見られるように化石を発掘することができます。ここは別料金となっていて30分単位です。ザルのような物を貸してくれますが、発掘した砂の中に化石が入っているかどうか砂をこすのに役立ちます。私も子供と一緒に真剣に発掘してみました。貝とか歯のようなものが結構見つかりました。

 

ウィーンは帝国の都・・・そのイメージが強いので、"遺跡"というイメージは持てても海の生物の"化石"はあまりピンと来ないかもしれませんね。でもここは地元では歴史的にも重要な場所です。

 

 

 

 

 

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Motorikpark (モトリック公園)

ウィーンは"世界で一番住みやすい街"に今年も去年に引き続いて選ばれました。8回目です。

ウィーンの街は生活のクオリティーが高いということはヨーロッパではかなり知られていますが、実際に生活をしていると実感できることがしょっちゅうです。

ウィーンはヨーロッパでは物価は高い方ですが、お金がたくさんあるということではなく、人間が人生を歩んでいく上で、生活をしていく上で快適だということだと思います。

今日はそれが実感できる場所の1つとして地元で有名な公園をテーマにします。

ここはうちもよく行く所で、とても楽しめます。

公園と言っても街中に見られるような緑が多い公園とは全く違います。

 

その公園は"Motorikpark Wien"(モトリックパルクウィーン)です。

"Motorik"というドイツ語は運動学とか運動法という意味がありますので、"運動法公園"という日本語でいいでしょうか。

ここには自ら体を動かしながら体験・チャレンジができる23の様々なステーションがあり、子供達から大人まで楽しめます。

普通の公園の遊び場に置かれているようなものとは違ってアスレチック的なものが多いです。

ここの広さは2ha以上もあり、右の写真に見られるように色々なものが置かれ、外側は1周600mあるジョギングコースにもなっています。

ここにあるいくつかのものを紹介します。

 


 

左上の写真はバランス感覚を養うもので、振り子のように揺れる所に安定して立つことができるかというものです。

右上はちょっとしたトランポリンです。

正方形の空間がいくつもあり、それぞれがトランポリンになっていて、跳ねながら移動したり、その場で跳んだりすものです。私もやりましたが、大人でも全く問題ない強度です。

 


 

左上はやはりバランス感覚を養う場所のひとつです。

様々な形で用意されたルートを落ちないように歩いて一周するコーナーです。

途中、綱渡りのコースがあり、それが1本のロープでかなり不安定であるため、全く落ちることなく1周するのはかなり難しいです。

 

右上はたくさんの人が同時に乗れるブランコのようなものですが、ロープで固定された大きな丸太が1本あり、ブランコのように前後に動くわけではなく、左右に大きく動きます。

私が試した時にはたくさんの子供達が乗っていて、私が一番端っこに立ち、反対側の端にはもう一人の大人が立ってタイミングよく動かしました。

 


 

左上はアスレチック的で、ロープでできた三角錐状のものが2か所に作られていて、その間を橋が通っています。

ここも子供達には人気がある場所ですが、大人だってもちろんやっていいわけです。

 

右上は何本の木が立てられていて、それぞれが細めの丸太で結ばれています。

木には番号が記されていて、番号順にそれぞれの場所に移動していくというものです。

ここもおもしろいです。

 


 

左上はぶら下がりながらこのカラフルな塔の周りを回転する場所です。

実際にはぶら下がるのではなく、両足をこの塔にくっつけて頭を下にして体を支えながら塔の横を駆けて行くもので、かなり力が必要です。

ここも人気あるスポットでいつも誰かがやっています。

 

右上は上で紹介したブランコのちょっと小さいものです。

 


 

ここでは子供から大人まで皆が楽しめ、体を動かし、体験して体力や器用さ、運動力を養えるようになっていてとても健康的です。

公園内には滑り台とか水の遊び場など小さい子供達が普通に楽しめる物も設置されていて、本当にお勧めです。

しかも入場無料です!

 

この場所はウィーン22区の一角で、中心からはかなり離れて行きづらいですが、地下鉄U1でKagranaerplatzまで行き、そこから24Aのバスに乗り換えてBreitenleer Straße/Arinikawegで下車します。

 

他にどんなものが置かれているか興味ある方は以下をどうぞ

http://www.motorikpark-wien.at/index.php/stationen

 

 

 

 

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空のはしご (Himmelsleiter)

以前このコーナーでも話題にしたNaturpark Hochmoor Schrems (自然公園 ホッホモーアシュレムス)はうちのお気に入りのスポットでウィーン周辺では見ることができない自然の湿地帯です。

NiederösterreichのWaldviertelの一角でチェコとの国境に近い所に位置しています。

Moorは湿地帯、湿原という意味で、Schremsは街の名前です。ここはオーストリア最大の300haの泥炭の湿地帯です。

このハイキングコースの一角に地元で有名な"Himmelsleiter"(ヒンメルスライター)があります。

 

 

こちらがHimmelsleiter(ヒンメルスライター)です。

ドイツ語でHimmel は空、Leiterははしごという意味がありますから"空のはしご"なんていう意味になります。

この場所はUnterwasserreichからハイキングコースになっている湿地帯へ1km程入った見通しがいいちょっとした広場に作られています。

この憩いの場所ははかなり広いわけですが周りは針葉樹林に囲まれているので、実際にこのはしごはこの場所に歩いて来るまで遠くからは全く見ることができません。

 

印象的な形をしていて階段で上って行けるようになっています。

高い所が苦手な方には恐怖心さえ植えつけます。

 

このHimmelsleiterは2002年に建築家Manfred Rapfによって作られました。

これには58本のトウヒの木が使用され、高さ20m、長さ33m、階段の段数は108段となっています。

一番上の部分は端から端まであるけるようになっている展望テラスです。

 

 

 

 

上の写真はHimmelsleiterの展望テラスから見られるこの辺りの景色です。

写真には隙間のように細長い池が見えますが、ここでTorf・・・トルフ(泥炭)が実際に取られていました。

この地域は1年間で1mmという割合で現在でも堆積しています。

Torf(泥炭)とは湿原植物が生育する湿原地帯に、分解不完全な植物遺体の堆積物で、ピートとも言われます。

湿った泥のように見え、可燃性があるので燃料として使われます。

 

このHimmelsleiterに上るとこの湿地帯の雰囲気を見渡すことができます。

私はここに来たら必ずここに上ります。

 

 

 

 

 

 

 

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いつもと違うヴァッハウ渓谷の景色

全長2.800km以上もあるドナウ河の最も美しいヴァッハウ渓谷は個人的に大好きで、年間を通して仕事やプライベートでも頻繁に行きます。仕事でヴァッハウ渓谷に行く場合はウィーンからの日帰り観光が圧倒的に多く、午前中はメルク修道院を見学、昼食を食べて午後は船下り、そして有名な街デュルンシュタインを散策してウィーンに戻るという内容です。仕事だと場所と時間の制約がありますからお客様とは特にヴァッハウのハイライトを御案内することになるわけですね。でも個人的にここに来る時にはヴァッハウ渓谷のドナウ河沿いにある様々な街に立ち寄ったり、ハイキングをしたり廃墟のお城を見学したりと観光案内とはまったく違う楽しみ方をしています。

ヴァッハウ渓谷には小さいですが美しく歴史ある街が多くあり、魅力が尽きません。

 

先日も家族でヴァッハウ渓谷に出かけてきました。ここの定番の船下りも素敵ですがうちは車で行きますから船下りをする場合はまた車を取りに行かなければいけないという欠点があるため、デュルンシュタインから乗船し、ドナウ河を上ってシュピッツで下船、シュピッツを楽しんでからまた船でデュルンシュタインまで下ってここを楽しんでから車でウィーンに戻るというパターンが多いです。

でもヴァッハウ渓谷をもっと深く楽しむためには船を使わず車でここを走るのもいいですね。時間さえ許せばこの地域の全ての街に寄れるからです。

一般的にヴァッハウ渓谷を車や観光バスで走る時にはウィーンに向かってドナウ河の左側を走ります。シュピッツのヒンターハウスの古城ヴィレンドルフのヴィーナスが発掘された所、ヴァイセンキルヒェンやミヒャエル教会なども見られ、道が広く船もこちら側に止まります。時間がある時にいつか話題にしますがこの時はアックシュタインの古城に行きたかったので、定番のこの左側ではなく右側を走りました。こちら側も何度も走ったことがありますがすれ違うのが大変な狭い道が数か所あり、小さな街中を抜けて行くルートになっています。メルク修道院だってこちら側にあるのですが、反対側から行って大きな橋を渡った方が快適に走れます。

たまにこちら側を走ると当たり前ですがいつもとは違った風景です。

 

 


 

ウィーンに向かってドナウ河の右側を走ると有名な街が全て反対側に見えます。左の写真はデュルンシュタインですが、シンボルの教会かなり遠くに見えますが、この街の後ろ側にある山の全景が見えています。これはこちら側からしか見えることができない景色ですね。こちら側はぶどう畑が通りのすぐそばに多く見られます。

 


 

ドナウ河の左側とか右側とか書きましたが、行政的に左側は国道3号線で通称ドナウ国道と呼ばれています。

今回テーマになった右側は国道33号線です。この33号線の方が定番のドナウ国道と比べるととても田舎的、牧歌的でよりヴァッハウ渓谷の地元の色を感じます。ドナウ国道側には知られたホテルやペンションなどが多くありますがこちら側はペンションなどの数はぐっと少なくなっています。右上の写真の奥の方にはシュピッツにあるヒンターハウスの古城が見えています。

 

車を運転する立場からすれば走りながら景色を楽しむということであればこちら側の方がいいかもしれません・・・ということはヴァッハウ渓谷はドナウ国道側の方が美しさがあるということなのでしょうか。

 

 

 

 

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うちのお気に入りのHagenbachklamm

"森の都"とも形容されるウィーンの街は手軽に自然を楽しむことができます。

中心だけ見ても緑が多いことが実感できますが、ちょっと郊外に出れば"ウィーンの森"が広がっていて街中とは全く違う自然を見ることができます。

最もオーストリアはヨーロッパアルプスを持っていますので、自然が満喫できる所が国内無数に広がっています。

私も自然が大好きなので、家族とよく郊外に出かけてハイキングを楽しんでます。

うちがよく出かけるお気に入りの場所のひとつにHganebachklammがあります。

 

 

 

Hagenbachklamm (ハーゲンバッハクラム)はウィーンから車で約30km離れた所に位置するKlosterneuburgとSt. Andrä-Wördernの間に広がるウィーンの森の中にある"Naturpark Eichenhain"という自然公園です。

オーストリアは国内に48箇所のNaturpark (自然公園)があります。

VNÖ (Verband der Naturparke Österreichs) ---オーストリア自然公園連盟が中心になって管理しています。

上の写真の緑に塗られている所が自然公園の領域で、広さ約3850haもあります。Hganebachkalmmは左側にある赤く示されたルートで、Hagenbachという川に沿った3km程のハイキングコースです。Klammとはドイツ語で渓谷ですのでHagenbach渓谷です。

 


 

ウィーンの森と言っても、観光で行くウィーンの南の森やカーレンベルクなどではなく、地元の人しか来ない穴場的な場所です。

森の中を流れる川のせせらぎがとても気持ちよくハイキングをさせてくれます。

コースには11個の木の橋が掛けられていて雰囲気を盛り上げています。

オーストリアのハイキングコースを示す国旗が多く見られます。

 

 

途中でルートが川が流れている水準になりますので、手軽に川の中に入ることもできます。

休憩用のベンチも置かれ、また子供達が遊べる遊び場もコース内に設けられています。

 

ここは上の地図でも見られる通り、どちらからでもハイキングコースに入れるようになっていますが、車で行った場合、どちらかの駐車場に止めて歩きますので反対側に着いたらまた同じルートで戻って来る必要があります。

それでも飽きることは全くありません。

途中で別のハイキングコースに入ることもできます。

 

うちがよくやるのは、川の横にベンチが置かれている所まで歩いて、また戻ったり、

家族をどちらかで降ろして私が車で反対方向へ行き、そこから歩いて家族と落ち合いそのまま車で帰るというパターンが一般的です。

 

 

 

 

 

 

 

 

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Amethyst Welt MAISSAU (アメジストの世界)3 アメジストを発掘した!

2回にわたってAmethyst Welt MAISSAUを紹介しましたが、今日が最終回です。

Amethyst-SchaustollenEdelsteinhausを見学して、その後自然公園的なここの中を散策しながら向かった場所は"Schatzgräberfeld" (シャッツグレーバーフェルト)です。Schatzは埋もれている宝や財宝という意味がありますので、宝を発掘する野原みたいな意味があります。

ここでは決められた敷地の中で地中に眠っているアメジストを掘り出すことができるようになっています。

ドイツ語ではschürfen (シュルフェン)という言葉がよく使われていて、試掘するとか探鉱するという意味です。

 

Amethyst Welt MAISSAUの敷地内はかなり広くて自然の一角によく考えられて作られています。

Amethyst-SchaustollenとEdelsteinhausという2つの重要な場所以外でも気持ちよく散策できて楽しめるようになっています。

右の写真はここの一角ですが、まるで公園のような雰囲気です。

Amethyst Welt MAISSAUがオープンしたのは2005年の2月で意外と新しいんですね。

でもここは1845年に当時石の採掘作業をしている時に偶然にも大きなアメジストのライン(Amethyst-Ader)が発見されました。しかしすぐには何も行われませんでした。

100年以上経過した1986年~1994年の本格的に調査や発掘が行われ、たくさんのアメジストが見つかりました。

1999年には"Maissauer Amethyst GmbH"という街と提携した会社組織になり、それからというものは断続的に調査が行われています。

 

 

さて、ここの一角にSchatzgräberfeld(シャッツグレーバーフェルト)があり、ここでは子供も大人も道具を借りてアメジストを探すことができます。

私も自分の子供と一緒に楽しみました。

ここは領域が決められていて30分単位で別途料金がかかりますが試す価値は十二分にあります。

かなりの泥地帯なので靴は始めから脱いで裸足で発掘します。かなり頑丈な金属製の小さなピッケルのようなもので思い立った所を掘ります。ぬかるみの泥ですので実際にアメジストを見つけてもアメジストは紫ですから保護色となってしまいすぐにはわかりませんから慎重に汚れを落として確認します。でもアメジストはすぐには見つかりません。ここで探掘を始める前に、ここの係が「こういうものを見つけるんだよ」と言ってアメジストの紫色のたくさんのカケラを見せてくれました。実際にやってみるとかなりの根気が必要で、アメジストではない他の石の方が多く発掘されます。人によってはかまわず掘って、集めた大量の泥の塊を近くにある水路で洗い流して確認している人もいます。うちは掘るごとに近くの水たまりで洗って確認し、頻繁に場所を変えて試してみました。

掘り始めてから10分ぐらい経過して、紫色をした石の小さなカケラがいつくか見つかりました。見つけたものは事前に借りたバケツに入れておきます。やってみてわかったのはかなり深く掘った方が見つかり易いですが、結構深く掘るにはそれなりの力が必要です。

うちの息子もいくつか見つけましたが、「ここを今度は掘ろう・・・」と彼が言った場所を深く掘ってみたらかなり大きな石が埋まっていて、期待に胸を膨らませながら慎重にその石を取り出しました。

かなり大きなアメジストの石を見つけることができました。

それまでは小さいカケラのようなものや(といっても係が見せてくれたような大きさだったのですが)小さな小石のようなものがそれなりには見つかっていましたが、この大きな石はうれしい発見となりました。

 

 

それがこの上の写真に見られるもので、長さは10cm近くはあるでしょうか。これが一番の収穫となりました。

時間が来て、バケツの中に集めたアメジストを洗っている時にこの大きな塊はそこにいた人々にも驚かれて羨ましがられました。どこで見つけたの~?と聞かれ、見つけた場所を言ったらその場所に走って行く人もいました。

写真はまだ少し泥がついていますが見つけた後なるべくきれいに洗って、記念として写真に写しました。

その後家に持ち帰ってブラシなどで泥を落とし、もっときれいにしました。

ここで見つかったアメジストは手の中に入る量であれば無料で持ち帰ることができます。

何も見つけることができなかった運が悪かった人にも小さなアメジストのカケラを係がくれます。

 

さて、3回に渡ってAmethyst Welt MAISSAUを紹介しましたが、ウィーンのような帝国の都からは全くかけ離れた雰囲気を持つ地元の人達で賑わっているこのような場所がオーストリアには至る所にあります。

 

 

 

 

 

 

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Amethyst Welt MAISSAU (アメジストの世界)2

昨日はこのAmethyst Welt MAISSAUの一番の見所であるAmethyst-Schaustollenを見学した所で終わりました。

ここには世界最大のアメジストが埋まっている岩壁が見られます。そこを出てから今度はEdelsteinhausで別のガイドツアーがありました。つまりここは2つの別々のガイドツアーが提供されています。

"Edelstein"(エーデルシュタイン)は宝石という意味ですから宝石の家という建物が前述したAmethyst-Schaustollenを出てすぐにEdelsteinhausがあります。

 


 

Edelsein(宝石)は希少性が高くて外観が美しい固形で一般的にアクセサリーなどに多く利用されている鉱物のことを指します。鉱物とはドイツ語では"Mineral"と呼ばれます。

宝石は天然鉱物として無機物結晶で、外観が美しいこと、希少価値があること、硬度が高いことが条件となり、よく知られているのは20種類程度ぐらいしかありません。

このEdelsteinhausには様々な鉱物が展示されています。

左上の写真は隕石で、手が入れられるようになっていて触ることができます。隕石の展示と言うとウィーンにある自然史博物館を思い出しますが、このAmethyst Weltはその自然史博物館とも提携しています。

右の写真は硫砒鉄鉱(りゅうひてっこう)で、ヒ素と鉄の硫化鉱物で何と日本の九州からのものです。

 


 

左はここのハウスガイドさんが案内をしている所で、鉱物の色々なことを話してくれます。

右の写真は世界の至る所からから集められたアメジストです。

 


 

左上の写真はこのAmethyst Welt MAISSAU で発掘したアメジストがある石の塊です。

右はヨーロッパアルプスで採掘された様々な水晶です。

 

ここのAmethyst Welt MAISSAUでは、Amethyst-SchaustollenとEdelsteinhausはガイドツアーだけでしか見学することができませんが、その他の場所は自由に歩いて見学できます。小さな庭園や子供達の遊び場、動物が飼育されていたり、くつろげるようになっているエリアなど自然公園的で楽しめます。

私達もこの2つを見学してからここの中を散策して楽しみました。

 

さて、地元でも知られているこのAmethyst Welt MAISSAUの呼び物のひとつにアメジストを実際に掘って探すことができる場所があり、ここは特に人気があるスポットとなっています。

そのことについては明日の最終回で書きたいと思います。

 

 

 

 

 

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Amethyst Welt MAISSAU (アメジストの世界)

オーストリアは歴史的に奥が深く美しい国です。ウィーンを含め9つの州で成り立っていますがそれぞれの州には個性があり、国内全土に見所が点在しています。ガイドブックで必ず紹介されている観光で有名な所もあれば、ガイドブックなんかには載っていないけど地元では有名な場所がたくさんあります。

私は仕事では様々な御案内を皆様にしているわけですが、プライベートでも時間があれば家族で色々な所に出かけています。今日は日本のガイドブックにはまず紹介されていない、しかしこちらでは有名な場所のひとつを3回に分けてまとめてみます。

その場所とはAmethyst Welt MAISSAU (アメジストの世界)です。

 

Amethyst Welt Maissauはウィーン中心部から車で70㎞程北西に走った"Maissau"にあり、世界最大のアメジストが埋まった岩の壁が見られます。MaissauはNiederöstereichのWeinviertelとWaldviertelの中間に位置した人口2.000人弱の小さな街で、Amethyst Weltはそこから2km程離れた所にあります。

右の写真はここの案内図で、下に見えるドームのような所が入口で、中はインフォメーション、ショップやカフェなどがあります。自然の中にテーマを持ったいくつものスポットがありますが、ここの最も重要な場所はインフォメーションのすぐ上にある円形の建物で

"Amethyst-Schaustollen"と呼ばれ、世界最大のアメジストが埋まった岩壁があります。

 


 

このAmethyst WeltのAmethyst-Schaustollenはガイドツアーのみでの見学が可能です。普段は皆様に御案内している立場の私ですが、ここではもちろんガイドツアーに参加しました。後で触れますがここはアメジストを発掘することができるので地元の子供達にもとても人気があるスポットとなっています。この日も家族連れの方々が多く来ていました。

Amethyst-Shaustollenに入ると広い円形スペースの中央に写真で見られる3角形状の大きなスクリーンが設置されていて、アメジストについての説明を見ることができます。Amethyst-Schaustollenはアメジスト見学坑道なんて意味になるでしょうか。

 


アメジストは紫水晶とも呼ばれていて紫の色が有名ですね。アメジストという名はギリシャ神話に登場する少女の名前から来ています。アメジストは意外と古い歴史を持っていて今から約4.000年前のエジプト王、王妃のお墓の中からも発見されています。

アメジストは水晶ですから天然水晶と同じマグマ性結晶で火成岩に分類されます。

美しい紫色は水晶を形成する珪素の一部が鉄に入れ代わり、鉄を取り囲む酸素のひとつの電子が天然放射線によって失われて形成されると言われています。

 



 

この空間にはエジプト時代や中世の頃に身分の高い人が身に着けるけていたアメジストが展示されています。

左はイギリス王女Jane Seymourが身に着けていたもので、ウィーンの美術史博物館にハンス・ホルバイン(子)が描いた絵でも確認することができます。ハプスブルグ家の皇帝ルドルフ2世も登場します。

 


 

さらに奥に入って行くと左上の写真のようにとても広い空間に導かれます。ここには多くのアメジストが展示品として置かれていて、右側には世界最大のアメジストが埋まった岩壁が姿を現しました。まるで人工的に作った映画のセットのようですが、自然のままに残されていて、そこを利用してこの施設を作ったわけです。

右上の写真はこのAmethyst Weltの岩壁がどのくらい長くて、どこに位置しているかの図ですが、左がMaissauの街で、紫の濃く塗られた部分の一角にこの場所があります。確実に400mの長さはあり、おそらく1km以上はあるだろうと推定されています。この場所は地下12mの深さで、ここに見られるアメジストの岩壁は40m以上の長さがあります。すごいの一言です。

 


 

この岩肌の随所にアメジストを見ることができます。上の2枚の写真はここの照明のおかげで紫が薄いですが、

実際はかなり濃い色をしています。

 


 

このMaissauで発掘されたアメジストの岩の塊がいくつも展示されています。

紫水晶が至る所に入っています。

このAmethyst-Schaustollenのガイドツアーはだいたい1時間ぐらいで、アメジストの歴史的な背景や自然の中でどのように形成されていくのか、またアメジストの意味などを知ることができます。

うちが最初にここに来た時はここの一番重要なこの場所のガイドツアーから始めましたが、この後まだもうひとつのガイドツアーがありますが、この続きは明日にします。

 

 

 

 

 

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花のねこ(Blumenkatze)  2016年

先日DIE GARTEN TULLNを話題にしましたが、うちはこのTullnという街には年間を通してよく出かけます。

Tulln(トゥルン)はオーストリア郊外によくあるこじんまりとした美しい小さい街で、人口16.000、ドナウ河沿いに位置しています。

このTullnの郊外にはPRASKAC  Pflanzenland  Tulln (プラスカス プフランツェンラント)という 地元で有名なガーデンショップがあります。

15.000m²の店の広さ、2500以上の様々な植物を栽培し、その場でもちろん購入できますし、カタログ購入も可能です。植物だけでなく、ガーデニング関係の物や石、灯篭、庭に置く椅子やテーブルなども販売しています。

うちはここによく行くのでそのついでにとくTullnの街を楽しんだり、ドナウ河沿いを散策したりしています。

 

今年もこのPRASKACにある名物"花のねこ"を話題にします。

 

 

今年のBlumenkatze(ブルーメンカッツェ)...花のねこはこんな感じです。

この花のねこは正式にはPRASKATZ (プラスカッツ)といいます。

毎年飾られる花が違っているので、形は一緒でも色合いが少し違います。

PRASKATZ 2013年PRASKATZ 2014年PRASKATZ 2015年 と比較してみて下さい。

 

PRASKAC はこの花のねこを最初から作る計画をしていました。

当初は紙でプランを考え、その後に合計12トンにもおよぶ鋼鉄をねこのフォームに組み立てました。

高さ約9mの骨組みに、12.000の花を飾り、猫の形を形成しています。

この猫のデザインに地元子供達の募集が行われ、100のアイデアを参考にして生まれたそうです。

たくさんの花が飾られているわけですが、もちろんその花が必要な水が与えられるように水まわりも中に設置されています。

 

ここはTullnの街の中心部からはかなり離れた所にあるので、車がなければ不便ですが花のねこもさることながらこのPRASKACには普通のガーデニングショップでは見られないようなものも多く置かれています。

 

 

 

 

 

 

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天使の階段

オーストリアでウィーンの次に行きたい街と言えば一般的にザルツブルクでしょうか。

モーツァルトが生まれた街、ヨーロッパでも早くからの宗教的中心地としてを歴代の大司教達が統治してきた北のローマとも形容される美しい街です。

それ以外でも日本でもお馴染みな映画「サウンド・オブ・ミュージック」の舞台ともなりましたので、映画を知っている方にとっても魅力的な街です。

 

ザルツブルクを観光する時にはモーツァルトの生家がある旧市街を中心に徒歩で、そしてザルツァッハ川を渡った新市街地側にあるミラベル庭園も絶対訪れます。

その美しいミラベル庭園にはミラベル宮殿がありますが、そこには通常の観光ではまず行かない、しかしとても有名なEngelsstiege (エンゲルスシュティーゲ)・・・"天使の階段"があることで知られています。

 

 

現在はザルツブルクのお役所になっているミラベル宮殿は庭園と共にザルツブルクの重要な観光ポイントで、サウンド・オブ・ミュージックでも登場します。

このほぼ正方形のミラベル宮殿の西宮の北の一角の細長く狭い空間にこの素晴らしい天使の階段があります。

この階段はDonnerstiege

(ドンナーシュティーゲ)とも呼ばれ、ウィーン生まれのバロック時代の有名な彫刻家であるGeorg Raphael Donner

(ゲオルグ・ラファエル・ドンナー 1693~1741)

が手掛けたことから来ています。

ウィーンではいくつか彼が手掛けたものを見ることができますが、

旧市庁舎にあるアンドロメダ噴水もそのひとつです。

この階段は日本式に言えば3階の高さまでありますが、宮殿なのでフロアの天井が高いですから実際には結構上がります。

 

この宮殿は1818年に火災に遭遇し、その後新古典主義様式に改築されましたので、当時のバロック様式がかなりなくなってしまいました。そのためこの天使の階段があるホールはこの天使の階段と比べると盛期バロックという雰囲気ではありません。

それでもバロックの装飾を見ることができ、壁には神話からの像が置かれています。

この階段にはたくさんの天使を見ることができます。

天使は子供で、座っていたり、横になっていたりまた遊んでいたりしています。

これはラファエル・ドンナーがオーストリアバロックの全盛期である1726年に制作したもので、天使が乗っている部分の装飾も見事なバロック曲線です。

 



天使の表情もそれぞれ違っていて、生き生きしています。

ここを上っていくと本当に天国へ行くような気持にさせてくれる贅沢な空間です。





ラファエル・ドンナーは大工の息子で、金細工を学びましたが14歳からイタリアの彫刻家

ジョバンニ・ジュリアーニの下で彫刻を学び、大きな影響を受けました。

ザルツブルクは宗教的な街・・・ローマ教皇といい意味でのライバル的意識を持った大司教はこの街を北のローマと呼ぶに相応しい街並みに改造しました。

天使の階段はそのひとつに当てはまるでしょうか。


是非ザルツブルクに行ったらここもお見逃しなく!







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自然公園 ホッホモーア シュレムス (Naturpark Hochmoor Schrems)

オーストリアは郊外にも美しい風景が広がっていて見所が本当に多く点在しています。

ウィーンの中心はかつての帝国の都であったことから荘厳な街並みですが、ちょっと外に行くだけでもの中心とは違った、のどかな美しい風景を見ることができます。

うちは家族で郊外に出かけることが多くオーストリアの自然を満喫します。

その時にオーストリアの普通のガイドブックには絶対に紹介されていない、しかし地元ではよく知られた所に行くことも多いです。

 

最近またHochmoor Schrems(ホッホモーア シュレムス)という、うちのお気に入りのスポットに出かけてきました。

 

Hochmoor Schrems(ホッホモーア シュレムス)はオーストリアの自然公園(Naturpark)のひとつで、ここはウィーンから135km程北北西に車で走ったNiederösterreichのWaldviertelの一角でチェコとの国境に近い所に位置しています。

Moorは湿地帯、湿原という意味で、Schremsは街の名前です。

オーストリアは自然が形成したある意味では歴史ある場所が"Naturpark" (自然公園)として管理されていて、国内に48箇所のNaturparkがあります。

VNÖ (Verband der Naturparke Österreichs) ---オーストリア自然公園連盟が中心になって管理しています。

家族とよく出かけるウィーンの森のHagenbachklammがある自然公園EICHENHAINや、

巨大な石がたくさんあるBlockheideも自然公園になっています。

 

 



 

この自然公園の一角には"Unter Wasser Reich" (ウンターヴァッサーライヒ)と名付けられた水の自然博物館があります。(上4枚の写真)

ここだけは有料ですが、湿地帯の周りを歩けるようになっていて、その環境で生育している植物がたくさん見られ、人力いかだも2箇所あって結構楽しめます。

また施設内は水族館的になっていて、魚や微生物などがたくさん展示されていて、微生物などを顕微鏡で観察できるコーナーもあります。

外にはカワウソも飼育されています。

 

 

標高535mのこの場所はオーストリア最大の300haの泥炭の湿地帯になっていて、その内の119haが自然保護地域に指定されています。

泥炭はドイツ語ではTorf(トルフ)です。

 

ここには1枚目の写真に見られるように4.5km,5,5km,12km,1kmの4つのハイキングコースがあり、この地域を大きく1周したり、縦断することができます。

この日はとても気持ちよく歩くことができました。

湿地帯なのでウィーン近郊の森などとは全く違う植物が見られます。

 


 

Torf(泥炭)とは湿原植物が生育する湿原地帯に、分解不完全な植物遺体の堆積物で、ピートとも言われます。

湿った泥のように見え、可燃性があるので燃料として使われます。

実際にここでもTorfが取られていましたが、今では逆に環境への配慮からここは保護されています。

この地域は1年間で1mmという割合で現在でも堆積しています。

 


 

このハイキングコースの一角には上の写真に見られるように"Moortretbecken"という実際に湿地帯に足を入れられるコーナーがあります。

泥土浴ですね。

かなり深いです。

自然に形成されたこのようなものがこの地域にはたくさん見られます。

 

ウィーンからはかなり遠く、車がなければ不便ですが十分訪れる価値がある自然公園です。

 

 

 

 

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DIE GARTEN TULLN (トゥルン庭園)

ウィーンは"森の都"ともよく形容される通り、ヨーロッパの街では街の広さに対して緑の比率が最も高い街で、この街に来た方はウィーンは緑が多いことにすぐに気づくはずです。

中心のリンク道路沿いだけでも5つも公園や庭園があり、外側にはシェーンブルン宮殿やプラター公園、多くの公園や街路樹が存在しています。

またここでもよく話題に取り上げるヒルシュシュテッテン花壇庭園植物庭園など多くの専門的な公園もありますが、その大きなウィーンの街の緑を囲む、もっと大きなウィーンの森があるわけです。

緑が多いということは街も美しく見えますし、空気もきれいで心も落ち着きます。

 

私は個人的に時間がある時には色々な所に家族と出かけてますが、今日テーマにするここもうちのお気に入りのスポットです。

 

ウィーンから西側に車で40km程走ったドナウ河沿いにTulln (トゥルン)という街があり、

ここはエゴン・シーレが生まれた街で花が多いことで地元でも知られています。

うちもよく行く大きなガーデンショップの

PRASKACもここにあり、有名な花のねこがあります。

このTullnの街には"DIE GARTEN TULLN"という地元で知られた植物庭園があります。

Die GARTEN TULLNはNiederösterreichが2年の歳月をかけて2008年4月にオープンさせた大きな庭園で大きく2つの部分に分かれています。

ひとつは7ヘクタールの広さに64の様々な異なったスタイルの庭園部分で、右の案内図ではオレンジの散策路が示されている所です。

もうひとつは45ヘクタールもある森の部分で、案内図では上の川が流れている所です。

この森の部分は庭園からそのままアクセスできるようになっていて、庭園内とは思えない自然に触れられます。

 

 


 

インフォセンターを抜けて庭園に入るとすぐに池があり、そこにはカフェテリアがあります。

この入口辺りは見通しがよくなっていますが、ずっと奥に向かって庭園が広がっています。

 

64の個々の庭園はそれぞれテーマが決まっていて、どれも個性あるものばかりでセンス抜群です。

右上の写真は一見箱のような所に植物が植えられていますが、これ実はカーポートなんです。

下の砂利の所に赤い車が埋められているのが見えますか?

カーポートの屋根をこのように植物で覆うということですね。

 


 

左はよく地元の庭などでも見かける直物のアーチで通路を植物で覆わせます。

庭の入口にバラとかつる性の植物をアーチに覆わせているのをよく見かけます。

右は自然の庭です。

 


 

いつかまた話題にしますが、ここには展望台も作られていて30mの高さまで階段とエレベーターで上ることができます。

左の写真にはその展望台が奥に見られますが、手前のアジサイが見事に咲いています。

右側はちょっとした池が配置された庭です。

 


 

ここには日本庭園も造られています。

左の写真は石庭で、この庭はちゃんと通り抜けできるようになっていて、風情があります。

右は展望台をちょっと近くで眺めています。

 

それぞれの庭は個性があるので全く飽きることなく散策を楽しめ、それぞれ雰囲気が全然違います。

また庭造りの豊富なアイデアに驚かされます。

庭園ですがもちろん数えきれない花も植えられていてしっかり学名でも記されています。

数日前に紹介したフサフジウツギはここに咲いていたものです。

 

子供が楽しめる遊び場も一角に作られていて、家族連れからのんびりひとりで散策している年配の方まで様々な人が訪れていて、十分一日を過ごすことができます。

 

 

 

 

 

 

 

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シェーンブルン宮殿の動物園にまた行った

ウィーンに初めて来てシェーンブルン宮殿に行かない方はまずいらっしゃらないでしょう。

ハプスブルグ家の夏の離宮であるシェーンブルン宮殿はヨーロッパでも重要なバロック建築であり、また世界遺産にも登録されていて、オーストリアのひとつの観光スポットとしては最も多くの方が訪れる場所です。

私はオーストリア国家ガイドとしての仕事上、シェーンブルン宮殿を1日2回御案内することもしょっちゅうです。

このシェーンブルン宮殿は庭園も素敵で、この庭園だけでも十分1日過ごすことができます。

地元の人は何十年も前に宮殿内部を見学してその後は1度たりとも訪れてない・・・という方が圧倒的に多いようですが、逆に庭園には頻繁に訪れます。

 

私も仕事でしょっちゅうシェーンブルン宮殿に来ていても、プライベートで家族と来ることもよくあります。

仕事の時とは全然違いますよね。

家族と来る時にはたいていシェーンブルン宮殿の動物園に行きます。

ここはとにかく地元では大人気のスポットで、以前シェーンブルン宮殿の動物園をこのコーナーで話題にしていますが、最近もまた出かけてきました。

 

 

このシェーンブルン宮殿の動物園・・・Tiergarten Schönbrunn は、マリア・テレジアの夫ロートリンゲン公フランツ・シュテファンによって、ロートリンゲンの建築家Jean Nicolas Jadot de Ville Issey により、彼らにとってこの新しい夏の離宮シェーンブルン宮殿にMenagerie (メナゲリー)という小動物園を置きたいことから始まりました。

この動物園は1752年に完成し、現在進行形で運営されてる動物園では世界最古です。

庭園の中にある動物園と言っても上の見取り図を見て頂くとわかりますがかなり広く、森のような散策路までもあって余裕で1日過ごせます。

 

 


 

左上の写真はお馴染みこの動物園のシンボル的なKaiser Pavillon(カイザー・パヴィロン)です。

ここは1759年に完成していて、このシェーンブルンの動物園でも歴史ある部分となります。

このパビリオンは元々朝食をとるための空間で、その周りにはまるで丸いケーキを切って分けるように13箇所の空間が作られています。

1949年からここはレストランとして賑わっています。

右上の写真はそのKaiser Pavillonを背にして見られる並木道の一番奥にはシェーンブルン宮殿が見えます。

 


 

この日は7月の始めでしたが、とても暑い日でした。

金曜日ということもあり、たくさんの家族連れで賑わっていました。

左上はオタリア(アシカ科)にえさをやる時間で、皆さんがそれを見学しています。

右上は魚のコーナーで、この動物園には水槽のコーナーもあってちょっとした水族館のような雰囲気です。

また、熱帯コーナーもあって中には鳥やコウモリが飛んでいます。

 


 

左上はホッキョクグマです。

このコーナーはシェーンブルン宮殿の動物園でも比較的新しい部分で、円形状の建物の中に大きな水槽があり、螺旋的な順路になっています。

ホッキョクグマが泳いでる姿を観察できます。

 

右上の写真はクジャクで、クジャクが園内を普通に歩いていました。

残念ながら羽を広げてはくれませんでした。

 

この動物園には日本からの特別ゲストとして、タンチョウヅルとニホンカモシカが住んでいます。

この日はタンチョウヅルはいましたがニホンカモシカはいませんでした。

係の人に聞いた所、最近ニホンカモシカは高齢のため亡くなったそうです・・・。

 

 


 

動物園の小高い所からウィーンの街がパノラマ的に見られます。

ここからの街の眺めも印象的で、左上の写真の奥にはウィーンの森が見られ、右上の写真にはシェーンブルン宮殿が見られますね。

 

このシェーンブルン宮殿の動物園・・・Tiergarten Schönbrunnは、2008年、2010年、2012年、2014年と4回もヨーロッパのベスト動物園に選ばれました。

広さは17ヘクタール、動物は734種類、8.955匹も生活をしていて、中には絶滅の危機にさらされている動物達もいます。

 

時間があれば訪れてみてはいかがでしょうか?

思いっきり地元の空気を感じることができます。

 

 

 

 

 

 

 

 

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久しぶりにモーツァルトのお墓に行った

ちょっと時間が経ってしまいましたが、今年の春に久しぶりにモーツァルトのお墓に行きました。

前回ここに来たのはまだ寒かったのでたぶん3~4ヶ月ぶりではなかったかた思います。

ウィーンでお墓と言えばたいてい中央墓地が最初に挙がります。

ここはたくさんの作曲家が眠っていますので音楽に興味がある方にとってはとても重要な場所です。

また中央墓地は映画「第三の男」のラストシーンに登場する並木道があることでも有名です。

 

モーツァルトのお墓は聖マルクス霊園にあり、中央墓地よりも中心からは近いですが、かなり行きにくい場所にあります。

 


 

中央墓地の開放的な雰囲気とは違い、ここは人も少なくこじんまりしています。

聖マルクス霊園(St.Marx)は1784年から約90年間墓地として使われました。

1874年に中央墓地ができるにあたって、周辺墓地と同様に閉鎖されるはずでしたが、当時のヨーロッパで貴重な

「ビーダーマイヤー様式の墓地」ということから残されました。

しかし墓地の機能はなく、墓石がそのまま並べられた公園としてウィーン市が管理しています。

 

中に入ってマロニエが植えられている中央並木道を上に歩いて行くと、両側にはたくさんの墓石が並んでいるのがわかります。

途中、右上の写真に見られるようにウィーンの森のような雰囲気です。

奥に咲いているのはライラックです。(前述した通り、だいぶ時間が経っていますが・・・)

並木道の上り坂をしばらく歩くと左手奥の方に右上の写真に見られるようにモーツァルトのお墓がひっそりと置かれています。

 

 

モーツァルトが亡くなった時、全盛期の頃とは逆に忘れ去られて無名状態で、多くの借金が残っていました。

 

そこで3等級という当時の庶民的な埋葬方法が選ばれました。

これは大きな穴の中にたくさんの遺体を麻袋に入れて、(もしくは麻布にくるまれて)投げ込んで、上から石灰をかけて終わり・・・数年後再びそこには掘り返して別の遺体を埋葬する・・・という質素なスタイルでした。

 

そもそも19世紀まで、貴族や聖職者以外には碑を立てるという習慣はありませんでした。

モーツァルトが亡くなった後、未亡人となったコンスタンツェや、後彼女が後再婚するニッセン等の努力からモーツァルトが知られるようになっていきます。

その後ウィーン市がモーツァルトの埋葬場所を探すようになりましたが、遺骨がバラバラで判別不可能でした。

 

そこで・・・

モーツァルトがほぼ埋葬されたであろう・・・という場所に記念碑を立てました。

その記念碑がモーツァルト没後100年後、つまり1891年にすでに1874年よりオープンしていた大きな中央墓地に移動したのです。
記念碑が持ってかれたここSt.Marx には新たにこの写真のように天使がたたずむ悲しげなお墓が作られました。

 

年間を通して中央墓地ほど多くはありませんが、モーツァルトのお墓を御案内することもよくあります。

 

 

※モーツァルトの埋葬状況については今後見解が変わる可能性もあります

 

 

 

 

 

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またヒルシュシュテッテンの花壇庭園に行った

ウィーンは手軽に楽しめるスポットがたくさんあります。

その中でうちのお気に入りのスポットのひとつであるヒルシュシュテッテンの花壇庭園があります。

ヒルシュシュテッテンの花壇庭園復活祭市春のヒルシュシュテッテン花壇庭園などを話題にしていますが、

6月の始めにもここに出かけてきました。

 


 

Blumengärten Hirschstetten der Stadt Wien (MA42)(ブルーメンゲルテン・ヒルシュシュテッテン・デア・シュタットヴィーン)は60.000m²もある広大な植物園で、24の文化小屋、温室、大きなグラスハウス3つを始め至る所にありとあらゆる植物が植えられています。 

また子供達のための公園や迷路、動物達も飼育されていて実際は植物園、動物園、公園がいっしょになっているような花壇庭園です。

 

ここはウィーン22区の一角に位置し、ウィーンの中心からは行きづらいのですが、ウィーン市内では味わうことができない雰囲気があり、訪れる価値大です。

うちはちょっと散歩をしたい時に車でよく出かけています。

ここは行く度ごとに咲いている花が違ったりして、季節を感じることができます。

左上の写真はヒルシュシュテッテンの花壇庭園のタイトルではよく登場するパビリオンで、大きなバナナの木があります。

 

右上の写真は農家風の建物で、ここではソーセージなどの軽食やワイン、ジュースなどの飲み物が提供されていてちょっとくつろぐことができます。

この建物周辺には動物達が飼育されています。

 

 


 

この日は天気もよく、たくさんの家族連れが来ていました。

ここは様々なテーマに分かれているのですが、園内を歩くだけでも十分楽しいです。

右上の写真は迷路の中です。

この時期なので迷路の壁である植物も多くの緑をつけています。

うちはもう何回もここに入っているので正しい道がわかりますが、初めて入ると出て来るまでに30分ぐらいはかかることもあります。

 


 

園内には池も作られていてそこには橋も架けられています。

その周りは浜辺のような砂がありデッキチェアなどが置かれています。

子供達はここの遊び場が一番好きなようでいつも賑わっています。

 

これだけのんびりできて入場無料というのもうれしいことです。

花壇庭園という名称で呼んでいますが、それだけではなく様々な楽しみ方ができます。

 

 

 

 

 

 

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青空とマリア・テレジアイエロー

今年になって珍しいことにまだ30℃を超えていませんが、今週はついに日中30℃を超える予報になっています。

日中は暑く、日差しが強い日が多くなってきました。

昨日が夏至でしたが、これから日が短くなっていくことを考えるとちょっと寂しいです。

 

ヨーロッパの街並みはいい天気の時、特に空が青空の時にはより美しく見えます。

逆に曇りや雨だったりすると石造りの建物が暗い空と同化して街も暗く見えてしまうことも欠点です。

ウィーンに来る団体ツアーではシェーンブルン宮殿が観光場所に含まれていないことは年間を通してほとんどありません。

そのため頻繁にシェーンブルン宮殿を御案内するわけですが、先日このシェーンブルン宮殿の色と青空がとても印象的だったので今日はそれを紹介します。

 

シェーンブルン宮殿と言えばヨーロッパでも重要なバロック建築で、またオーストリアの世界遺産のひとつにもなっています。

何と言ってもマリア・テレジアイエローですよね。

宮殿内も個性ある部屋がたくさん並んでいます。

このコーナーではシェーンブルン宮殿もよく話題にしますが、宮殿内部は撮影禁止なので内部の写真は一度も掲載していません。

このマリア・テレジアイエローと青空のコントラストがとても素敵で、意図的に庭園の緑もアクセントとして入れてみました。

写真に見られる場所は以前このコーナーでも話題にしたシェーンブルン宮殿のホテルになっている東側最上階の部分です。

 

 

こちらは庭園側から見たシェーンブルン宮殿の中央部分です。

宮殿の一番上には双頭の鷲がシンボルとして飾られていて、時計があります。

青空とマリア・テレジアイエローがとても印象的です。

 

 

こちらはグロリエッテが見られる庭園側です。

上の2枚と全く同じ日に撮影したものですが、こちらは上の2枚の写真よりも1時間40分前に撮影したもので、その頃は結構雲がかかっていたんですね。

上の写真と比べるととても同じ日とは思えません。

 

雲の動きがこのように複雑であることは年間を通してよくあります。

 

でもシェーンブルン宮殿には青空がよく似合います。

 

 

 

 

 

 

 

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朝に市立公園を散歩

私はオーストリア国家公認ガイドとして年間を通して日本のあらゆる地域からウィーンやオーストリアにいらっしゃる方々、海外に住んでいてウィーンやオーストリアに来られる方々にオーストリアやウィーンの魅力や奥深さを御案内しています。

一言でウィーンを観光すると言っても様々なバリエーションがあります。

団体ツアーの場合はほぼ観光場所が決まっているのでそれに合わせて御案内しますが、このホームページからご縁があって個人旅行の皆様を御案内する場合はお客様の御希望の場所を観光します。

もちろん、ウィーンが初めての方も多くいらっしゃいますので"お任せで"お願いしますということもよくあります。

観光のスタートもお客様の状況によって違うので、ホテルから始めることもあれば、国立オペラ座やシェーンブルン宮殿、またはレストランなどから始めることも多いです。

ウィーンには星の数ほどたくさんのホテルがありますから、ホテル出発の場合だって色々な場所から始めるわけですね。

例えばホテルインターコンチネンタルやヒルトンホテルに宿泊されるお客様も多く、この2つはリンク道路にも近く、市立公園が目の前にあることから場所もいいわけです。

私はこの2つのホテルから観光が始まる場合は必ずと言って言い程市立公園を散歩しながらホテルに行きます。

仕事に行くわけですから日本的には"出勤"ですが、私が日本で仕事をしていた頃の出勤とは比較にならない心休まる出勤だと思っています。

ある天気のいい朝の日、観光を始める前に市立公園を歩いて行きましたので、その時の雰囲気を少しここで紹介します。

 

 

この日は天気もよく青空が広がっていたので、朝起きてから仕事に行く時には公園を散歩し行こう・・・とすぐに思っていました。

市立公園に着いたのはは7:45ぐらいでしょうか。

この日は土曜日だったこともありいつもより交通量も少なく、

この時間から街中を歩いている人も当然少なかったわけです。

こちらは週末の空気があり、それはとても生活には大事だと実感します。

市立公園にもほとんど人がいませんでした。

昼間などはベンチに座りくつろいでいる人の姿や芝生に寝転がっている人を多く見るわけですが、この写真で見られるように誰もいません。

耳を傾けるとそこらじゅうから鳥のさえずりが聞こえ、とてもウィーンの街中にいるとは思えません。

 


 

街中にもかかわらず絵のように青い空と緑のコントラストが印象的で、池の周りにも誰もいなくて水面も鏡のように空と木々を映し出しています。

ウィーンに来られたお客様からウィーンの空の素晴らしい青さをよく指摘されることがあります。

ここを歩くだけで生きているという素晴らしさを実感できると同時に、精神的なリセットも重要です。

仕事がら色々なお客様と話しますから、ひとりの時間も私にとってはとても重要です。

 

市立公園と言えばヨハン・シュトラウスのバイオリンを弾く像が有名ですね。

この朝の時間は太陽がシュトラウスの後ろにあるので、こちら側の方はちょっと暗くなっているわけです。

普段はたくさんの観光客に囲まれているシュトラウスもこの時はひとりでした。

これもこの時間ならではのものですね。

 

早起きは三文の徳(得)というぐらいですから、朝少し早めに起きて街中を歩くのも悪くないですよ。

 

 

 

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クラーゲンフルトのリントヴルム "Lindwurm"

オーストリアの郊外には美しい街がたくさんあります。

ウィーンはオーストリアで最も人口が多い184万の街ですが、2番目に人口が多いグラーツですら28万人しかいません。

人口数万人から数千人単位の美しい街が国内にはたくさん点在しています。

その中で今日はクラーゲンフルトからの話題です。

 

オーストリアの南に位置するケルンテン州の州都Klagenfurt am Wörtherseeは(クラーゲンフルト・アム・ヴェルターぜー)は私が大好きなWörtherseeのすぐ東に位置した人口10万人弱の小さい街ですが、中心部はオーストリア典型的な明るさと美しさがあります。

クラーゲンフルトのシンボルと言えば"Lindwurm" (リントヴルム)です。

 

"Lindwurm" (リントヴルム)は日本語でもリントヴルムと呼んでもいいと思いますが、伝説上の生き物で翼があるドラゴンです。

クラーゲンフルトのNeuer Platzにはこの"Lindwurmbrunnen"という有名な噴水があります。

1583年にケルンテン等族からの命令によりが伝説上の生き物の記念碑を作ることになりました。

このLindwurmはこのクラーゲンフルトの地元の山であるKreuzberglから切り出された単体のクロライト(緑泥石)から作られています。

製作者は長く Ulrich Vogelsangだと思われていましたが、どうやら違っているようで無名の彫刻家だどうということに現在ではなっています。

非常に攻撃的なLindwurmはマニエリスム的な要素も見られ、しかしロマネスク的な部分も感じられます。

1593年にこの600トンもあるLindwurmが300人の白の服を着た若者達によってこの場所に運ばれました。

 

当初このLindwurmは頭を北に向けていて、噴水はありませんでしたが、(プランには描かれていましたが)1624年には噴水が作られ、現在の向きに動かされたようです。

1634年にはGeorg Tillitzniよって後期ルネッサンス様式の花の模様を伴った囲いが噴水に作られました。

1636年にはヘラクレスの像が追加されていますが、彼の持っているこん棒こそこのクラーゲンフルトの街ができたことと、このLindwurmに大きな関係があります。

1972年にこの広場の下には地下駐車場が作られましたが、その際にLindwurm噴水は現在の位置に移されました。

 

 

こちらがLindwurm噴水の全体です。

ここにはヘラクレスは写っていません。

しっぽに特徴があり、恐怖感が漂っていますね。

 

 

クラーゲンフルトのLindwurm伝説

 

Karast公爵の時代、この辺りはWörtherseeからDrau河まで湿った苔が多くあり、野生の木々や茂みがある地域でした。

山側は放牧地域になっていたので人々や家畜はいましたが、逆にこの地帯には誰も人が立ち入ることがありませんでした。

稀に人が入ると、その不気味な暗闇からは誰も戻っては来ませんでした。

また牛なども消えてしまい、羊飼いなどがいくら探しても見つかりませんでした。

この地域はいつも深い霧に覆われていたので、人間や動物を殺すような殺人鬼を誰も見ることがありませんでした。

 

さて、公爵は大勢の中から勇気ある者に、この殺人鬼のいる場所を突き止めて、退治する命令を出しました。

しかし、恐怖から勇気ある者達も退いてしまいます。

 

ある策略だけがこの殺人鬼をおびき出すことができたのです。

 

その後まもなくこの沼地の端に頑丈な塔が作られ、その塔の中から相手に悟られることなく遠くを見渡せることができるようにしました。

勇気ある少人数の下男たちが退治した時の報酬に引かれて戦いに挑みました。

その報酬とは策略と力で殺人鬼を退治した勇気ある者には川からのこの土地、十分なお金、

もし奴隷であれば自由を与えることでした。

 

肥えた雄牛を鎖でつなぎ、そこに釣り針のような鉤を取り付けました。

雄牛の鳴き声がこの一帯にこだまし、まもなく沼地から水しぶきが立ち上がり、羽としっぽを持った巨大な生き物がまるで槍のように飛び出してきました。

そして雄牛を飲み込むために大きな口が開かれます。

その時魚を釣るように鉄の鉤がドラゴンに口の中に刺さり、ドラゴンは怒りからしっぽを振り回してさらに尖った足で雄牛を深くつかみます。

その時素早く下男達が飛び出し、鉄のこん棒でドラゴンをやっつけてこの場所はドラゴンから解放されました。

このドラゴンと戦った場所に平和な村ができ、塔が立っていた場所には公爵によってお城が作られます。

この村とお城が時と共に発展して現在のクラーゲンフルトが生まれることになります。

 

 

 

 

 

 

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この時期のウィーンの森

最近ウィーンの森を御案内することが多くなっています。

団体ツアーの皆様と、個人のお客様やMy Busツアーなどで行きますが観光としてウィーンの森に行く場合は南方面が圧倒的に多いです。

こちらは名所が多くある割には個人的には非常に行きづらい所にあるので、北の森よりも訪れる回数が圧倒的に多くなります。

 

ウィーンの森はウィーン市を3方向から囲み、ウィーン市の3倍以上の広さを持ち、ヨーロッパアルプスの一番東の端っこの部分になります。

一般的にウィーンの森というこの"森"という言葉から緑地帯的なイメージがあるようですが

山なんですね。

 

個人旅行ではベートーヴェンゆかりの地であるハイリゲンシュタットにある遺書の家

ベートーヴェンの散歩道カーレンベルクなどがある北の森を訪れることが多いでしょう。こちらはウィーン市の中に入っていてまた公共交通機関でもある程度アクセスできるので行き易いですね。

団体旅行の場合は専用バスで動けるので前述したように南方面に行くことが多いです。

ガイドの立場からすればどちらがいいということは決してありませんが、ハイリゲンシュタットの遺書の家とかベートーヴェンの散歩道は森というより郊外の雰囲気ですが、カーレンベルクまで歩いたり、逆にそこから降りてくるような時にはウィーンのちゃんとした北の

森の雰囲気を味わえます。

それに対して南方面は森の中を走りながら見所を訪れるわけです。

 

ウィーンの南の森というと、カトリックでも重要なハイリゲンクロイツ修道院ルドルフ皇太子が心中自殺をしたマイヤーリンクリヒテンシュタイン城シューベルトのゆかりのレストラン ヘルドリッヒスミューレヨーロッパ最大の地底湖ゼーグロッテや古くからの温泉地で有名なバーデンなどが挙げられ、全てを限られた時間に見るのは不可能なので時間に合わせて様々に組み合わせができます。

観光名所以外でも地元で有名なハイキングコースがたくさんあります。

 



 

上の4枚の写真はついこの前ウィーンの森の南コースを御案内した時のもので、半袖でも暑いぐらいのいい天気でした。

天気がいい時のウィーンの森はより美しく、青空と緑のコントラストが印象的です。

 

一番左上の写真はハイリゲンクロイツ修道院の回廊の中庭で静かで敬虔な空気を感じます。

それ以外は全てマイヤーリンクです。

このマイヤーリンクのかつての狩猟の館は若干高い所に建てられているので、ここを背にしてウィーンの森の印象的な景色を見ることができます。

 

ウィーンに比較的長く滞在できる方は、公共交通機関を使ってもここに来る価値はあると思います。

このような重要な見所以外に地元で楽しまれているハイキングコースもお勧めです。

 

 

 

 

 

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巨大な石で有名な自然公園「BLOCKHEIDE」

ウィーンは緑が溢れている街ですが、"自然を感じられる"と言えば公園以外では中心部ではほとんど見ることができませんね。

公園だって前からあった木などは残したかもしれませんが人工的に作ったわけですから、そういう意味では自然とは言えないかもしれません。

本当に自然を感じようと思えばやはり郊外に行くことになります。

観光レベルで手っ取り早いのはウィーンの森でしょう。

しかし観光で行くウィーンの森は言われある有名な決められた場所のみで、実際に地元の方々は有名所はさることながら様々な場所で自然を楽しんでいます。

 

オーストリアはウィーンを離れるとのどかな美しい風景が広がっている国で、ウィーンの郊外を始め、国内には豊かな自然が広がっています。

 

私も時間がある時には家族とよく色々な所に出かけています。

うちのお気に入りのスポットとして"Blockheide"(ブロックハイデ)があり、最近もおにぎりを持って出かけてきました。

 

 

 

BlockheideはNiederösterreichのWaldviertel(ヴァルトフィアテル)の一角にあるオーストリアの自然公園のひとつで、チェコとの国境に隣接するオーストリアのGmünd(グミュント)の目と鼻の先にあります。

ウィーンからは車で約140kmと結構離れていますが歴史的にも重要な場所で、新石器時代からの跡が確認されていて地元でも有名です。

 

上の写真はこのBlockheideの見取り図で、以下に示すように色分けされた4つの散策コースがあります。

GRANIT-TOUR (2,9 km)

MYTHOlogieTOUR (3,5 km)

LANDSCHAFTSkulTOUR (2,8 km)
MARIENKÄFERWEG (5,6 km)

 

中に入ると、草原地帯、池、森、そして一番重要なこの自然から形成された巨大な石の塊をいくつも見ることができます。

下にいくつか有名な石を掲載します。

 

 

こちらはChristophorussteinです。

不思議な形の石の塊がこのように重なっているのです。

 

 

こちらはTeifelsbettと呼ばれています。

悪魔のベット!?ですね。

後ろにここでハイキングをしている人達が見えますが。人間の大きさよりも遥かに大きいことがわかります。

 

 

こちらはPilzsteinです。

名前の通りキノコの石ですね。

 

 

こちらはKoboldsteineです。

小妖魔の石群です。

 


 

この辺りは"Bömische Masse"(ベーミッシェ・マッセ)と呼ばれ、現在ではオーストリアの国境界隈からチェコを含む地域です。

古生代(約5億4200万 - 約2億5100万年)に形成された山脈の残りとなっています。

つまり、この巨大な石はそれだけの年月が経っているということになります。

 




 

豊かな緑、森林地帯がコースになっていて、大きな池もあり巨大な石は集中してわるわけではなく、それぞれ散らばって残されています。

 

自然公園の中には売店も兼ねたインフォセンターがあり、そこには2003年に作られた展望台があります。

この展望台はトウヒとカラマツの木で作られ、高さ25.8m,140の階段があります。

上からの眺めがまた印象的で、左下の写真にその展望台が見えますね。

右下の写真は展望台から見た真下の風景です。

たくさんの石がこの辺りにも見られます。

 

自然公園の中には売店はあり、飲み物などは買うことができますがしっかり食べられる物は売っていないのでお弁当を持って行くことをお勧めします。

 

ここは自然と歴史、特に地質学的にも非常に面白い所です。

 

 

 

 

 

 

 

 

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春の中央墓地

聖霊降臨祭の祝日であった昨日は雨が降ったり晴れになってりということが何回あったでしょうか。

雲の動きが不安定だったウィーンです。

そんな天気にもなりますが、緑が多くなっているこの季節はウィーンの街らしいものがあります。

日本とは気候が違っても四季の変化がよく見られるウィーンの街です。

中心の荘厳な街並みと緑の多さはウィーンらしい一面です。

重要な観光スポットのひとつとして中央墓地にも年間を通してよく行きますが、ここは無数にお墓があっても公園のようなのんびりした所で実際に散歩をしている人も多いです。

年間を通してここにはよく来ますが、緑が多いこの時期の中央墓地もいいですね。

 


 

この日も青空が広がっていて墓地といってもすがすがしい雰囲気でした。

左上の写真は中央墓地の一番知られた場所でしょうか。

ベートーヴェンのとシューベルトのお墓が立っています。

たくさんの木が緑をつけていますね。

皆さんと観光で中央墓地に来る時は真っ先にここを訪れます。

 


 

左上の写真は中央墓地第2門の方向を墓地の中から見ています。

ここは映画「第三の男」の最初の方で登場する場所でもありますね。

右側は有名なユーゲントシュティール様式のカール・ボロメウス教会です。

広い敷地の中にポツンと建てられていて堂々とした存在感があります。

 

 

その映画「第三の男」のラストシーンの並木道です。

通常の団体ツアーではここに来ることはありませんが、私のホームページから観光を申し込まれたあるお客様は"ここで写真を撮る"という目的でしたので、有名な地域を見た後ここに来ました。

ここには青空は見えませんが上の教会の写真を撮影したすぐ後に来ていますので天気は良かったです。

 

中央墓地ならぶらぶら歩いても楽しいですよ。

 

何回か登場しています。

中央墓地中央墓地2中央墓地3中央墓地4日本人専用の墓地も参照して下さい。

 

 

 

 

 

 

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春のヒルシュシュテッテン花壇庭園

緑が多いこの時期は街中を歩くのがより楽しくなります。

この時期はまた同時に色々な花も見られますね。

街中に植えられる花の多くはヒルシュシュテッテン花壇庭園で栽培されています。

今年3月の終わりにこのヒルシュシュテッテン花壇庭園の復活祭市について少し話題にしましたが、この花壇庭園はうちのお気に入りのスポットのひとつでよく出かけます。

 


 

5月の初旬にもここに行きましたのでその時の写真です。

花壇庭園にはたくさんの花が植えられていて、花は開花時期が違いますから、時期によってここは全く違った雰囲気になるのもおもしろいです。

花だけではなく動物も飼育されています。

また池や温室、遊び場や迷路、色々なタイプの庭などもあり家族連れでいつも多くの人が来ています。

 



 

花壇庭園内は色々なコーナーがありますから、散歩をするだけでも十分楽しめます。

軽食などや飲み物が売っているスタンドも庭園内にありますが、うちはよくおにぎりを持って行ってここで食べます。

チューリップが見事に咲いていて春を感じるひと時でした。

 

 

 

 

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ベートーヴェンのパスクヴァラティハウス

ウィーンに最も多くの足跡を残した音楽家はベートーヴェンでしょうか。

オーストリア人の3大クラッシックの作曲家ではないにもかかわらず・・・です。

その中でウィーンのリンク道路の内側にありながら、なぜかあまり注目されない、しかし、

重要な作品がたくさん生まれたパスクヴァラティハウスについて少し取りあげます。

"PASQUALATIHAUS"とドイツ語で言われますので、タイトル通りパスクヴァラティが

ドイツ語発音からの日本語読みですが、パスクラティとも多く呼ばれています。

 

このブログコーナーでもベートーヴェンに関することは結構取り上げています。

 

ハイリゲンシュタットの遺書の家ベートーヴェンのデスマスク第9交響曲の家

第9交響曲の家 2第9交響曲の家 3交響曲第6番田園の小川ベートーヴェンの記念像

ヘレーネ渓谷のベートーヴェンの跡ウィーン21区のベートーヴェンの滞在場所

ベートーヴェンの最後の住居中央墓地ウィーンのベートーヴェンの散歩道にあるベートーヴェン像なども参照して下さい。

 

このパスクヴァラティハウスはウィーン大学のリンク道路を挟んでほぼ正面に

位置する昔の城壁の一部である有名な

Mölkerbastei(メルカーバスタイ)の上に建っている建物の日本で言う5階にあります。

右の写真で見る最上階に見える窓、屋根のすぐ下ですので上に着いた時には結構息が切れてます。(笑) Mölkerbasteiに関しては↓

    貴重な城壁の名残り 1

 

18世紀に入りオスマントルコの脅威がなくなるとこの帝国の都は人口が増えていくことになるわけですが、このBastei

(バスタイ、またはBastion・・・バスツィオン・・・日本語では堡塁)の上も建物でいっぱいになっていきました。

この5階建ての建物は1791年、ヨーゼフ・フォン・パスクヴァラティ男爵によって建てられました。

モーツァルトが亡くなる年ですね。

 


ここの入口には例によってウィーンの重要文化財を示す旗が掲げられていて、右側に銘板を見ることができます。銘板には

”1804年~1815年にかけて繰り返しベートーヴェンがこの家に住んだこと、交響曲第4番、第5番"運命"、第7番、オペラ"フィデリオ"、レオノーレ序曲第3番、ピアノ協奏曲第4番、バイオリン協奏曲、弦楽四重奏曲OP59,95やその他の作品"と記されています。

ベートーヴェンの多くの有名な曲がここで誕生しています。

ベートーヴェンがここに入居したのは1804年・・・彼が34歳の時ですから、その2年前に書かれた"ハイリゲンシュタットの遺書"から精神的にふっ切れてその後芸術家として円熟期に入って行く時期ですね。

 

この博物館への入口は2つあり、この写真で見られる正面側と1枚目の写真で見られる建物の右側です。

ここは現在でも一般の人々が住んでいますので、おそらく住人が中から鍵をかけてしまってたまにこの正面入り口が閉まっていて中に入れないことがあります。

その時は右側に行って下さい。

正面から中に入ると、ちょっとした中庭が見られ別世界です。

それを楽しんで右側にさらに扉がありますので、それを開けて薄暗い螺旋階段をひたすら最上階(4.Stock)まで上がって行きましょう。

ここが薄暗かったら、壁に赤く光っているスイッチを押しましょう。

すると階段ホールの照明がつきますよ。

 

最上階についたらさらに扉を勝手に開けましょう。呼び鈴はありません。

すると、ベートーヴェンの住居に入ります。

 


 

ここの博物館はベートーヴェンの博物館の中では一番部屋数が多く、様々な資料を見ることができます。

左上の写真は最初の部屋で、ベートーヴェンに贈られたれたナネッテ・シュトライヒャー製のピアノを見ることができます。

右側奥に肖像画がありますが、この人物がヨーゼフ・ベネディクト・パスクヴァラティでこの建物を建てた人物です。彼の名前がこの建物の名前にもなっています。

彼は医者であり、患者の中にはマリア・テレジア女帝もいました。

彼の息子のヨハン・バプティスト・パスクヴァラティがここにベートーヴェンを入居させ、

ベートーヴェンと生涯に渡って友情関係を保ちました。


奥にはベートーヴェンのこの頃の像を見ることができます。

 

右側はベートーヴェンの交響曲第5番"運命"のスケッチです。

 

 



 

さらに奥には4つの部屋があります。

左上の写真はオペラ "フィデリオ"のベートーヴェンによる手書きのスケッチです。

右上の写真はフィデリオに関する部屋で、台本作者や当時の歌手、そしてフィデリオが初演されたテアター・アン・デア・ウィーン劇場の様子などがわかります。

このオペラは1805年11月20日に初演されますが、ナポレオン戦争中でフランス軍がウィーンに入って来たこともあり、たくさんお人が避難したこともあり時期的にも最悪でした。

 

その奥に部屋には左下に見られるようにベートーヴェンの肖像画と彼の御祖父さんの肖像画があります。

ベートーヴェンの御祖父さんはベートーヴェンが3歳の時にこの世を去ったわけですが、

ベートーヴェンはボンからこの肖像画をわざわざ取り寄せています。

この絵は彼の心の支えにんたっていたと思われます。

 

その奥の部屋にはベートーヴェンと知り合いにいになった重要な人々が見られます。

ボンでベートーヴェンが子供時代からお世話になったシュテファン・ブロイニング、エスターハーズィ家のニコラスII世、ロブコヴィッツ侯爵、三大ピアノソナタのひとつである

"熱情"を献呈したハンガリーのブルンスヴィックのフランツやその姉妹のテレーゼとヨゼフィーネなどの肖像画などを見ることができます。

 

ウィーン市管轄の音楽家の博物館では実際にその音楽家の名曲をその場で聞けるようになっていますが、ここにもちろんその設備があります。

 


 

このベートーヴェンのパスクヴァラティハウスはほぼリンク道路沿いにあるにもかかわらず

なぜかあまり訪れる方が多くないのが残念です。

音楽に興味がなくてもウィーンに来られたら訪れてみてはいかがでしょうか。

 

 

 

 

 

 

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ここも気持ちのいいサイクリングコース

ウィーンは森の都と言われる通り、ヨーロッパの街の中では街の広さに対し緑の比率が最も高い街です。

ウィーンを歩かれたら分かりますが、街の至る所に緑があります。

でもその豊かな緑を囲むもっと大きな緑がウィーンの森ですね。

通常ウィーンに観光で来る方は長期滞在される以外ではあまりウィーンの郊外に出かけることはないでしょう。

でも同じウィーン市でも郊外は中心界隈とはかなり雰囲気が違っています。

 

私はよく家族と空いている時間には郊外に出かけ自然を楽しみますが、陽気がよくなってきた春からは自転車にもよく乗ります。

自転車もこちらでは重要な文化のひとつですね。

リンク道路を始め、至る所に自転車専用ゾーンが設けられています。

街中以外でもEuro Veloにも指定されている本格的なサイクリングコースやドナウインゼルなどよく知られています。

以前このEuro Veroにもなっている気持ちのいいサイクリングコースを話題にしたことがありますが、その近くにも地元でポピュラーなコースがあります。

 

それはMarchfeldkanal (マルヒフェルト運河)です。

マルヒフェルト運河はウィーンの外のNiederösterreichからウィーンの北側を流れ、再びNiederösterreichのRußbachに流れ込んでいる全長約18kmの川のような水路です。マルヒフェルト運河沿いは散歩道とサイクリングコースが作られています。

実際には自転車専用ゾーンではなく道は基本的に片側1本で、歩行者と兼用での45個の橋がかけられていて自由に反対側と行き来できます。

 



 

コースが水路にほぼ平行であるため、随所から水路を見ることができます。

野原のように視界が広い所もあれば、ちょっと森っぽくなっている所もありそれなんりに変化があっておもしろいです。

自生している木々や花も多く見られウィーン市とは思えません。

先日テーマにしたセイヨウミザクラはここで咲いていたものです。

私は子供とよくここを自転車で走っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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今年仕事で初めてのヴァッハウ渓谷

オーストリアは84.000km²と北海道よりも少し広いぐらいの小さな国ですが、旅の全ての魅力を持った美しい国です。

私はもう何度となくここに書いていますがウィーンが大好きで"帝国の都"という空気が今も漂っていて上品さと優雅さを持ち、住むのはウィーン以外には考えれません。

でもウィーン以外にもたくさんの見所があり、仕事でも個人的にもよく出かけます。

 

例えば個人的にも大好きなヴァッハウ渓谷はドナウ河の最も美しい部分で世界遺産にも登録されシーズン中はよくお客様を御案内していますし、家族ともよく出かけます。

 

つい先日、仕事として今年初めてのヴァッハウ渓谷を2日続けて御案内しました。

 

ウィーンからの日帰り観光でしたが、ホテルを出発してシェーンブルン宮殿の前を通りながらA1高速道路でメルクの街まで走り、到着後メルク修道院の見学をしました。

メルク修道院は荘厳なバロック建築で、断崖の上に建てられていてまるでメルクの街を支配しているように見えます。

毎年シーズン中メルクの修道院は頻繁に御案内していますが、ここは何度行っても飽きることはありません。

ここは大理石の間や図書館、教会が素晴らしく、またバルコニーからの眺めがとても印象的です。

私は強烈な晴れ男なのですが、この時2日続けてヴァッハウ渓谷に行きましたが、残念ながら天気は晴れではありませんでした。

でもウィーンが雨だったことを考えれば、こちらでは雲も少し切れていて雨が降っていなかったのはちょっと奇跡的かと思いました。

若干霧がある修道院からの定番な眺めです。

 


 

ウィーンから移動するに従って徐々に雲が切れて少し明るくなってきていました。

そのため修道院からは十分景色を楽しむことができました。

ちなみにいい天気のときの眺めはこちらです

 

メルク修道院についてはこちらをどうぞ


 

修道院見学後、昼食を食べて大型バスでメルクからデュルンシュタインへ移動し、この街を散策しました。

ここはヴァッハウ渓谷