モーツァルトの「魔笛の小屋」は現在ここに

今年はモーツァルト生誕270年です。

20年前の250周年は大変な盛り上がりを見せましたが、270年祭は静かであまり意識されてないように思えます。

モーツァルトは1月27日生まれですが、その1月の誕生日前にザルツブルクに仕事で何日か行ってました。

今日はかなり知られているものですが、しかしあまり見ることができない「魔笛小屋」をお届けします。

 

「魔笛」はモーツァルトが亡くなる年の1791年3月 エマヌエル・シッカネーダーからドイツ語劇の依頼がありました。

シッカネーダーは1751年生まれ・・・モーツァルトより5つ年上です。

彼はレーゲンスブルクで学び、22歳頃、モーザーの劇団に入団し、その5年後には座長になり、一座を率いて様々な所を回ります。

その時1780年、ザルツブルクでも公演し、モーツァルト一家との関係が生まれ、モーツァルトとは旧知の仲になるわけです。

モーツァルトがウィーンで活躍する頃から、シッカネーダーもウィーンに出て来ることとなり、色々な劇場と契約して活動します。

1789年、現在のウィーン中心から近い所にある「Freihaustheater (フライハウステアター)、または

Theater auf der Wieden (テアター・アウフ・デア・ヴィーデン)」の監督となり、ドイツ語による台本を多く作手がけ、大衆的な劇を演じるようになっていました。

そんな状況からモーツァルトに「魔笛」の依頼が来たわけです。

晩年のモーツァルトは妻コンスタンツェがバーデンに療養に行き、かなり孤独でした。

そこでシッカネーダーがこのTheater auf der Wieden のそばの小屋にモーツァルトを住まわせ、作曲活動をさせることになるわけです。

その小屋が「魔笛小屋」であり、この小屋はウィーンから1897年にザルツブルクに移されることになります。

この「魔笛小屋」はザルツブルクの国際モーツァルト財団が所有し、音楽大学「モーツァルテウム」の大ホールが使用されるイベントの夏季のみ一般が見ることができ、モーツァルテウムの庭園「バスチオン」に置かれ、このコンサートホールを通ってしか行くことができないという、とても限られた場所に置かれていたんです。

 

映画「アマデウス」の中でも、酒にかなり酔って鍵盤の前に座って魔笛の中の曲を演奏しているモーツァルトのシーンが出て来ます。そのシーンの最後には、この魔笛小屋と似たような小屋がちゃんと映し出されています。