1月6日のHeilige Drei Königeが過ぎるとウィーンの街は舞踏会が至る所で開かれ、それに伴うカレンダーもあるぐらいです。
舞踏会の中で最も頂点であるのは国立オペラ座の舞踏会(Opernball・・・オペルンバル)です。
この舞踏会は復活祭がいつ来るかによって開催される日が毎年変動し ます。
謝肉祭のクライマックスである火曜日(Faschingsdienstag)の前の週の木曜日と決め られていますので、
今年は2月12日の木曜日・・・つまり今日ということになりますね。
こちらは舞踏会時期の国立オペラ座、昨日夜の光景です。
相当大掛かりな作業で、どこから見ても目立ちます。
正面入り口だけではなく、後ろの搬入口や横の部分でも作業が行われます。
<国立オペラ座舞踏会の歴史>
国立オペラ座舞踏会は、有名なウィーン会議(1814-1815) の時からだとされていますが、場所は宮廷関係の劇場ではなかったようです。
そもそも国立オペラ座自体、1868年に完成していますからウィーン会議の50年以上後ということになります。
その1820~30年代、この帝国の都ウィーンでは数々の大小の舞踏会が開かれるようになっていました。
ヨーゼフランナー、ヨハン・シュトラウス(父)が活躍する時代ですね。
それから王宮のレドゥーテンザールで開かれるようになっていきますが、1848年の革命時からはしばらく静かになります。
1862年Theater an der Wienが舞踏会開催を許されました。
1869年にリンク道路の現在の国立オペラ座を宮廷が使い始めますが、皇帝フランツ・ヨーゼフ1世がここでの舞踏会を拒んでいたため、1870年に完成したニューイヤーコンサートで有名な楽友協会ホールで "Ball in der Hofoper"として開かれました。
1877年に皇帝フランツ・ヨーゼフ1世が賛同し、初めて現在の国立オペラ座の一角で祭典が行われました。
ハプスブルグ帝国崩壊後、オーストリアが共和国となり、すぐに帝国時代の懐かしさから1921年にはすでに舞踏会が開かれました。
1935年には「Wiener Opernball」という名で開かれ、1939年第2次世界大戦前日の夜、最後のオペラ座舞踏会が開かれます。
戦後壊された国立オペラ座が1955年に修復され、1956年2月9日に現在のオーストリア共和国の初めての国立オペラ座舞踏会が開かれ、現在に至っています。
今年は現在のオーストリアになって68回目ということですね。
国立オペラ座舞踏会は世界各国の著名人、貴賓が集まり、男性は燕尾服、女性はイブニングドレスと決められています。
<国立オペラ座舞踏会についての色々な数字>
ゲストの数は5.500人、250万人が国立オペラ座舞踏会のテレビ中継を見ている、160組の社交界デビュー、
会場構築時間は350人の専門作業員、150人のアルバイトで51時間、解体時間は21時間、50の業者、
総費用150万ユーロ、52.600のグラス、9.200のナイフとフォーク、1.300のSekt、ワイン900本、
250人の音楽家・・・。
国立オペラ座の普段の運営もすごいものがありますが、たった1回のこの舞踏会でも物凄いものを感じます。
さて、気になる今年の料金はというと・・・
| 入場料 | EUR 410,- |
| ボックス席(ロジェ)最大8人&立ち席4人 | EUR 26.000,- |
| 舞台側ボックス席 (ダブル) 最大10人&立ち席2人 | EUR 25.000,- |
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舞台側プレミアムボックス席 (シングル) 最大6人 |
EUR 19.000,- |
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舞台側プレミアムボックス席テーブル付 8~10人 |
EUR 19.000,- |
|
舞台側ボックス席 最大6人 |
EUR 15.000,- |
| 舞台側ボックス席テーブル付 最大6人 | EUR 15.000,- |
| テーブル席(舞台横、大理石の間などのサロン) | EUR 640,- |
| 観覧 舞台が見られる席もしくは立ち席 | EUR 100~250,- |
今年は68回目の国立オペラ座舞踏会です。
厳密に言えば、入場料は400ユーロで、40ユーロは寄付になり、税金申告で経費として認められます。
入場料だけの場合は館内を歩き回ることができますが、席はありません。
入場料だけでも400ユーロですから国立オペラ座の最高額の座席よりも高いです。
年間を通して数え切れないぐらい国立オペラ座の内部案内をしていますが、毎年思いますが舞踏会だけは別世界です。
去年の国立オペラ座舞踏会の写真が掲載されていますので興味ある方は御覧下さい。
https://www.opernball.at/fotos/
※国立オペラ座オフィシャルサイトより


