モーツァルトのお墓が綺麗になった

音楽をメインテーマにしてウィーンを訪れる方は中央墓地によく行かれると思います。そこは多くの有名な音楽家が眠っていることで知られ、その場所32A区というのは代名詞的にもなっています。

実際に中央墓地は音楽家だけではなく、色々な分野の著名人達が多く眠っていること、しかし現在でも大半は地元の墓地としてしっかり使われています。ここはもうひとつ映画「第三の男」のラストシーンの並木道があることでも知られ、音楽とは無縁でも映画のファンの方が今でも多く訪れます。32A区にはモーツァルトの記念碑が立っていますが、これをモーツァルトのお墓と勘違いする方が今でも意外と多いようです。モーツァルトのお墓は中央墓地ではなく、St.Marx (聖マルクス霊園)にあります。

今日はモーツァルトの誕生日ですね。

 

 

モーツァルトは有名人でもモーツァルトのお墓があるこのSt.Marxは年間を通して中央墓地と比べると来る回数は非常に少ないです。ひとつにはここはちょっと来づらいことが挙げられます。

去年の8月半ばに仕事でここを訪れた時にはちょうどモーツァルトのお墓とその周辺をリニューアルしている最中だったので、墓石がなくなっているモーツァルトのお墓となっていて、ちょっと妙な雰囲気でした。

先日1月3日にここを訪れた時にはすっかり綺麗になって、モーツァルトのお墓もしっかり戻っていました。

 

前述した墓石がなくなっているモーツァルトのお墓と比較して下さい。モーツァルトのお墓の周りには白く細かい砂利が敷かれ、ちょっとした遊歩道的になっています。また何と言ってもモーツァルトのお墓自体が明るい色に塗り直されていて、記念のプレートまでが置かれています。

この墓石は新しく作ったわけではなく、以前からもちろんここにあったものです。

 

モーツァルトが亡くなった時、彼は忘れ去られて無名状態でした。そこで遺族のことも考えられて3等級という当時の庶民的な埋葬方法が選ばれました。

 

これは大きな穴の中にたくさんの遺体を麻袋に入れて、(もしくは麻布にくるまれて)投げ込んで、上から石灰をかけて終わり・・・数年後再びそこには掘り返して別の遺体を埋葬する・・・という質素なスタイルでした。そもそも19世紀まで、貴族や聖職者以外には碑を立てるという習慣はありませんでした。稀に質素な木の十字架が置かれる程度だったのです。

 

モーツァルトが亡くなった後、未亡人となったコンスタンツェや、後彼女が後再婚するニッセンの努力からモーツァルトが知られるようになっていきます。そこでついにウィーン市がモーツァルトの埋葬場所を探すようになりましたが、遺骨がバラバラで判別不可能でした。

 

そこで・・・

モーツァルトがほぼ埋葬されたであろう・・・という場所に記念碑を立てました。

その記念碑がモーツァルト没後100年後、つまり1891年にすでにオープンしていた大きな中央墓地に移されたわけです。そのため中央墓地にあるのは前述したようにモーツァルトの記念碑であってお墓ではありません。そこで記念碑が持って行かれたここSt.Marx には新たにこの写真のように天使がたたずむ悲しげなお墓が作られました。これを作った人物は当時ここの管理をしていたAlexsander Kuglerです。

 

 


聖マルクス霊園(St.Marx)は1784年から約90年間墓地として使われました。

1874年に中央墓地ができるにあたって、周辺墓地と同様に閉鎖されるはずでしたが、当時のヨーロッパで貴重な

「ビーダーマイヤー様式の墓地」ということから残されました。

現在では墓地の機能はなく、墓石がそのまま並べられた公園としてウィーン市が管理しています。

 

 

 

 

 

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