国立オペラ座の舞踏会

一昨日2月27日は舞踏会の頂点に位置するOpernball (オペルンバル)・・・

国立オペラ座の舞踏会でした。

国立オペラ座舞踏会は移動性で、毎年謝肉祭の最後の火曜日(今年で言えば3月4日)の前の週の木曜日に開かれます。

 

この写真は2月24日の正午ぐらいの

国立オペラ座正面です。

舞踏会のための入場口が作られている最中です。

 

国立オペラ座では年間約300回の公演が行われるわけですが、この舞踏会

準備のため今年は2月25日、26日は公演はありませんでした。

でもこの日の24日は公演がありました。

 

それはオペラ座内部を舞踏会のステージに作り変える大変な作業があるからです。

客席を取り外し、その客席スペースと本来の舞台スペースを使って大舞踏会場を作り、

さらに本来の舞台スペースにはロジェの客席が設けられます。

 

こちらは2月27日舞踏会当日の

国立オペラ座正面です。

 

国立オペラ座舞踏会は、20:30入場、22:00から始まります。

 

国立オペラ座舞踏会は、有名なウィーン会議(1814-1815)の時からだとされていますが、場所は宮廷関係の劇場ではなかったようです。

 

その1820~30年代、この帝国の都ウィーンでは数々の大小の舞踏会が開かれるように

なっていました。

ヨーゼフランナー、ヨハン・シュトラウス(父)が活躍する時代ですね。

 

それから王宮のレドゥーテンザールで開かれるようになっていきますが、

1848年の革命時からはしばらく静かになります。

 

1862年Theater an der Wienが舞踏会開催を許されました。

1869年にリンク道路の現在の国立オペラ座を宮廷が使い始めますが、

皇帝フランツ・ヨーゼフ1世がここでの舞踏会を拒んでいたため、1870年に完成した

ニューイヤーコンサートで有名な楽友協会ホールで "Ball in der Hofoper"として

開かれました。

 

1877年に皇帝フランツ・ヨーゼフ1世が賛同し、初めて現在の国立オペラ座の一角で祭典が行われました。

 

ハプスブルグ帝国崩壊後、オーストリアが共和国となり、すぐに帝国時代の懐かしさから1921年にはすでに舞踏会が開かれました。

 

1935年には「Wiener Opernball」という名で開かれ、1939年第2次世界大戦前日の夜、最後のオペラ座舞踏会が開かれます。

 

戦後壊された国立オペラ座が1955年に修復され、1956年2月9日に現在の

オーストリア共和国の初めての国立オペラ座舞踏会が開かれ、現在に至っています。

つまり今年は現在のオーストリアになって58回目ということですね。

 

国立オペラ座舞踏会は世界各国の著名人、貴賓が集まり、男性は燕尾服、

女性はイブニングドレスと決められています。

 

さて気になる入場料ですが・・・


今年2014年は以下の通りです。

 

 

入場料 EUR 250,-
ボックス席(ロジェ) EUR 18.500,-
舞台側ボックス席 (大) EUR 18.500,-
舞台側ボックス席 (小) EUR 10.200,-
舞台側ロジェ テーブル付き        EUR 9.000,-
6人用テーブル
EUR 1.080,-
4人用テーブル EUR 720,-
2人用テーブル席 
EUR 360,-
6階 4人用テーブル EUR 360,-
6階 2人用テーブル席 EUR 180,-
 

入場料だけで250ユーロで、飲み物、食べ物はもちろん別、さらにテーブルがあるか

ないか・・・つまり自分の席を確保したければさらに追加でかかるというわけです。

 

最後に国立オペラ座舞踏会の様子のビデオが見られますので、興味ある方は御覧下さい。

 

https://www.wiener-staatsoper.at/Content.Node/home/opernball/video1.de.php

           ※国立オペラ座オフィシャルサイトより

 

 

 

 

 

 

 

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