ウィーンこぼれ話

 

ウィーンこぼれ話のコーナーにようこそ! 

 

私はウィーンが大好きで,住むのはウィーン以外には考えられません。

ここヨーロッパのウィーンに20年以上、充実した生活をしている中で得た、様々な経験談や現地情報、地元新聞などからの興味深い記事などや、オーストリアの名所などを時間がある時にあらゆる分野から、ブログ的に紹介しています。

とてもためになる話からどうでもいい話まで、観光で役立つ情報や様々な分野の情報が満載です。

しかも毎日更新です!

 

オーストリアはとても奥が深い国、その首都ウィーンはヨーロッパ文化が凝縮した街ですから、ありとあらゆる分野、様々な顔があります。

 

このコーナーのタイトルは「ウィーンこぼれ話」ですが、ウィーン以外の場所も話題にしています。

画像は写真が撮れる所だけのものを掲載しています。

掲載画像は全て私がその場所で実際に撮影したものであり、サイト内容と共に無断使用や無断転載はお断りします。

 

ウィーン(オーストリア)の奥深さをできるだけたくさん御紹介したいのですが、毎日忙しくてあまり深く、詳しく書いている時間が残念ながらありません。

でもあらゆる分野から色々なことを書いています。

特定のものを探される場合はサイト内検索を御利用下さい。

 

間違いがあれば是非御指摘お願い致します。 (^▽^)

 

 

          時間がある時に是非お読み下さい!

 

※このブログトップページに表示されている記事は、最新記事から遡って 合計30です。

 それ以前の記事は、月別、カテゴリー別に整理していますので御利用下さい!

 細かい検索はこのサイト内検索を御利用下さい。




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知られざる美しい中庭風景 42

前回の知られざる美しい中庭風景41では、ウィーン5区の一角と旧市街にあるHarach宮殿を取り上げました。

今年の1月は忙しさからこのテーマを抜かしてしまったので、2月に2回話題にしようと思いましたが、1回しかできなかったので、結局3月の初旬と今日とで2回掲載したいと思います。

今回は旧市街と郊外です。

 

ここはルネッサンス的要素にバロック的な装飾が見られる中庭空間です。後から追加でつけられたガラス張りの屋根から外からの自然の光が入ってきて、やわらかな明るい空間を演出しています。

本来は屋根がなかったわけで、その方が当たり前ですが

こちらではこのような空間に後から屋根つけて "Wintergarten" (ヴィンターガルテン)と呼ばれる空間が多く作られています。

Wintergartenとは冬でも快適に外が見られる、庭にいるような感覚に・・・という意味です。

この中庭空間は入口から入るとかなり広く感じ、ここを抜けてもっと奥まで行くことができます。

この場所はシュテファン大聖堂からすぐにある旧市街一角のSchuler-Str.1-3番地です。

通りの名前は14世紀初頭には存在していましたが、

1389年からの法律学校があったことから由来しているという説がよく言われていますが、この近くにあったBürgerschule zu St.Stephanもしくは、Singschule bei St.Stephanから由来しているとされています。

窓がはめ込まれている所は四角が多いことや、アーチも四角い構造が見られます。

 

 

 

こちらはアーチの連続が印象的な中庭空間です。

アーチをテーマにした方が良かったかもしれませんが、細長い中庭空間であることがわかります。

アーチがある所は回廊的で、外の地面は石畳が風情ある効果を演出しています。

空が見える部分にはとび梁がありますね。

ここはメルク修道院の一角で、写真の左側に見える壁の部分が教会となっています。

修道院見学後にショップを抜けると必ずこの中庭空間に出てきます。そのまま意識しないで歩いてしまうと気付かないので、改めてこの空間に立ち入って観察してみて下さい。

 

 

 

 

 

 

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ウィーンによく見られるこの時期の花 172 (パンジーとヒナギク)

3月になってからシェーンブルン宮殿やベルヴェデーレ宮殿、王宮庭園のモーツァルト像のト音記号などにも花が植えられ始めました。今年の冬は寒かったので花の咲き方が例年と比べるとひと月は遅いと思います。

花が植えられ始めると冬の終わりを感じると同時に春の訪れを感じます。

日中も暖かい日が多くなり、街中のテラスも活気が出て開放的な気分になります。

この時期によく植えられる花と言えばここ何年もヒメサンシキスミレが多いですが、今年も同じような花です。

 

こちらは見ての通りベルヴェデーレ宮殿です。

2014年はパンジー、2015年、2016年はヒメサンシキスミレが植えられましたが、今年2017年はパンジーとヒナギクのコラボとなりました。

紫の花がパンジーで赤い花がヒナギクです。

 

パンジーはドイツ語でStiefmütterchenとか

Garten Stiefmütterchen,学名でViola wittrockiana,

スミレ科、スミレ属です。
1800年代北欧で鮮やかで大きなスミレを作るためにスミレやスミレ科から交配、交雑されて生まれたようです。

高さ20~30cmぐらい、色は交配が進み、赤、紫、オレンジ、スミレ色、黒など様々です。

 

 

日当たりがよく、排水がいい所でよく成長します。1年草ですが、最初の1年目は葉を茂らせて冬を越し、次の年に花を咲かせてその後枯れるのが一般的です。

スミレの仲間は世界に450種類ほどあるそうですが、現在の園芸品種は全て人為的な合成種です。

 

 

ヒナギクはドイツ語ではGänseblümchen、学名ではBellis perennis です。日本語の別名ではチョウメイギクとも言われています。キク科ヒナギク属(べリス属)で、基本的には多年草です。

原産はヨーロッパで、原種はうちは違いますが、雑草のように扱われていることが多いです。

日本には明治時代初期に入って来たそうです。

高さは10cm-20cmぐらい、開花時期は3月~5月、色は赤、白、ピンクがあります。

 

今年のこの色の組み合わせは素敵ですね。

 

 

写真は2枚共 2017年 3月11日 12:30頃にベルヴェデーレ宮殿で撮影したものです。

 

 

 

 

 

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ルーベンスの"受胎告知"

ウィーンには主要な美術館が7つもありますが、中でもヨーロッパ3大美術館のひとつにも数えられている美術史博物館は絵画に興味がない方でも一度は見ておくべきでしょうか。

去年2016年は美術史博物館の125周年記念でした。

絵画の内容もヨーロッパの他の美術館とは違い、15世紀~18世紀に限れていて、ハプスブルグ家がおさえていた様々な土地の円熟した作品だけが集められています。

つまり、ここに並べられている絵画は全て絵画史上重要な作品ばかりです。

また、ここの内装も素晴らしいものがありますので、この美術館の中にいるだけで幸せな気分にさせてくれます。

 

今日は久しぶりにここから1枚の絵画について話題にします。

 

 

こちらはルーベンスの"受胎告知"です。

今日3月25日は受胎告知の日です。

 

受胎告知は宗教画ではポピュラーなテーマで、色々な美術館に様々な画家が描いたものが存在します。

ナザレの家にひとりでいたマリアの前に、突然天使が降り立ちました。この天使は大天使のガブリエルです。

ガブリエルは「主はあなたと共におられます」と挨拶をします。この時マリアは突然の出来事から驚きますが、取り乱すことはありませんでした。

ガブリエルは続いて「あなたは神の恵みを受けてみごもり、男の子を生むでしょう。その子をイエスと名付けなさい」・・・マリアは神を信じて聖なるお告げを慎んで受け入れます。その後、ガブリエルは去って行きました。

 

受胎告知の場面はマリアの生涯ではひとつの頂点としてとらえられています。そのため色々な画家が想像力を豊かにして描いたので、マリアの姿や彼女の心理的な状況、場所、大天使の様子などに個性が見られるテーマです。

受胎告知の場所は一般的にマリアの私室ですが、教会や修道院の回廊などが背景になっていることも多いです。

このルーベンスの場合は祈祷台のようなものが描かれていることがわかります。

 

このルーベンスの受胎告知は1609年という年代から、彼がイタリアに8年間滞在したその帰国直後にイエズス会のために描いたものです。

もともとこの絵は見開きの祭壇画だったようで、それをくっつけて1枚の絵にしているため、近くで観察すると真ん中に線が見られます。

マリアのこの防衛的なポーズは天使が突然この部屋へ乱入したことへの驚きと慎ましさを表現しています。

 

天使にはよく白衣が使われるますが、ルーベンスの場合は真っ白というわけではありません。

逆にマリアには赤、青、白といった定番の3色が全て使われていますが、実際に彼女が着ているのは白が使われていて純潔が表現され、ガブリエルの色とのコントラストを成しています。

ルーベンスは大変ドラマチックにこの状況を描写しています。

 

             ルーベンスの四大陸はこちら

 

 

 

美術史博物館に関する話題として・・・

 

ウィーン美術史博物館の天井画大階段ホールの彫刻ラファエロブリューゲルフェルメールクリムト 1クリムト 2ティツィアーノティントレット美術史博物館のカフェ・レストラン色彩がとても美しいヴェネツィア派ゴシックからルネッサンスがよくわかる絵美術史博物館125周年記念ヤン・ファンエイクなども書いています。

 

 

 

 

 

 

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ウィーンは世界で一番住みやすい街!(2017年)

私は自分のこのホームページにも書いていますが、住むのであればウィーン以外は考えられません。

普段の生活も去ることながら、仕事をしていても楽しく、何と言ってかつての帝国の都ですからヨーロッパ文化が凝縮したとても奥が深い街です。

ウィーンは上品で高貴な一面もありながら、どこかいい意味でのいい加減さが感じられる街で、とても住みやすいと思います。実際にウィーンの生活のクオリティーが高いことは世界的に知られています。

さて、今年もウィーンの街は世界で一番住みやすい街に選ばれました。8年連続で9回目です!

 

右のランキングを見て下さい。

これはMERCER (マーサー・・・世界最大の組織・人事マネージメント・コンサルティング会社)

が毎年行う統計で、世界230都市を、政治、経済、社会福祉、教育、医療、文化、自然など39項目を様々な角度から調査しランク付けを行っています。

ウィーンが1位です。

ウィーンは特に文化、教育、住居などで高得点で、

オーストリアは昔から芸術・文化の水準が高かったことがうかがえます。

治安面も重要です。ウィーンの治安はよく、パリなどとは比べ物になりません。

ベスト10にランクインされた街を見ても、文字通りヨーロッパ文化が凝縮した多く深い街はウィーン以外にはありません。

 

1. ウィーン(オーストリア)
2. チューリッヒ (スイス)
3.   オークランド(ニュージーランド)
4. ミュンヒェン (ドイツ)
5. バンクーバー (カナダ)
6. デュッセルドルフ (ドイツ)
7. フランクフルト (ドイツ)
8. ジュネーブ(スイス)
9. コペンハーゲン(デンマーク)
10. バーゼル(スイス)
10. シドニー(オーストラリア)

 

実際にウィーンで生活をしているとこの結果には実感できます。

ウィーンは素敵な街ですよ。

 

この統計はhttps://www.imercer.com/content/mobility/quality-of-living-city-rankings.html#listで見られます。

 

 

 

 

 

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天気が良ければ冬でも散歩

今年の1月は例年よりもかなり寒く、ほぼ全日マイナスで、Alte Donauも完全に凍り付き、またウィーン川だって凍り付いた場所もありました。

2月に入ると朝はマイナスの日が多いものの、日中はプラスで寒さがかなり和らいできました。

しかし自然を観察すると例年と比べると花の咲き方も遅く、緑になっていくのはまだ時間がかかります。

でも3月になって街中にまた花が植えられ始め、日中も過ごし易い陽気になってきました。

地元の人は天気がいい日には外に出る習慣があり、寒い冬でも散歩をしている人も多いです。

私も仕事では毎日かなりの距離を歩いていますが、個人的にもよく散歩をしています。

先月2月の始めのある晴れた日の午後にもちょっと散歩に出かけました。

 


 

この場所は家族とよく散歩するStammersdorf界隈です。Stammersdorfはウィーン21区の一角で、地元で有名な昔ならではのホイリゲが多く集まっている地域です。この日は日中10℃近くあり、1月と比べるとかなり暖かい日だったのでたくさんの人が歩いていました。

ここはStadtwanderweg5に指定されているウィーン市のハイキングコースにひとつです。

ここはぶどう畑を見ながら平原のように見通しがいい気持ちのいい散策コースとなっています。

左の写真はぶどう畑ですが、2月ですからたても寂しい状態ですね。

 


 

歩いているうちに日がどんどん落ちていき、青空が少なくなってきました。

左上の写真には奥にカーレンベルクが見えていて、右側の写真ではウィーンの街並みを望むことができます。

ぶどう畑は典型的な冬の状態ですが、ここが秋の頃と比較してみて下さい。

冬でも営業しているホイリゲがありますから、散歩の喉の潤しにちょっと寄り道して行くことが多いです。

Stammersdorfは全く観光化されていない本来のホイリゲの姿が見られ、長居したくなるようなお店がたくさんあります。

 

 

 

 

 

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ウィーンによく見られるこの時期の花 171(ニオイガマズミ)

もう何回も書いていますが今年の冬は例年よりかなり寒かったため花が咲くのも通常より1ヶ月は遅いです。

3月に入って朝はまだ冷え込むものの日中はかなり暖かい日が多くなってきましたので、日に日にウィーンの街中の緑も多くなってきているのがわかります。カフェのテラスも出されて開放的な気分にさせてくれると同時に春の訪れを感じます。

前回はユキワリソウ/ミスミソウを話題にしましたが、今日のこの花もこの時期に多く見られます。

 

遠くから見ると桜のような色合いですが、こちらはドイツ語でDuftschneeball(ドゥフトシュネーバル)とかWinterschneeball(ヴィンターシュネーバル)と呼ばれています。

学名ではViburnum ×bodnantenseですが、

この写真のものはViburnum farreri かもしれません。

Viburnum ×bodnantenseは、Viburnum farreriとViburnum grandiflorumを掛け合わせた品種です。

 

日本ではニオイガマズミと呼ばれているでしょうか。

スイカズラ科ガマズミ属で、落葉低木です。

 

 

 


 

原産はヨーロッパで、高さ2.5~4mぐらいになり、幹から1mぐらいの長さでたくさんに枝分かれをしています。
開花時期は3月~4月で、ドイツ語の名前の通り雪のボールのようなかたまりにたくさんの花が咲いています。

つぼみは濃いピンクで、花が咲くにつれて白や種類によっては薄いピンクになり、とてもいい香りがします。

 

Zierpflanze(観賞用植物)として、公園や特に庭に好んで植えられています。

 

写真は3月16日 13:30頃に撮影したものです。

 

 

 

 

 

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ウィーンのちょっと珍しいアングル 42

3月も早いものでもう後半に入りました。今年の1月はとても寒かったので、例年よりも花が咲き始めるのが1ヶ月ぐらい遅いです。それでもウィーンの街は徐々に緑が多くなり、だいぶ春の兆しを感じられるようになりました。

前回のウィーンのちょっと珍しいアングル41ではベルヴェデーレ宮殿を面白い角度から見ました。

今回は街中のちょっとした雰囲気とウィーンの郊外です。

 

こちらはウィーンに詳しい方であればすぐにどこであるかわかります。ゴシック様式の印象的な2本の塔と言えばヴォティーフ教会です。

この教会は1853年、皇帝フランツ・ヨーゼフはテロに遭って、奇跡的に無事だった・・・そこで神に感謝して皇帝フランツ・ヨーゼフの弟マクシミリアンによって建てられました。

1879年4月24日・・・この日はフランツ・ヨーゼフ1世とエリザベートの銀婚式の記念日に献堂されています。

 

観光中でリンク道路を御案内することは非常に多く、団体ツアーでは大型バスで、個人のお客様とは路面電車で走ることが多いわけですが、リンク道路からこの教会を見ると2本の塔が真正面に見えます。

でもこちらの写真は教会の裏側の姿も見られ、よくあるラテン十字架形ではありますが、正面とはかなり違った雰囲気で見られます。

ゴシック様式の細かい構造が印象的です。

ちょうど建物と建物の間に教会が見えていますね。

この場所はベートーヴェンの最後の住居があるSchwarzspanierstraßeから眺めています。

 

 

こちらは屋根裏部屋が2つ綺麗に並んでいる光景で、ちょうどこの部分だけ開くようにぶどうの葉が延びています。ウィーンの街中の集合住宅でもたいていは屋根裏部屋空間があり、外からは全くわかりません。

私が以前住んでいた住居にも屋根裏部屋があって、そこでは住人がよく洗濯物を干していました。

こちらの写真は集合住宅ではなくもっと低い建物で、出窓のような構造になっています。

ここはグリンツィングの"GERSTNERs Landhaus im Passauerhof"というホイリゲです。

そう言えば一昨日ゲルストナーのことを話題にしていましたね。

 

 

 

 

 

 

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オーストリアは世界で10番目に裕福な国

オーストリアは小さい国でもそれなりの経済大国でヨーロッパの中でも物価は高く、税金も、人件費もそれなりに高くなっています。

その分社会保障にはそれなりに還元されていると生活をしていると思います。

また、ウィーンは世界で最も住みやすい街にも8回選ばれていて、生活のクオリティーは高いということをよく実感します。

さて、今年1月にWeltwirtschaftsforum (世界経済フォーラム)による世界のどの国が裕福であるかというデータが新聞に掲載されました。それによるとオーストリアは世界で10番目に裕福な国だそうです。

 

 

1.  ノルウェー
2.  ルクセンブルク
3.  スイス
4.  アイスランド
5.  デンマーク
6.  スウェーデン
7.  オランダ
8.  オーストラリア

9.  ニュージーランド

10.  オーストリア  
11.  フィンランド
12.  アイルランド
13.  ドイツ
14.  韓国
15.  カナダ

トップはノルウェー、2位はルクセンブルク、3位はスイスで、全てヨーロッパです。

景気がそこそこで、失業率も上向き状態でもありながらオーストリアは10位にランクされています。

ベスト10にはオーストラリアとニュージーランドを除いてすべてヨーロッパ諸国ですね。

このランクにはGDP(国内総生産)、教育、仕事、健康、所得、公債が考慮されています。

オーストリアは何気なく観光立国的なイメージがあると思いますが、この国には色々な産業があります。

観光業ももちろん重要であり、ある程度の国の保護がありますので、国家公認ガイドとして仕事をしているとそれを実感します。税金は多く持って行かれますが、とても仕事がし易い環境だと私は思っています。

 

このようなデータを除いても、オーストリアは旅の全ての魅力を持った美しい国です。

 

 

 

 

 

 

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GerstnerがなくなってSLUKAになった

ウィーンはヨーロッパで一番長く続いたハプスブルグ王朝の居城があったかつての帝国の都で、今でもその面影を十分見ることが、そして知ることができる奥が深い街です。

ハプスブルグ宮廷に商品を降ろすことが許された業者がたくさんあり、"k.u.k."の称号が今でも使われています。

ハプスブルグ帝国時代の厨房はフランツ・ヨーゼフ1世の時代、"王宮銀器・食卓調度保管室"という名前でしっかりと組織されていて、大規模な運営状況でした。その辺の様子は王宮の銀器博物館などで知ることができます。

厨房にはデザートの部門もあったのでおいしいケーキなどが作られていましたし、"k.u.k."の称号を持つKonditorei (ケーキ屋さん)などにも多くの注文をしています。

その称号を持つ地元で知られたGerstner(ゲルストナー)がいつもの場所からなくなって、代わりにSULKAになりました。


 

ウィーンの一番の目抜き通りであるケルントナー通り11-15番地には1847年創業のゲルストナーがありました。

ゲルストナーはエリザベートの"すみれの花の砂糖漬け"を最初に売ったことでも知られ、日本からもこれを買いたいお客様が多くいらっしゃいます。私個人的にはケーキと言えばハイナーが好きですが、観光でケルントナー通りを歩く時にはたいていゲルストナーも皆さんに案内していました。

3月16日、国立オペラ座からシュテファン大聖堂へ向かう時に、このゲルストナーのカラーが赤い色になっていることが遠くから見えました。ゲルストナーはしばらく改装工事と称して店を閉めていたので、やっと改装が終わって営業を再開したのかと思いました。

近くに来てみると、ゲルストナーではなくて上の写真に見られるようにSLUKA(スルカ)だったのです。

この3月16日がちょうどオープニングの日でした。

左上の写真は正面入り口、右上の写真は中の風景で、ゲルストナー時代と同じような配置ですが、店内のカラーはかなり違います。

 

ちなみにゲルストナーは現在ケルントナー通り51番地、国立オペラ座の真横の建物で営業しています。

以前の青紫のカラーではなく、黄緑色の爽やかな色をシンボルにしています。

 


 

こちらはSLUKAのテラスです。もちろん、ここはかつてゲルストナーのテラスでした。

SLUKAはWilhelm Josef Sluka と彼の妻である Josefineによって1891年にオープンし、1900年12月にはk.u.k.の称号を取得し、宮廷から認められています。

SLUKAは市庁舎のほぼ真横であるRathausplatz8番地にあり、ここはリンク道路付近にありながらも、観光的には行きづらいので地元の人達が多く集まり、ケーキもおいしいことで知られています。

そのSLUKAがケルントナー通りに店を構えたわけです。

右上の写真に見られる店のロゴには市庁舎が登場していることがわかります。

 

ゲルストナーがここからなくなったケルントナー通りはいつもとちょっと違う空気が漂っています。

 

 

 

 

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ヴァッハウ渓谷で一番古いミヒャエル教会

ヨーロッパ文化を知る上でキリスト教なくしては語れません。

キリスト教があったからこそ音楽、建築、絵画など素晴らしいものが生まれることになるわけです。

特にカトリックの教会に入ると手っ取り早くヨーロッパを感じることができます。

オーストリアは歴史ある国で、ウィーンを始め国内には歴史的重要な教会や修道院がたくさんあります。

このコーナーでも時間を見つけて色々な教会について書いていますが、今日はヴァッハウ渓谷で一番古い教会について少しまとめてみたいと思います。

 

ヴァッハウ渓谷は2.800km以上あるヨーロッパで2番目に長い川であるドナウ河の最も美しい所です。シーズン中は船下りの名所であり、バロックの素晴らしいメルク修道院と組み合わせて頻繁に観光で訪れる世界遺産地域です。

ミヒャエル教会はメルクから船で下り、途中Spitzの街を出るとすぐに左側に見える印象的な教会です。

右の写真は船から撮影したミヒャエル教会です。

 

St.Michael (ミヒャエル教会)は今のゴシック様式になる前からすでにこの場所にありました。

この場所はケルト時代のOpferstätte(オプファーシュテッテ)であり、そこに800年にカール大帝がミヒャエルの聖なる場所を作りました。

Opferstätteとはいけにえを捧げる場所や祭壇のことです。

教会の歴史としては987年という記録が最初です。

12世紀の半ばにはフローリアン修道院の所有となり、14世紀終わりの1395年にはゴシック様式の交差リブ構造を持った納骨堂が作られました。

1523年にそれまであったロマネスク様式の石の教会は後期ゴシック様式で改築されました。

その頃から要塞として5つの塔と跳ね橋なども作られ、それらは17世紀まで繰り返し強化されました。

1630年に火災があり、身廊のアーチが焼け落ち、その後まもなく初期バロック様式で手が加えられました。

現在ではWösendorfとの姉妹教会になっています。

 


 

ミヒャエル教会はドナウ河沿いの一部人工的に整えられた少し高い所に立っています。

印象的な西側の要塞塔はうさぎの耳のような形をした装飾が見られ、教会の隣には納骨堂がありこれらが15世紀に作られてよく保存されている城壁に組み込まれています。

 

要塞城壁は7mほどの高さがあり、現在でもRundturmと言われる円柱状の塔が見られますが当時は隣の納骨堂と橋で結ばれ行き来することができました。

 

教会内部は3層構造のHallenkircheに近い構造で、PseudobasilikaとかStaffelhalleと呼ばれる後期ゴシック時代に流行ったスタイルです。

この2つのスタイルはBasilika様式とHallenkircheの間に位置し、Basilikaほどは身廊が高くなく、Hallenkircheのように天井全てが同じ高さではありません。

また、Basilika様式のように身廊の上の部分には原則的に採光のための窓がありません。

 

主祭壇は1690年のもので、1748年にSteinの教区教会から運ばれて来たもので、聖母マリアが中央に見られます。

祭壇の一番上にはこの教会の名前にもなっている大天使ミヒャエル(ミカエル)が立っています。

さらに1400年頃とされるSchmerzensmannや16世紀前半のピエタなど古いものが残されています。

現在は結婚式やコンサートなどの文化的なイヴェントにも使われています。

 

ヴァッハウ渓谷にはこのような歴史ある教会が多く立っています。

 

 

 

 

 

 

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ウィーンによく見られるこの時期の花 170(ユキワリソウ / ミスミソウ)

今年の冬は例年よりもずっと寒かったので、春の訪れが少し遅いです。3月になって日中の気温は10℃~15℃ぐらいとなってきましたが、風がまだ冷たく日陰に行くと寒さを感じます。

街中の緑を観察すると、徐々に冬の色から緑が濃くなっていうのがわかります。

リンク道路などの木々にもたくさんのつぼみが見られます。

毎年この時期に春を感じさせてくれる花を話題にしていますが、今年はすでにキバナセツブンソウマツユキソウを紹介しました。

今日のこの花も地元ではとても人気がある花です。

 

 

こちらはドイツ語でLeberblümchen(レバーブリュームヒェン)、学名ではHepatica nobilis,

日本語ではミスミソウとかユキワリソウとも呼ばれています。

キンポゲ科、ミスミソウ属の多年草です。

高さ10cm~15cmぐらいで、場所によっては多く咲いているので遠くから見ると、一瞬スミレのように見えるのですが、全然違います。

 

ミスミソウは石灰地質の森や山中の林の中や茂みに多く見られ、ヨーロッパ、東アジア、北アメリカなどの北半球の温帯地帯に広く分布しています。

 

日本にも4種が自生しているそうです。

開花時期は3月~4月で、花の直径は1.5cm~3cmぐらい、花弁は6枚~9枚で紫や青紫が圧倒的に多く、極稀に白もあるようです。

 

 

こちらは日本のユキワリソウで、おそらくHepatica nobilis var. japonica でしょうか。

1枚目の写真で見た花の色と全く違いますね。

この写真では濃いピンクとその右に見られる赤っぽいものと2種類が見られます。

こちらではピンクのユキワリソウはまず見ることができません。

日本では本州の中部以西の山間地に多く生育しているそうです。

 

1枚目の写真は2017年3月5日13:00頃、2枚目の写真は3月8日15:00頃の撮影で、うちの庭に咲いているものです。

 

 

 

 

 

 

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トイレの扉に子供用のトイレの扉

団体ツアーの皆様と観光する時には必ずトイレの場所も御案内しています。シェーンブルン宮殿や美術史博物館などの博物館施設は館内にトイレがありますから見学する前にトイレの場所も御案内します。見学が終わった後はたいてい少しのフリータイムがあるのでその時にトイレに行かれたい方は個々に行けますね。でも街中を歩いて観光する場合はやはり公衆トイレを優先的に御案内することになります。カフェ、レストランやホテルにもトイレがありますが団体で利用するわけにはいきませんからね。

観光後のフリータイム中にトイレに行きたくなった場合はどこかありますか・・・という御質問はよく受けます。

その際にはいくつかの可能性を御案内しています。

トイレと言えばショッピングセンターなどにあるトイレの個室に入る扉に、最近子供用の扉が設置されているのをよく見かけるようになりました。

 

 

右の写真を御覧下さい。これはウィーン郊外にあるショッピングセンターの男性用のトイレです。ここは清潔感があるトイレで、通常のように個室がいくつか並んでいます。その向かって一番左側だけが2重の扉になっていて、男性マークが記され、扉の取っ手が他とは低い位置になっています。通常の扉に小さい扉が組み込まれていることに気づきます。これは小さい子供が個室で用を足せるように配慮されたものです。こちらの小用のトイレは設置されている位置がかなり高い場合が多いです。

これは日本のお客様からもよく指摘を受けます。これでは小さい子供は届きません。また、日本の小用のように便器が地面まで伸びている細長いトイレは見たことがありません。場所によっては子供用に便器の位置が低く設置されていることはありますが。そのため、小さい子供はこの小さな扉を開けて個室で用を足すことができます。

実はこのような2重扉は街中でも多く観察できます。ウィーンの街中にある荘厳な建造物や通常の集合住宅の入口も多くは大きな扉を開けずに小さな扉だけを開閉して人が出入りします。大きな扉は車(昔は馬車)などが通る時などに開けられるようになっています。美術史博物館などはそのいい例です。

 

 

 

 

 

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シェーンブルン宮殿の入場料金(2017年度)

ウィーンに初めて来た方はシェーンブルン宮殿の観光は絶対に外せませんね。

ここはオーストリアではひとつの観光スポットとして最も多くの方が訪れる所であり、ヨーロッパで重要なバロック建築、そして世界遺産にも登録されています。

私も仕事では午前、午後と1日に2回行くことも年間を通してしょっちゅうです。

このシェーンブルン宮殿には国家ガイドの案内で見学する(団体ツアーや個人旅行)、個人で見学する、ここのガイドツアーで見学する場合とあります。

シェーンブルン宮殿の入場料金が本日2017年3月15日より新料金となります。

 

 

Imperial Tour

オーディオガイド付き

Grand Tour

オーディオガイド付き

Grand Tour

(ガイドツアー)

大人 € 14,20 € 17,50  € 20,50
子供(6~18歳) € 10,50 € 11,50 € 13,00

学生

(19~25歳)

身障者

€ 13,20

€ 15,00

(身障者は€16,20)

€ 19,20

学校生徒グループ

(6~18歳)

€ 7,20 € 9,50  

 

去年と比べると最大で1.20ユーロの値上がりとなっています。

Imperial Tour は前半22室で、Grand Tourは全40室を見学できます。

オーデイオガイドは無料で借りられます。

 

学生の方はインターナショナルの学生証が必要です。

学校生徒グループの場合は生徒それぞれの名前と生年月日が書かれたリストに

学校側のサインとスタンプが押されたものが必要です。

 

 

参考までに以下もどうぞ

 

シェーンブルン宮殿の入場チケット

 

シェーンブルン宮殿に入場する時・・・

 

 


私オーストリア国家公認ガイドと観光されると・・・

 

 

シェーンブルン宮殿の後半を見るHighlight Tourも選べます。

 Highlight Tourは一般販売されておりません。後半の方が部屋に個性があって視覚的にも楽しめます。

 

入場料金も全てのコースで割引されます。

 

事前予約をするのでどんなに混雑していても入場までの待ち時間は全くありません。

 

事前予約なしでも個人のお客様であればその場ですぐに入場できます。

 

一般入場が始まる30分前の8:00より入場できます。

 

 

 

 

 

 

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スケートに引率した

こちらの学校はクラスの色々なイヴェントに親御さんが協力することがとても多いです。例えば授業の一環で行われるBuchstabentag(文字の日)や両親の色々な職業を紹介する時間、Ausflug・・・アウスフルークは遠足みたいなもので、博物館、美術館、自然の中を散策、プラネタリウム、農家、警察署、消防署など色々な所にクラス単位で出かけます。

たいていのAusflugにはクラスの子供たちの両親が4~5人交代で引率します。

Ausflugの中で子供達が特に楽しみにしているのはスケートです。

私は去年の12月20日に市庁舎のスケートに引率しましたが、2月の終わりにもスケートに引率しました。

 


 

今回は市庁舎ではなく、Wolkersdorfというウィーン中心部から車で35km程北へ走ったNiederösterreichの一角で、ここにはEislaufplatz wolkersdorfという地元で知られたスケートリンクがあります。

ここは個人的にもシーズン中によく行く所で、基本は水、木、金、土、日の営業で、週末以外は14:30からオープンです。それ以外は学校や幼稚園専用の時間帯として予約をして利用することができるので、月、火曜日などの午前中は地元の多くの学校がここに訪れます。

この日は火曜日で、うちのクラス以外はまだ誰もいない状況でした。

この日の引率両親は私を含めて5名で、子供たちの人数管理、スケートシューズを履く時、脱ぐ時の手伝いなどをしますが、子供達が滑っている時に、もちろん両親も滑ってもいいわけです。

私も一緒に楽しみました。

天気も良く、あまり寒くない日で、氷の状態もよくてとても気持ちよく滑ることができました。

1年生からスケートの授業があったので、子供達も個人差があるもののみんなうまく滑っています。

私も子供達と話をしながら、子供達と同じように滑ったり、先生の手伝いをしたりした楽しいひと時でした

 

 

 

 

 

 

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ちょっとおもしろい階段 5

ウィーンには7つの美術館がありますが、頻繁に御案内するのは美術史博物館とベルヴェデーレ宮殿のオーストリアギャラリーです。美術史博物館はヨーロッパ3大美術館のひとつにもよく数えられ、15世紀~18世紀の絵画史上重要な作品が目白押しです。ベルヴェデーレ宮殿の上下宮はオーストリアギャラリーで、特に上宮はクリムトが多くあることで知られ、19世紀、20世紀の絵画が多く見られます。

それとは別に国立オペラ座のすぐ後ろにあるアルベルティーナ美術館も意外とおもしろい美術館で、常設展の他に様々な特別展示会が定期的にあります。

このアルベルティーナ美術館の階段がアートになっていて、特別展示会の内容によってよく変わります。

今日はそのアートの第5弾です。

 

第1回目は「マティスとフォービズム」2回目はアルブレヒト・デューラーの野うさぎ3回目はMONET BIS PICASSO第4回目は"SEURAT,SEGNAC,WAYS OF POINTILLISUM,VAN GOGH" (スーラ、シニャック、ゴッホ、点描画)でした。

 

第5弾はこんな感じです。

この場所は国立オペラ座の裏側にあり、アルベルティーナ美術館へはエスカレーター、エレベーター、もしくは後ろの階段やこの階段を使って2階の入口に行きます。

これはもう見た瞬間にエゴン・シーレの絵であることがわかります。かなり目立ちますね。エゴン・シーレ展は2017年2月22日~2017年6月18日まで開かれています。

アルベルティーナ美術館は約5万点の素描・水彩画と約90万点の版画のコレクションを所有して、これは世界最大規模です。

 

 

 

アルベルティーナは、王宮の一角のAugustinerbastei(アウグスティーナーバスタイ)の上に、もともと17世紀後半に宮廷役所として建てられました。

18世紀の1742~1745年マリア・テレジア時代に、マリア・テレジアの助言者で、宮廷建築監督のEmanuel Silva-Tarouca によって宮殿に改築されます。

その後18世紀終わり1795年、ザクセンのアルベルト公が所有し、彼の好みに改築させました。

このアルベルト公は、マリア・テレジアの成人した子では次女にあたるマリア・クリスティーナと結婚します。

 

このアルベルト公はグラフィックコレクションを所有しており、彼が亡くなった1822年にはそのコレクションの重要な作品が一般公開されています。

そこからここはアルベルティーナという名称がついています。

 

エゴン・シーレ展は結構おもしろいですよ。

 

 

 

 

 

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ウィーンフィルメンバー室内楽のリハーサル光景

年間を通して仕事をしているとウィーンの街中では様々な偶然に出会います。例えば楽友協会ホールを見学している時に佐渡裕さんが舞台から降りてきたことなどはその一例です。街中を観光している時に突然オーストリアの首相に出会ったりとかウィーンの市長さんに出会ったりとか・・・こんなことも数回ありました。

また、ケルントナー通りを学生さんを連れて案内している時にオーストリア国営放送局ORFのインタビューを受けたことがあり、この時にはその日の夕方にその時の模様がテレビに流れました。

また、ウィーンの中央墓地を御案内している時に地元の有力新聞のインタビューを受けて、2日後にかなり大きく新聞に掲載されたりとか・・・結構思い起こすとありますね。

また、これは私は関係ありませんが、観光をしている時に、お客様の知り合いが偶然その場所にいたこと・・・

日本からそれぞれ別のツアーに参加し、お互いにウィーンで偶然出会ったことなどよくあります。

そのような嬉しい偶然のひとつが先日国立オペラ座を内部見学している時に遭遇しました。

 


 

この日2月3日の午後15:00過ぎ国立オペラ座の内部をお客様に御案内しました。正面の大階段を上がってティーサロンや大理石の間などを見学している最中にどこからか美しいハーモニーが聞こえてきました。国立オペラ座ですから音がしても不思議はないと思ってましたが、そのハーモニーは印象的なものでした。

シュヴィントの間を過ぎてマーラーの間に入ろうとした時に8人の室内楽団が特設舞台の上で演奏していました。

このマーラーの間では定期的に室内楽の演奏会があるのですぐにリハーサルをしている状況だということは察知しました。ここの間に入ってお客様に案内する前にお客様と一緒に聞き入ってしまいました。透明感のある素晴らしいハーモニーですぐにウィーンフィルではないか・・・ということを疑いました。近くに行くと案の定、テレビで見たことある人が数人演奏していてウィーンフィルのメンバーだったんです。ウィーンフィルのメンバーによる室内楽コンサートが次の日の4日にここで開かれることになっていて、そのリハーサルだったんですね。

 

上の写真は国立オペラ座のマーラーの間です。特設舞台には8人のウィーンフィルメンバーが演奏しています。

演目はドヴォルザークのピアノ五重奏op.81とメンデルスゾーンの弦楽八重奏曲op20で、この時はメンデルスゾーンを演奏していました。

すごく得した気分で、改めてウィーンフィルの弦の素晴らしさを間近で聞くことができました。

ウィーンフィルと言えば以前ウィーンフィルメンバーのプライベートコンサートも話題にしたことがありました。

 

 

この国立オペラ座については何回か話題にしているので興味ある方は以下も御参照下さい。

 

国立オペラ座は当時評判が悪かった

ウィーン主要劇場での客席の埋まる割合

ウィーン主要劇場での年間の公演数

国立オペラ座にある3つの広間

国立オペラ座の舞台事情1国立オペラ座の舞台裏事情2国立オペラ座の舞台裏事情3

 

 

 

 

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オーストリアでの職種による平均年収

オーストリアは小さい国ながらもかなりの経済大国であり、ヨーロッパでは物価は高い国です。

EU内では4番目に裕福な国という統計も去年ありました。

また税金や人件費も高く、結構な割合で天引きされますが、生活は意外とのんびりしていて心が豊かな人が多いということをよく感じます。

ウィーンは世界で最も住みやすい街にもよく選ばれていて、生活はとてもし易い街だということを実感します。

 

さて、今年の1月にオーストリアでの様々な職種における平均年収のデータが新聞に掲載されていました。

実際にはどのくらいの平均収入があるのでしょうか?

 

     ※APA (Austria Presse Agentur)より2017年1月12日付

 

職種 2015年度の平均年収(税込み)
会社経営首脳者 150.803
指導的立場にある人 (金融) 77.032
指導的立場にある人 (販売) 66.098
教師 (Gymnasium) 49.868
ソフトウェア開発 46.855
指導的立場にある人 (兵站) 44.712
技術者 43.711
販売エージェント 43.404
医者 40.966
工具修理工 38.194
銀行員 37.977
パワーショベル操縦士 37.826
教師(小学校) 34.635
看護師 33.829
市バス/路面電車の運転手 33.262
自動車修理工 32.052
左官 31.858
大型トラックの運転手 31.132
倉庫などで仕事をする人 30.147
事務員 30.091
マンションなどの管理人や守衛 26.077
臨時工 25.630
小学校に上がる前の教育者 25.545
介護士 25.271
オフィスワーク 22.216
コック 18.465
庭師 17.852
販売人 15.306
コック手伝い 12.238
タクシー運転手 10.590
清掃員 12.391
ボーイ、お運び 7.899

 

この数字はユーロ通貨で、2015年度の税込み平均年収です。自営業者は含まれてはおりませんので全て雇用されている方々のデータです。

実際には社会保険などがかなり天引きされますから、手取りだと少なくなります。

タクシーの運転手やボーイさんなどは非常に少ない給料ですから、オーストリアの物価水準からすると当然この金額では生活は不可能でしょう。でもこのような職種はチップがかなりの額になりますから基本給が非常に低いというのはこちらではよく知られています。

どの職種も2013年と比べると最大で20%の増減があります。

これでオーストリア全体の平均年収を判断することはできませんが、ちょっとした目安にはなると思います。

 

 

 

 

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この時期にシェーンブルンの動物園に行った

今年の冬はとても寒かったです。特に1月は1月4日を除いて全日マイナスあったため春の訪れが例年より遅れています。先日今年初めての半としてキバナセツブンソウを話題にいましたが例年よりも1ヶ月は花が咲くのが遅いと思います。ウィーンの街中の木々を見ていても、少しずつつぼみは見られるもののまだ緑が少なく、冬の空気が漂っています。それでも街中に徐々に花が植えられ始め、カフェやレストランのテラスも登場しています。

先日3月4日の土曜日は久しぶりに日中の気温が20℃近くまで上がり、今年になって一番暖かい日となりました。

私も久しぶりに休みだったので子供の友達家族とシェーンブルンの動物園に出かけてきました。

 


 

シェーンブルン宮殿はひとつの観光スポットとしてはオーストリアで最も観光客で賑わう場所ですが、逆にシェーンブルン宮殿の動物園は地元で賑わう所です。ウィーンに初めて来てシェーンブルン宮殿を見ない方はあまりいないと思いますが、逆に何回もウィーンに来てもこのシェーンブルン宮殿の動物園に行く方は少ないでしょうね。

 

シェーンブルン宮殿の動物園(Tiergarten Schönbrunn)は現在営業している動物園では世界最古の動物園で、 マリア・テレジアの夫ロートリンゲン公フランツ・シュテファンによって、ロートリンゲンの建築家Jean Nicolas Jadot de Ville Issey により、彼らにとってこの新しい夏の離宮シェーンブルン宮殿にMenagerie (メナゲリー)という小動物園を置きたいことから始まり、1752年に完成しています。

 

この日はいい天気で暖かかったこと、しかも週末・・・予想していましたが大変な混雑となっていました。

結構暖かかったのですが、写真を見るとまだまだ冬の雰囲気ですね。

左上の写真は有名なKaiser Pavillonで、メインの入口からかなり近い所にあります。

右上の写真はずっと奥にシェーンブルン宮殿が望める並木道です。

 


 

いつも混んでいるのはパンダの家で、去年8月4日に双子のパンダの赤ちゃんが生まれてとても話題になりました。

この時はいい天気だったのでパンダも外でくつろいでいました。上の2枚の写真はお母さんの方です。

のんびり竹を食べています。

 


 

シェーンブルン動物園のずっと奥は斜面になっていて上って行くことができます。そこには吊り橋が作られていてそこからウィーンの眺めを楽しむことができます。ウィーンの街はまだまだ冬の色です。

右の写真の黄色い大きな建物はシェーンブルン宮殿です。

 

ここは一般18.50ユーロという入場料で決して安くありませんが、たいていの方が年間定期を所有しています。

うちも持っているので、散歩がてら行きたい時に行って、すぐに出て来てもいいわけです。

圧倒的に家族連れで賑わっているシェーンブルン動物園です。

 

このシェーンブルン宮殿の動物園・・・Tiergarten Schönbrunnは、2008年、2010年、2012年、2014年と4回もヨーロッパのベスト動物園に選ばれました。

広さは17ヘクタール、動物は734種類、8.955匹も生活をしていて、中には絶滅の危機にさらされている動物達もいます。

 

 

 

 

 

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Bösendorfer(ベーゼンドルファー)の工場

ウィーンで生まれたピアノにBösendorfer(ベーゼンドルファー)があります。Bösendorferはスタインウェイ、ベヒシュタインと並ぶ世界3大ピアノのひとつで、こちらのコンサートホールや音楽大学にもよく見られ、一般の音楽愛好家でも家庭にベーゼンドルファーを置いている所もあります。

ウィーンフィルメンバーのプライベートコンサートを話題にしたことがありますが、ここにもベーゼンドルファーが置かれていました。私が以前15年近く19区の一角に住んでいましたが、私の大家さんもよくハウスコンサートを開いていて、家にはベーゼンドルファーが置いてありました。国立オペラ座のマーラーの間にもベーゼンドルファーが置いてあります。日本ではスタインウェイのシェアが圧倒的なシェアですが、ベーゼンドルファーをひいきにしているピアニストは世界でも多くいます。

ベーゼンドルファーはウィーンのピアノ製造業者ですが、現在ではウィーンの国立オペラ座から車で60km程走ったWiener Neustadtに工場があります。

 

私はこのベーゼンドルファーの工場見学に過去仕事で20回ぐらいは訪れているでしょうか。入口は洗練されたピアノの鍵盤がデザインが施されています。最初に来た時はこんな入口ではありませんでした。

去年11月の後半に日本のヤマハが主催するツアーの皆様とベーゼンドルファーの工場見学をしました。

 

ベーゼンドルファーは1828年にIgnaz Bösendorferによってウィーンで設立されました。Ignazは当時有名なピアノ製造業者であるJpseph Brodmannnの下で学んでいます。Brodmannのピアノはベートーヴェンやウェーバーなどに演奏され、高く評価されていました。

Bösendorferは1839年にはすでに皇帝から

"k.k Hof-Klaviermachers" という称号を楽器製造業者として初めて与えられています。1859年に彼が亡くなり、当時24歳だった彼の息子であるLudwig Bösendorferが引き継ぎました。k.kの称号はお父さんに与えられていたため、息子は新たに宮廷に申請し1866年に取得しています。

1870年には現在のウィーン4区のGraf-Starhemberg-Gasseに工房が開かれ、ついここ数年前までこの場所も練習室やBösendorfersaalというちょっとしたホールもあって使用されていましたが、現在ここは閉じられています。

1973年にピアノ工場をWiener Neustadtに移して以来、現在もそこで製造されています。

Bösendorferは2008年からヤマハの傘下に入りましたが、名前ももちろんそのまま引き継がれ、ここには現地の社長、工場長を始め、120人の従業員でBösendorferを製造、販売しています。

 

 

建物の中に入るとショールームとしてたくさんのベーゼンドルファーが置かれています。

ベーゼンドルファーを買いたい人は誰でもここで試弾してピアノを選ぶことができます。

ベーゼンドルファーと言えば他のピアノには見られない低音部の鍵盤が少し多いモデルがあります。有名なのは"Moderll 290 Imperial"と呼ばれ、97鍵もあって、長さ290cm、重さ552kgもあるものです。通常のピアノの鍵盤は88鍵ですが、9鍵多くなっていて、全て黒鍵で作られています。

このモデルももちろんここに置かれていました。

以前は工場内の写真撮影も問題なくできたのですが、規定が変わって工場内は撮影禁止となりました。

ここでの工場見学は外で木を乾燥させている場所から始まります。ヨーロッパトウヒやブナなどを始め、たくさんの木が外に置かれて数年間乾燥されてから実際に加工されてピアノに使われます。

工場長の話ではピアノを実際に製造する前に使用する木を乾燥させ、それを加工して、さてピアノに使うぞ・・・というまでが、全体の製造過程のかなりの時間を有するということです。それはその通りでしょうね。

そして乾燥した木をピアノの様々な部分に使用して行く、いわゆる部品のように加工するわけですが、この過程だけで約半年、そして全てのパーツがそろって鍵盤やハンマーなどを組み込んで弦を張って調弦して仕上がりまでも約半年はかかるそうです。

工場内ではピアノに仕上がるまでの全ての過程を見学することができます。

 

 

 


 

左の写真の女性の方がここのGrubmüller社長で、その隣の男性の方が工場長のトーマスさんです。

このショールームは奥行きがあって広い空間です。通常のモデルの他にも特注の珍しいモデルなども多く並んでいました。皆さんがそれぞれ試弾されて、様々な曲が同時に飛び交っていました。

 


Bösendorferは宮廷のサロン、貴族の宮殿などでいかにピアニシモを美しく響かせるかということをコンセプトとしてピアノ製造を始めました。当時は一般の人のための演奏会というのは稀で、宮廷、貴族層だけでした。そのため演奏会場というようなものも存在していなかったのです。ヨハン・シュトラウス1世などはカジノ、カフェ、居酒屋などで演奏をしていました。そこで音楽を一般の人達へも提供しようという発想から1812年に楽友協会が設立されます。これは御存知の通りウィーンフィルのニューイヤーコンサートが行われる黄金の間がある建物です。

Bösendorferに対してスタインウェイは1853年の設立です。この頃には演奏会場というものが徐々にでき始めてきていましたから、大きなホールでいかにいい響きを出せるか・・・これがスタインウェイのコンセプトだったのでBösendorferとは根本的に違っていました。

 

年間での製造台数が極端に少ないBösendorferは素晴らしい音がしますし、多くのファンを魅了しています。

 

 

 

 

 

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ティローラーホーフでメランジェを飲む

ウィーンで一番好んで飲まれているカフェと言えばメランジェでしょうか。コーヒーとミルクの量が1対1で、上には泡立てたミルクがのせられます。地元で一番好んで飲まれているのがメランジェであれば、そういう意味でウィーンナーコーヒーと言ってもいいような気がします。ウィーンはカフェの文化が根付いていて100年以上も営業している伝統カフェハウスがいくつもあります。私はそんなに頻繁にコーヒーを飲んでいるわけではありませんが、例えば仕事で長くウィーンを留守にする時や、日本に休暇で帰った時などこのメランジェの味が無性に恋しくなるんですね。カフェ文化があるウィーンの街では観光中に有名なカフェに入ってゆっくりする時間も大事です。

そんなにカフェを飲むわけではない私ですが、しかし観光中にはお客様と、仕事の空き時間などや日本からの添乗員さんなどと頻繁にカフェを訪れます。私が一番ウィーンで好きなカフェはSperl (シュペルル)ですが、ここは中心から少し行きづらいため、残念ながら時間的な理由でそんなに頻繁に顔を出すことはありません。個人的によく行くのは国立オペラ座の裏手にあるカフェ ティローラーホーフです。国立オペラ座のすぐ裏には有名なカフェ モーツァルトがありますが、そこはケーキなどおいしいんですがいつも混んでいて落ち着けない雰囲気です。

しかし、ティローラーホーフはカフェモーツァルトとは正反対で、静かなウィーンのカフェらしい空気です。

 

ティローラーホーフは伝統カフェのひとつで1885年まで遡り、当時"Zur Seidenraupe"という新しく建てられた建物で、酪農も兼ねた牛乳を飲ませる場所として営業されていました。中は物静かな雰囲気で、ウィーンの伝統カフェにはなくてはならないものがちゃんとあります。それは・・・長椅子、シャンデリア、大理石のテーブル、木を曲線にしたデザインである椅子、新聞バサミに取り付けられている新聞などです。ここにはちゃんと年配のボーイさんがプライドを持って接してくれます。国立オペラ座のすぐ裏手にありながらもあまり観光客が来ないカフェで、多くの地元の人が座っています。カフェ モーツァルトの方がガイドブックなどではよく紹介されているからでしょうか。

ここではメランジェを飲むことが多いです。御覧のようにスプーンがコップの上に裏返しで置かれているという伝統的なスタイルで運ばれて来ます。

この時はJulius Meinlの豆を使っていたのでカップもそのマークがついています。どこでも飲めるメランジェは基本的にあまりはずれがないと思います。しかし、色々なカフェでメランジェを飲んでいると同じメランジェでも味の違いがわかりますよ。どのカフェも窓際の席が人気がありますからそこから席が埋まって行きます。このカフェは窓際の席が意外と多いので、私はよく窓際の席に座り、国立オペラ座裏を行き交う人々を眺めています。そんなひと時にはメランジェはなくてはならないものです。

 

 

 

 

 

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ウィーンによく見られるこの時期の花 169(マツユキソウ)

今年の1月はとても寒かったため、花の咲き始めが例年よりも1ヶ月は遅いです。

ウィーンの街中を見ていると緑がまだまだ少ないことがわかり、シェーンブルン宮殿の庭園なども花を植える準備が3月初めにやっと始まりました。

毎年それぞれの時期に同じ花を多く話題にしていますが、撮影する場所が違いますし、季節感があっていいと思います。

今年最初の花としてキバナセツブンソウを話題にしましたが、今日のこの花もウィーンらしいこの時期の花です。

 


 

こちらはドイツ語でSchneeglöckchen(シュネーグレックヒェン)、学名でGalanthus nivalis,日本語でマツユキソウ(待雪草)です。

ヒガンバナ科でガランサス属(マツユキソウ属)で、スノードロップのひとつです。

Schneeglöckchenは20種類ほど存在します。

マツユキソウは春を告げる花のひとつとして知られる多年草で高さ5cm~20cm,葉は細く10cmぐらいで青っぽい緑です。

開花時期は2月~3月で白い花を下向きにぶら下がったようにつけますが、写真に見られるものは花がまだ開ききっていません。

花弁は6枚で、3枚が外側、3枚が内側で、内側の方が短くなっています。

遠くから見るとピーナッツのような形をしています。

Glöckchenは小さな鐘という直訳です。

 

原産は南ヨーロッパということですが、中央ヨーロッパでも多く見られ、ここウィーンではとてもポピュラーなこの時期の花で、公園や庭、茂みなどによく見られます。

 

 

2017年2月25日11:30頃の撮影でベルヴェデーレ宮殿横の植物庭園で自然に咲いていたものです。

 

 

 

 

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絶好の場所からのウィーンの眺め 2

ウィーンの街を高い所から眺められる場所はいくつもありますが、街の中心界隈から外側まで360℃のパノラマで見られる場所はそんない多くはありません。

昨日の絶好の場所からのウィーンの眺め 1の続きです。

 

 

昨日の最後の写真からもっと左側に行った所です。

南側の方がよく見えています。

左奥に高いビルがいくつか見えていますが、Vienna Twin TowerがあるWienerberg City、もしくはBusinnes Prak Viennaと呼ばれているウィーン10区の一角です。

ちなみにTwin Towerは138mと127mです。

 

 

1枚目の写真からもっと左側に移動しました。

こちらの方はもうウィーンの森は見えません。

一番左に見える2本の塔みたいなものは煙突で、発電所です。

 

 

さらに左側の方に移動しました。

すぐ下に見える通りはGumpendorferstraßeです。

左奥の方に緑の平らな屋根が見えていますが国立オペラ座です。

小さくて見えませんが画面一番左上の奥にあるのはプラター公園大観覧車です。

 

 

これで360℃、一周しました。

こちらは絶好の場所からのウィーンの街 1の2枚目の写真と似てますが、ちょっと角度が違います。

シュテファン大聖堂はずっと右の方にあるのでここでは見られません。

 

 


 

さてこの素晴らしい眺めが楽しめるのはどこでしょうか?

それはHaus des Meeres (海洋館)の屋上テラスです。

Haus des Meeresはウィーン中心から少し離れた6区マリアヒルフにあるエスターハーズィー公園にあります。

 

ここは水族館には入らず、ここの展望テラスに来るだけで入場料がかかりますが、十分来る価値のある所です。

 

 

 

 

 

 

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絶好の場所からのウィーンの眺め 1

ウィーンの眺めを高い所から楽しもうと思うと一番手っ取り早いのはシュテファン大聖堂の両方の塔に上るのがいいでしょう。

ウィーンのちょっと珍しいアングル15で紹介したような眺めが楽しめます。

また、ちょっと中心から離れた所ではプラター公園大観覧車もお勧めです。

また時間があればカーレンベルクなんかもいいでしょう。

 

でも今日から2回にわたって紹介するここからの眺めは私個人的にはとても素敵だと思っています。

ウィーンの街を360℃の大パノラマで見渡せます。

 

 

上の写真のほぼ中央に先が尖った塔が見えています。

あそこがシュテファン大聖堂でウィーンの旧市街地ということになります。

シュテファン大聖堂のすぐ左側に見えている黒くて細長い建物はDCタワーです。

どちらかと言うと北の方へ向かっての眺めです。

 

 

こちらは1枚目の写真から少し左に動いた眺めです。

手前に見える印象的な教会はマリアヒルファー教会で、正面側の2本の塔と後ろにある塔が見えています。

その教会の向かって左側の塔のすぐ左側に見られる四角い黒い2つの建物はウィーンの総合病院AKH (アルゲマイネス・クランケンハウス)です。

写真右側奥にうっすらと見えている手前の塔は市庁舎、その右側には実は2本の塔があるヴォティーフ教会です。

画面の一番奥に見られる山がウィーンの森です。

 

 

 

こちらは2枚目の写真からさらに左に移動した所からの風景です。

建物がどのように建っているかや、屋根裏部屋などが印象的です。

ずっと多くにはウィーンの森が見えています。

 

 

こちらは3枚目の写真からもっと左側に動いています。

一番右に見えているドームはMaria vom Siegeという教会でその教会のすぐ後ろ側がウィーンの西駅になります。

ウィーンの森の南方面への視界が広がっていますね。

 


 

いかがですか?

かなり印象的だと思います。

明日にまだまだ続きます。

ここがどこであるかは明日わかります。

 

 

 

 

 

 

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これは何のモノグラム?

ウィーンの街は歴史があるので普通に歩いているだけでも十分楽しませてくれます。

ヨーロッパで一番長く続いたハプスブルグ王朝の居城があり、そのハプスブルグ家から神聖ローマ皇帝やローマ王が多く輩出されたこともありウィーンの街は他のヨーロッパの街とは歴史的立場が全く違っています。

街中の歴史的建造物や教会など、一般的な建物でさえも様々な時代様式から成り立っていて、それだけ見ていても飽きることがありません。

ウィーンの街が華やかに見えるひとつの理由でもあるわけです。

 

歴史的建造物や教会などにはよくラテン語の文字があったり、ローマ数字があったりしますし、またハプスブルグ家が関わっている建物や修道院などでは様々な紋章を見ることができます。

だいぶ前にキリスト教でよく見るモノグラムについて書いたことがありましたが、そのようなものも一例として興味深いものがあります。

 

さて、今日はこんなものを取り上げてみます。

 

右の写真に見られるものは何でしょうか?

何も気にしなければただの装飾模様に見えるのではないかと思います。

木の丸い縁どりにはさらにたくさんの球体装飾が施されていて、真ん中には金属で作られた模様がはめ込まれていますね。

この模様をよく観察して下さい。

一見すると左右対称のバロック的装飾で、縦に3本の棒が見られ、真ん中の棒だけがちょっと長めになっています。

棒の先にも渦巻き的な装飾が見られます。

しばらく見ているとローマ字の"H"の形のように見えないこともありません。

でも完全な"H"ではないですね。

何でしょう?

 

 

それではこちらはどうでしょうか?

これは木で作られたバロック的ワッペンです。

左の写真は上の写真と同じものを表現していますがちょっと簡略化されて分かり易くなっていますね。

そうです・・・

よく見ると3つの文字が表現されています。

左から"F・・J・・1"の3文字です。

もう一度上の写真を見て下さい。

左からF,J,1であることがわかりますが、Jは下のカーブが表現されていませんが。

これはハプスブルグ家事実上最後の皇帝で、バイエルンの王女エリザベート(愛称シシィ)の夫であるFranz Josef I.(フランツ・ヨーゼフ1世)のモノグラムです。

フランツ・ヨーゼフ1世は1830年8月18日にシェーンブルン宮殿で生まれ、18歳から68年間も皇帝であり続け、1916年11月21日にやはりシェーンブルン宮殿で86歳で亡くなります。

1枚目の写真は実は国立オペラ座の入口の扉に見られるもので、この国立オペラ座はリンク道路沿いの最初の大建造物としてプランされ、1868年には完成しています。

実際この国立オペラ座の上の部分にはフランツ・ヨーゼフ1世の名前が刻まれています。

 

今年2016年はフランツ・ヨーゼフ1世の没後100年祭にあたり、シェーンブルン宮殿では特別記念展示も行われています。

 

ほとんど気付かれないようなものですが、重要な意味を持っていました。

 

 

 

 

 

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子供の名前で人気があるのは?

赤ちゃんが生まれて名前を付けるのは両親の喜びのひとつですね。

こちらの名前はキリスト教ローマカトリックに登場する聖人の名前が一般的に多いと思いますが、近年では必ずしもキリスト教的な名前でない人もたくさんいます。また、こちらでは親しい間柄ではあだ名で呼ぶ習慣が多く見られ、10年以上その人のことを知っていても苗字を意識しなかったなんてことはよくあります。

日本でもその年ごとに人気のある名前という統計が発表されますね。

ウィーンではどんな名前が人気があるのでしょうか?

今日はそれを少し見てみましょう。

 

    男の子  
1.Lukas 213
2.Alexander 189
3.David 187
4.Muhammed 167
5.Philipp 154
6.Maximillian 153
7.Niklas 150
8.Leon 135
9.Elias 134
10.Jakob 132
    女の子  
1.Anna 311
2.Sophie 279
3.Maria 229
4.Emillia 222
5.Elena 190
6.Sarah 175
7.Emma 140
8.Mia 126
9.Lena 110
10.Laura 104

                                ※Statistik Austria より

 

 

これは2015年のウィーンの統計です。男の子はLukas、女の子はAnnaが一番多いです。

LukasもAnnnaも街中では赤ちゃんではなくてもよく聞く名前です。

女の子のSophieも人気があります。

名前もそれなりに流行りすたれがあるので、その時代を反映しています。

 

 

 

 

 

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知られざる美しい中庭風景 41

毎月1回は"知られざる美しい中庭風景"をテーマにしていますが、1月は忙しくて抜けてしまったので2月は2回このテーマを取り上げたいと思います・・・と言っておきながら、やっぱり忙しくて1回しか話題にしなかったので、

今月こそ2回話題にします。

前回の知られざる美しい中庭風景40ではハイリゲンシュタットにあるベートーヴェンの遺書の家の中庭をテーマにしました。

今回は中心からちょっと離れた所と旧市街からです。

 

こちらはウィーンでよく見られるZinshausの中庭です。

Zinshaus (ツィンスハウス)はいわゆる集合住宅で、多くはWohnungと呼ばれる賃貸アパートになっています。

つまり、ウィーンの多くの人が住んでいる住居です。

実際には貸しアパート以外でもEigentum (持ち家)として住んでいる人、会社の社屋、医者、幼稚園など多目的に利用されています。このようなZinshausは外から見るとヨーロッパの建築様式がベースになっていることが多いですが、全く装飾がないシンプルなものもあります。

中庭空間は外側の装飾が豊かな割にはこの写真に見られるように窓をはめ込んだだけのようなシンプルなスタイルが一般的です。

ひとつの建物が独自の中庭空間だけを持っているパターンや、多くの建物がブロックを形成していてそれぞれの建物の中庭空間が大きなブロックのひとつの空間にあるパターンなどがあります。

この場所はウィーン5区、Schönbrunner Straße85 番地で"Stendelhof"呼ばれていて、1894年に建てられました。

奥には自転車が並んでいて生活の匂いを感じます。

中庭に緑が植えられていることはよくあります。

 

 

こちらはFreyungにあるHarrach宮殿の中庭です。

Harrach宮殿は1689年~1696年にDomenico Martinelliのプランによって建てられたバロック様式です。

ここは1435年に3つの小さい家をひとつにした建物とそれに隣接する同じく1435年と記録されている家が建っていました。現在の宮殿の姿になったのは1690年にFerdinand Bonaventura Graf Harrachが入手してからです。

ここの中庭空間は綺麗に囲まれていますが、通り抜けできるようになっていてます。

1階のアーチ構造が印象的で、レストランも入っています。

 

 

 

 

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灰の水曜日と四旬節(2017年)

今日から3月ですね。昨日2月28日は謝肉祭の火曜日で今日から四旬節に入ります。

四旬節初日の今日水曜日は"灰の水曜日"と呼ばれ、ドイツ語ではAschermittwoch(アッシャーミットヴォッホ)と呼ばれています。

灰の水曜日は復活祭から日曜日を除いて40日間遡った日ということになっていますので、今年の場合は復活祭が

4月16日ですから、今日の3月1日が灰の水曜日となります。

 

四旬節はドイツ語ではFastenzeit(ファステンツァイト)と呼ばれています。

今日はこの2つのことについて少しまとめておこうと思います。

 


<なぜ灰の水曜日というか?>

 

 

 

灰の水曜日という表現は、教会でキリスト教徒の額に灰で十字架の印 (Aschenkreuz)をつけることからきています。前述したように復活祭からの日を数えると必ず水曜日になるわけです。

初期キリスト教時代は、信徒は灰の上に座り、それを頭に振り掛けながら断食を行ったということで、その習慣が額に灰で描く・・・ということに変わって行ったようです。

 

旧約聖書には・・・

ヨナ書では、"このうわさがニネヴェの王に達すると、彼はその王座から立ち上がり、朝服を脱ぎ、荒布をまとい、灰の中に座した"

 

またダニエル書では、"それでわたしは、わが顔を主なる神に向け、断食をなし、荒布を着、灰をかぶって祈り、かつ願い求めた"  

 

                                                                                  ・・・  とあります。

 

そこから初期キリスト教時代は、罪の報いを受けた信徒達は、四旬節の最初に贖罪服を着て、灰を掛けられた習慣があります。

灰を用いた最初の聖別は11世紀に登場し、1091年ローマ教皇ウルバヌス2世によって灰を振り掛けるという習慣が全教会に推奨されました。

12世紀になって、前年の椰子(シュロ)を燃やした灰を用いるということが規定されます。

 


<四旬節とは>

 

四旬節とは、灰の水曜日からイエス・キリストが磔になり、その後復活する前日までの時期で、伝統的には食事の節制、祝宴などの自制、祈り・断食・慈善が基本となる時期です。

 

復活祭の日が決まって、そこから日曜日を除いて40日間遡った日が灰の水曜日ということになっています。

この40日間というのはイエスが40日間の断食を行ったことからきています。

今年の復活祭は3月27日です。

 


Aschenkreuzはもともと男性は頭に振り掛けられ、女性はおでこに描かれる習慣でしたが、今日では性別に関係なく両方行われています。

"灰"は聖書では悲しみや悔い改めの印や、死を意味するものとして登場しています。

キリストの死を悲しんで、人間の罪を悔い改める・・・

土から出て土に帰っていく私達人間が、四旬節の努めに励み、神から罪の赦しを受けて、新しい命を得て、復活されたイエスの姿にあやかることができるようにといった願いが込められています。

 

 

 

 

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Fasching(謝肉祭)2017年

今日2月28日は謝肉祭の最高潮である火曜日で、早いもので今年も明日から四旬節に入ります。

今年は復活祭が去年よりも20日遅いため、謝肉祭も去年よりも遅くなります。

去年の復活祭は3月27日でしたが、今年は4月16日です。

"謝肉祭"という言葉は日本でも知られていますが今年もこの時期に謝肉祭について簡単にまとめてみます。

 

謝肉祭はドイツ語ではFasching (ファッシング)と呼ばれキリスト教の重要な習慣です。

Fasching(謝肉祭)はFastenzeit (ファステンツァイト・・・日本語で四旬節)の前です。

四旬節は灰の水曜日(Aschermittwoch)からイエス・キリストが磔になりその後復活する前日までの時期で、伝統的には食事の節制、祝宴などの自制をし、祈り・断食・慈善が基本となります。

 

灰の水曜日は復活祭から日曜日を除いて40日間遡った日ということになっていますので、今年の場合は復活祭が

4月16日ですから、3月1日が灰の水曜日となり、その前日2月28日が"Faschingsdienstag"という謝肉祭の火曜日で謝肉祭のクライマックス・・・つまり今日というわけです。

 

40日間というのははイエスが荒野で断食をした長さで、紀元600年頃にどうやらローマ教皇グレゴリウス1世が復活祭前の断食時間を定めたようです。

そのため謝肉祭は厳粛な時がやってくるのでそれに伴って断食を・・・その前にバカ騒ぎをしようじゃないか・・という意味があるわけです。

 

多くのレストランなどではちょっとした飾り付けをしますし、特に謝肉祭の最終火曜日は仮装して仕事をする人も多く、謝肉祭シーズンには多くの幼稚園や小学校でもちょっとしたパーティーがあり、子供達が仮装して幼稚園や学校に行きます。

ウィーンだと今日ではなく、先週仮装して登校する学校が多かったと思います。

 


 

仮装用の色々なグッズも売られています。

自分で作っている人も多いので、コスプレ的な感覚です。


謝肉祭はカーニバルと日本でも言われることもありますが、中世ラテン語のcarne levare (ドイツ語ではFleisch wegnehmen・・・直訳で肉を取り上げる)から来ているという説が一般的でしょうか。

 

他の説としては、冬を追い払って春の到来を祝う古代ゲルマン民族の習慣に由来し、その農耕祭で船を仮装した山車carrus navalis(車・船の意)を由来とする説などもあるようです。

 

それではこの謝肉祭はいつから始まるかというと・・・

ドイツ語圏ではたいてい1月6日の聖三王の祝日(Heilige Drei Könige)からというのが一般的でしょうか。

グレゴリオ1世の時代の謝肉祭は、四旬節が現在より6日遅かったようです。

11世紀終わりに四旬節の初日が灰の水曜日に定められ、12世紀には現在の長さになっていたようです。

 

また場所によっては11月11日11時11分から謝肉祭が始まる所もあるようですが、これは19世紀以降に登場した習慣です。

 

 

 

 

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ウィーンによく見られるこの時期の花 168(キバナセツブンソウ)

今年の1月は例年と比べるととても寒く、朝は1月4日が一番気温が高く、それでも0℃、それ以外は全日マイナスでした。風も冷たい日が多かったですから体感的にはもっと寒く感じました。

2月に入って日中はプラスになり、先日2月23日は日中18℃まで上がりました。

徐々に春の兆しを感じます。

さて、今年最初のウィーンによく見られるこの時期の花を今日は取り上げます。

 


 

左上の写真では冬らしい地面に黄色い小さい花がいっぱい咲いています。

これはドイツ語でWinterling(ヴィンターリング)、学名でEranthis hyemalis、日本語ではキバナセツブンソウで

キンポウゲ科セツブンソウ属です。

オオバナキバナセツブンソウと呼ばれるかもしれません。

今年の冬は寒かったので、花が咲くのも少なくとも1ヶ月は遅いです。

2015年の時にはこの花はすでに1月半ばには咲いていました。

右上の写真ではまだ花は開いていませんね。

 

 

キバナセツブンソウは多年草で、高さ5cm~15cmぐらい、開花時期は2月~3月です。

たいていの場合花が出た後に、5~7つの部分に分かれた、花を円形に囲むような形で葉が出て来ます。

花は濃い黄色でつやがあり、2cm~4cmぐらいの幅で、花が開く前は右上の写真に見られるようにコップのような形をしています。

原産は南東ヨーロッパで、茂みや森などに多く見られます。

キバナセツブンソウは16世紀後半にはすでに薬草の本に登場しています。

 

このキバナセツブンソウは、2月26日の11:15頃,ベルヴェデーレ宮殿の隣にある植物庭園で撮影したものです。

 

 

 

 

 

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シュテファン広場に見られる石畳の意味

ウィーンの旧市街の真ん中にはシュテファン大聖堂があります。

ゴシック様式のとても印象的なこの大聖堂はウィーンのシンボルのひとつでもあり、歴史的にもとても重要な教会となっています。

年間を通してこのシュテファン大聖堂も頻繁に御案内しますが、2年前(2014年)の4月の終わりまではシュテファン大聖堂のすぐ後ろまで大型バスを横付けできましたが、それ以降は残念ながらバスが入れなくなったため、ここを見学する場合はSchwedenplatzや国立オペラ座裏のアルベルティーナから歩く必要があります。

普通免許で運転できる専用車での場合は、なるべく近くまで入ってそこから歩きます。

そのシュテファン大聖堂の前は広場になっていますが、ここはあまり知られていないかもしれませんが実は2つの広場がくっついています。

StephansplatzとStock im Eisen Platzという2つの広場です。

Stock im Eisen(シュトック・イム・アイゼン)についてはこちらを参照して下さい。

 

Stephansplatzにはあまり気付かれることがない石畳があります。

 

 

右の写真はシュテファン大聖堂が定番な姿で見られる場所ですが、地面には一見なんだかわからないような石畳の模様を見ることができます。

たいていの人はその意味に気づくことなくここを通り過ぎて行きます。

いくつかの異なった石畳のブロックが見られますね。

今はシュテファン広場になっているこの場所は中世の頃この大聖堂の墓地でした。

その墓地の敷地の中に"MARIA MAGDALENA KAPELLE" (マリア・マグダレーナカペレ)という礼拝堂が建っていました。

この礼拝堂の地下にはVirgilkapelle (ヴィルギルカペレ)という聖人ヴィルギルに捧げられた礼拝堂が1220年~1230年頃に作られました。

ヴィルギル礼拝堂についてはいつか時間がある時にまたこのコーナーで取り上げます。

実はこのVirgilkapelleが先に作られて、その後、その上にこのMaria Magdalena Kapelleが作られます。

Magdalenakapelleは公証人・書記協会の会合の場所として使用されていました。

18世紀になってマリア・テレジアの時代、衛生上の問題から城壁の中の遺体の埋葬を禁止させたこと、女帝の長男のヨーゼフ2世は墓地を閉鎖させて外側に埋葬させたことや、1781年にMagdalena礼拝堂が火災で焼失したこともあり、この場所は忘れ去られていくことになります。

 

このシュテファン大聖堂前の石畳の模様はこのMagdalenakapelleが当時ここに立っていた場所を示しています。

言ってみれば見取り図のようになっています。

 

この場所をよく見ると地面の所に左の写真に見られるような記念プレートがはめ込まれています。

"MARIA MAGDALENA KAPELLEが1781年まで、

その下に博物館として見学可能なVirgilkapelle"

と記されています。

Magdalena礼拝堂の場所を示す石畳のブロックがかなり広範囲なので、ここを歩く人はこの石畳の模様にはあまり関心を持たず、そのまま通り過ぎていくようですが、歴史的におもしろい意味が隠されていました。

それを知っていると普段ここを通る時ちょっと特別な思いがあります。

少し立ち止まって観察してみて下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

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